13

1人で行くと言えば、七瀬さんは止めることはせずに鍵を渡してくれた。おそらく的場が、あらかじめ渡しておいたのだろう。私が何も言わずにいなくならないように。

少しだけ高台にあった自分の家の前の階段を上がりきるのも一苦労というのは、相当体力が落ちているということだ。そこから鍛えなければならない、朝にでもランニングをした方がいいのかもしれない。
そんなことを考えてはいたものの、玄関先で鍵を回すころには手が震えていた。
これは夢ではない
ここで起きたことも、自分が戻ってきたことも

玄関を上がれば、何気ない会話が頭の中で聞こえ始めた
人の住まない家は、傷みも早いというが、もともと軋んでいた廊下は一段と音を立てるようになっていた

『走馬燈みたい』

昔のこと会話や思い出を懐かしく思いながら奥に進んでいく
1人で家にいることは前からあったけれど、誰も帰らない家に1人というのは寂しいものだった
誰もいない居間を眺めた
私が生まれて、妹が生まれて、7人家族だったのは、たった数年だった
母が死んで、兄が家を出て、祖父が死んで、祖母が死んだ
妹が死んで、戻って来ていた兄が死に、父も死んでしまった
残ったのは私だけ

祖父母が他界したとき、粗方生活品は片づけてしまったので空き部屋となっていた2人の部屋には
私が術で失敗したときにできた焦げ跡や、ひっかいたような跡が残っている
一段と物がなくなったため、それがよく見て取れた

あの時、頭の中が真っ白になった
目の前で息を引き取った祖父に泣きつきたくなった
不安で仕方がなかった
どうしていいのかわからなくなった
何が、何をではなく、ただ不安で押しつぶされそうになった
厳しかったけれど、確かに自分を見てくれていた祖父がいないことが怖かった

兄妹で身長を競っていた時の跡が残る柱を過ぎて
そういえばと、妹の部屋に入った

『やっぱり...』

中途半端な術の跡が不自然に隠してあった。机の中からは、私の部屋から持って行ったであろう古書が数冊入っていた。いくつかの場所に付箋が貼ってある...これを試したりしたのだろうか?あの子が、この字を読めたのか疑問が残る。勘でやっていたのだとしたら危なすぎるものばかりだ。

『.........』

もう少し気に掛けるべきだった
彼女なりに思うところがあったのかもしれないけれど
中途半端に近づいていい世界ではないと理解していなかったのだろう
血を引いているから、見えるからという理由で妖が祓えるわけじゃない
そんな甘い世界じゃない

『相談してくれれば良かったのに』

そうしたら、こんなことにならなかったのにと思うとともに
それ以上の後悔が押し寄せてくる
家族なのに、私は何も知らなかった
いつも距離を取っていたのは、私の方だったのかもしれない


随分と綺麗に片付いた自室の畳の上には古書も道具も何もなかった。衣服や教科書の類も残っていないということは、的場が私が戻ってきた時に必要なものは保管してくれたのだろう。制服が残っているのだから、他もしかりだ。

机の引き出しに残していた結界が残っていることに気付いて、そっと触れてみた。酷く劣化してぼろぼろになっていたせいか、すぐに崩れ落ちてしまったが、確かにまだ残っていた。

『...お母さん、ただいま』

綴木の妖刀、母の忘れ形見は、あの時と変わらず、傷一つなく引出の中に残っていた。この刀は、私のことを所有者として認めてくれているのだろうか?そっと触れてみても前と変わらずに手に馴染んで少し安心した。母に見放されていないのだと、安心する自分がいる。

『蔵の鍵も借りてこれば良かった』

ふすまを開ければ部屋に光が入った。外に見える蔵には、まだ目の通し切れていな資料が残っている。4年の時間があれば、もっと経験も知識も増やせたはずだった。的場の、頭首の役に立てたはずだ。
...そう思ったところで失った時間が返ってこないことくらいわかっている。

屋根裏を走る小さな妖の足音がする
それくらいの音しかしなかった
父が歩くと聞こえる布擦れの音も、彩季のリズムをとる音も、兄が返ってくると聞こえる電話中の声も
何も聞こえてこない

目を閉じて耳を澄ませると聞こえてくるのは風の音と、小ものたちの話声だ
人の音がしない

もうこの家には誰もいない
護りたかった家族は、もう誰もいない
なんだか肩の力が抜けるような、拍子抜けしてしまったような
そんな脱力感に襲われ、自嘲気味に笑ってしまった

本当に、もう、この家には何もない

自分の帰る、絶対的な場所もない



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