優しい時間

・本編より未来の話

初めて会ったときから大人しいとかおどおどしてるだとか、良い印象なんてなかった。でもそれがいつしか変わっていった。何処か強い意思を持つ面に惹かれて。
今、俺は千草と付き合うことになり少しの期間を過ぎようとしているのだ。

「千草、」
特に何もない休日、隣にいる千草の名前を呼んだ。今までは苗字で呼んでいたけれど名前呼びにした。でもまだ慣れない千草は名前を呼ばれる度に頬を赤く染める。
「い、井吹、さん……?」
ぎこちなく声を出しながらも赤く染まる頬を掌で覆っている。そんな姿を愛おしく思いながらも相変わらずだな、とくつくつと喉で笑う。
「いや、名前呼んだだけだ。」
そう言ってみれば未だ熱が冷めない顔を少しだけ逸らした。

特に変哲もなく、ただゆっくりと時間が流れる。何かが起きるよりも、こういうのもありだな、なんて思う。
「…今日は練習…行かない、ですか…?」
「ん、ああ…。たまにはいいだろ、休みたい。」
いつもなら、休みでもよく練習をしていた。でもたまには俺だって休みたいものだ。千草はそうですか、と短く返事をして薄ら笑みを浮かべた。
そういえば、前よりも笑顔を見る機会が増えた。ぎこちなくとも、いろん表情を見れるのは嬉しい。
「え、と…じゃあ、一緒に…いてもいい、ですか…?」
後ろめたような声と下げた眉で問いかけられる。そんな風に言われると、逆に苛めたくなる、だとかは仕方ないと思いたい。
「お前が一緒にいたいなら、な。」
「え…、」
俺の言葉でただでさえ赤くなっていた頬はこれでもかというぐらい更に赤く染まる。
「あ、あ、あの……えっと…、」
「ん?」
俯いて、言葉を探そうとしているらしい。俺は敢えて何も言わないでおく。でも、俺は痺れを切らしてしまい、
「千草」
「は、い……っ!」
千草の顔を覗き込む。必然的に俺と千草の距離が縮まる。
「あ、あのっ、近い…です…!」
「別にいいだろ。…で、どうして欲しいんだよ。」
意地悪く問いかけてみれば、やっと視線を逸らしながらも千草はやっと絞り出したようなか細い声で言った。
「…井吹さん、と………宗正さんと一緒にいたい、で…す…。」
発せられた言葉に、今度は俺が顔を赤くする番。なんなんだ、今まで名前なんて呼んだことのないくせに。
「…っ、不意打ちとか反則、だろ。」
「え、え、ごめんなさい…。」
「……ばーか、」
不安げな表情を浮かべる千草の腕を引いて、俺は抱きしめた。俺よりも小柄な体はすっぽりと俺の腕の中に閉じ込められる。
「馬鹿、……好き、だ。千草。」
「いぶき、さ…」
「…名前、は。」
「え…う……宗正、さん。」
密着してて、伝わる体温が酷くいとしい。
「千草、」
何度も、名前を呼んで。
ただ、抱きしめた。