07
「無理はしないと約束してください」
『自分の家に帰るだけじゃない』
明翠が実家を見に行きたいと言うので、せめて自分の空いている日にと合わせることにした。あの事件の後、椿の邸は的場が預かったため今は自分が鍵を持っていた。椿家が由緒ある家であることは変わりない。蔵には文献や道具、その他もろもろは放置していいものではないため、まとめてうちで管理している。
邸の階段下で立ち止まってしまった彼女の名前を呼べば、はっとして階段に足をかけた。あぁ、この顔は覚えがある。考えないように考えないようにと色々な感情を押し殺している時だ。
「つらいなら、つらいと言ってください」
『平気』
そう見えないから声をかけているのに、自分の言葉聞き入れてもらえないらしい。
鍵を回して、久しぶりに扉を開けた。あの日のことは自分もよく覚えている。大人の見るなという静止の声を跳ね除けて中へ入った。血まみれの遺体の横を過ぎて彼女の部屋の扉を開ければ、いつもと変わらない畳にベッドの不思議な部屋には主だけがおらず、妖の気配もそこで途切れていた。
『.........』
「明翠、やはりまだ来るのは早か」
『平気だってば、平気...』
「どう見ても平気って様子じゃないでしょう?いい加減、」
『的場は、的場はあの日の現場を見た?』
「...見ましたよ」
玄関を上がって、奥へ入って行く明翠の後を追った。小さな声に耳を傾けつつ、後ろを歩く。どこか遠くを見るような虚ろな様子が気に喰わない。
『...最初は台所にいた妹、次は居間にいた兄、それから父。最後が私』
「.........」
『妹は腹部、兄は頭部、父は首、私は頭から丸飲みだった』
「.........」
『全部知ってる。あの日、みんながどんな最後だったのかも何を言ったのかも状況も全部全部全部』
最後に彼女の部屋の襖開けたところで、後ろにいた自分の方を向いた。彼女自身を嫌悪した、嘲笑うような顔が徐々に無表情に変わって行く。本当に全部覚えているのだろう。家族を喰らう瞬間を、彼らの断末魔も全部。
『的場、』
「はい」
『もう、みんないないのね』
「...はい」
『この記憶は夢じゃない』
「御家族の葬儀は的場が取り仕切りました。椿家の代々の墓で3人とも眠っています」
『ありがとう』
「...貴女の名前を刻まなくて良かった」
『.........』
椿という由緒ある家が滅んだのだ。4年前の葬儀には、各方面椿の名を知る人が参列した。
だが、葬儀が終わってすぐにその場を後にする者がほとんどだった。当然だ、こんな事件の起きた場所に長居をする物好きはなかなかいない。いるとすれば、物取り。事実、式に見張らせていた倉庫や彼女の部屋には名器や文書を盗みに来る輩がいた。
棺は3つ。4つ目は自分が頭を下げた。墓に刻む名も、全て、彼女が死んだという事実を作りたくなかった。
事件に巻き込まれ消息を絶ったクラスメイトに動揺する教室、彼女の友人に問い詰められたのも、もう4年前のことだ。
彼女の家を後にして、墓参りのために場所を移動した。手を合わせている明翠は、ごめんなさいと小さくつぶやいた。何に対する謝罪かはわからない。聞いたところで、教えてはくれないだろう。
「あぁ、そういえば言っていませんでしたが」
『何?』
「もう1人、この件で犠牲者が出たことは知っていますね。数か月前ですが」
『.........』
「匠と言いましたか?妖の気配を感じ取れる、妹さんとお付き合いをされていた方です」
『知ってる』
「やはり、そうでしたか」
『.........』
「行方不明ですが、彼はいませんでしたね」
『.........』
「彼は生きていますか?」
『いいえ』
「そうですか」
『私のせいだ』
「どうしてそうな...」
『私にもっと』
もっと力があれば、あの妖の動きを使役できたかもしれない
そう言った彼女が酷く危険に見えた。妖に喰われて生還した彼女が、今以上の力を望むなどあってはならない。そもそも、彼女に非などない。あの妖のやったことまで自分のせいだと思っているのか、そんなことをしていたら...
「そんな風に考えるのはやめなさい」
『だってそうでしょ?上手く使役できれば、彼も他の人も犠牲にならなかった。私があの時、もっと早く気づけば、力があれば守れたのに。何も守れなかった、役立たずもいいところじゃない。今までの時間は何だったのよ』
「そうだとしても、貴女が自分を責める必要はどこにもない」
『ある...。何のために、私』
それから明翠は何も言わなかった。
日も暮れ始めたため、彼女の背を押して帰路に着く。疲弊した様子に危機感を覚え、いつもより部屋の見張りを増やした。余計なことを言ってしまったのは確かだが、少しずつ彼女の考えていることがわかってくる。何か分かればこちらも対処のしようがある。もっと、全部話してほしいというのに、当人は部屋の隅でぼーっと外の方を眺めていた。
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