「井吹って、所謂ツンデレってやつだと思うのよ。」
始まりは、野咲のそんな突拍子もない言葉だった。俺は思わずはっ?と間抜けな声を出す。
「何が言いたいんだよ、んな急に。」
「つんつんしてるのは井吹の勝手だけど、たまにはねえ…素直になった方がいいと思うわけ。」
何の話だ。全く掴めない。するとそんな俺の思いを読んだのか野咲は口元を少しだけ吊り上げた。
「なに、自覚ないの?……千草ちゃん、のこと。」
そしてにやーっと怪しいぐらいに笑む。
は、牧原…?
「あ、あいつのことがなんだって言うんだよ、」
「やだやっぱり自覚ないの?私は井吹は千草のこと好きなんじゃないかって思ってるんだけど。」
「………はぁ!!?」
俺は思わず声を上げた。野咲はうるさいなあと耳を塞ぐ仕草をする。いや、声を上げずにはいられないだろ。なんなんだ、その、
「ば、ばっかじゃねえの!」
「なによう、普段の様子見てればすぐ分かるわよ。」
「普段?」
「無意識なのね。」
再び野咲は笑みを浮かべた。
「井吹って何だかんだで千草ちゃんのこと目で追ってるのよねえ。ま、鈍感な千草ちゃんのことだからそんな視線には全く気付いてないんだけど。」
「………。」
そんなに、あいつのこと見てたか?いやそんなわけない。思い返してみろ俺。牧原のことなんて気にもかけてない。そりゃあ人より不器用だったりで危なっかしくてつい気にし………、
「っ!! なん、なんだよ。」
「あれ、今更自覚した?」
「…でもだからって好意とは限らないだろ。」
と、言えば野咲は眉間に皺を寄せる。
「ああ言えばこう言う!少しぐらい認めなさいよ、馬鹿っ。」
ついには馬鹿とまで言われる始末。俺が何をしたと言うんだ。
「…ま、井吹の勝手か。結局私が言いたいのは少しぐらい千草ちゃんに優しく接してみたらどう、ってことよ。」
「優しくって、」
「ほら、あんたただでさえ口悪いから千草ちゃんから良い印象受けてないだろうし?」
俺が口を挟む間もなく野咲は言った。
「認める認めないはもういいわ。…でもちょっとは千草ちゃんのこと、良く思ってるんでしょ?」
***
いつものように練習が始まってつい先程練習が終わった。未だ離れないのは野咲の言葉。
「あ、あの…井吹さん…、」
「!!?」
と、そんなときに聞こえた声に俺は肩をびくりと震わせた。後ろから声をかけてきたのが牧原だったからだ。
「な、何の用だよ。」
「え、と……タオルとドリンク、…です。」
おずおずと控えめに差し出してくる。俺はそれを無言で受け取る。
「あ、」
『「そ、それじゃあ…」
牧原は直ぐに回れ右をしてこの場を去ろうとする。俺ははっとして思わず牧原の腕を掴んだ。
「え、あ、あの…?」
戸惑いを隠せずに不安げな表情を浮かべられる。
「…っい、いつも、」
「…?」
「あ、ありが、とう。マネジメント頑張ってる。」
しどろもどろに言う。
「…か、感謝してる。」
こういう言葉に言い慣れない俺はつい途中で視線を背けてしまう。
「………。」
何も返答がないことに不安が生じてそっと牧原の表情を伺った。と、気付く。
牧原はほんの少しだけ頬を赤く染めて、表情を綻ばていた。
…短い言葉でもいいんだ。簡単なことだったのか。
「…嘘じゃ、ねえから。」
今度はにっと笑ってそう言えば、牧原が微笑んだような気がした。