02

イナズマジャパンが結成されて数日が経った。あれからというもの、地道な基礎練習などを行ってきた。そして今日、コーチが初戦の相手チームを発表した。
「アジア予選第一戦は韓国のファイアードラゴンが相手だ。」
選手、マネージャーを集々した中で、コーチがデータを見て読み上げていく。
「情報によれば、チームの要はFWのリ・チュンユン。とてつもない瞬足の持ち主でボールが渡ったら最後、一気にゴールまで運ばれてしまう。」
瞬足。そう言ったとき、隼人くんが微かに反応したような気がした。
…隼人くんは、私の幼馴染だ。家が近所だったことをきっかけに親しくなった。今では自分を取り巻く人の中で一番信頼ができる相手でもある。
「如何に、チュンユンにボールを渡さないようにするか。…ディフェンス、オフェンスにそれぞれ練習メニューを与える。いいな!」
選手達は「はい!」と返事をする。そしてコーチが指示を出すと、それぞれ練習を始める。私は、いつものようにまだ形にもなってないマネージャー業をこなす。

そうして今日も、多くの練習を終えていく。日はあっという間に過ぎていくのだった。

***

「いよいよこの日がまってまいりました! フットボールフロンティア・インターナショナル ビジョンツーアジア地区予選!」

実況の声が会場に響き渡る。今日は試合本番だ。
オープニングセレモニーが始まる。私は選手のみんなの様子を見ていこうと、控え室に向かう。と、何か様子がおかしいことに気づいた。
「盗むなんてことするの、君しかいないんですよね。」
真名部さんの声が聞こえ、割って入るような状況ではないのかと思わず影に身を潜めてしまう。盗む、という言葉が出る辺り只事ではないらしい。一体、その真名部さんが言った“君”とは誰なのか、と思ったと同時に再び真名部さんが口を開く。
「瞬木くん。」
隼人くんの名前は出たことに驚いて、思わず肩がびくりと揺れる、と同時に物音が鳴ってしまった。みんなの視線がこちらに集まる。私はおずおずと影から出てきた。
「…牧原さん、貴方でしたか。」
「あ…ご、ごめんなさいっ…」
私が登場したところで、この緊迫した空気は変わらない。真名部さんは、私のことは気にせず、言葉を紡ぐ。
「瞬木くんは、以前盗みをして捕まったことがあるそうです。だからこの中で財布を取るとしたら君しかいないワケだ。」
「……俺はやってない。」
隼人くんは否定する。しかし、真名部さんはその言葉を信用することができないらしい。
「……っ、」
私は、前に一歩進んだ。
「っ隼人くんはそんなことしません!」
私の声が、一室に響きわたった。無意識のうちに、声を上げてしまった。みんな、私へと視線を向ける。当たり前だ。今までおどおどと小さな声を発していた私が突然声を上げたのだから。
「何かの間違いです。隼人くんはそんなことをするような人じゃない。私は隼人くんを信じてます。」
無我夢中に私は話す。こんな風にはっきりと物を言うなんていつぶりだろうか。だが仕方のないことだ。隼人くんのことは昔から信頼している。盗みなんていう狡いことはしない。
「……千草、」
ぐい、と隼人くんに腕を引かれる。
「別にかばわなくていいよ。……でも、」
ありがとうな。隼人くんは小さな声でそう言って、微かに微笑んでみせた。
「そ、それなら誰が財布を盗んだというんです。…思い当たる人なんて、瞬木くん以外いませんよ。」
真名部さんは、複雑げな表情を浮かべる。と、同時に部屋の外から足音が聞こえてきた。
松風さんと剣城さんと神童さんが来た。
「剣城から聞いた。…財布を盗まれたって、本当?」
来て早々、松風さんが口を開く。真名部さんはそうなんです、と今までの経緯を説明した。真名部さんは、再び隼人くんがやったと言うのだった。
松風さんは、声を荒げた。
「やめるんだ!」
その制止の言葉で、皆の視線は松風さんに集まる。
「試合前だよ? 俺達は代表選手なんだ。皆の期待を背負っている。だから、恥ずかしくない戦いをして…そして勝たなきゃ。」
松風さんの言うことは最もだった。今は、こんなことをしている場合なんかじゃない。しかし、それに対して真名部さんは肩を竦める。
「でもですねぇ、……我々全員、サッカーをやりたかったわけじゃないんですよ。」
「え……っ?」
真名部さんから発せられた言葉は予想もしないものだった。松風さん、剣城さん、神童さん、そして私は驚愕の表情を浮かべる。しかし、他の選手達は表情を一切変えない。どうやら事実のようだ。
「それぞれ条件を出されて雇われているだけなんですから。」
神童さんは表情を歪め「雇われているだけだと…」と呟く。
真名部さんは更に続ける。
条件、それは海外留学や費用稼ぎなどだった。私だって、そんなことは知らなかった。確かに、皆がやっていたものはサッカーとは全く関係のものだった。
要は、皆がサッカーをやるのは仕方なく、なんだ。そう思うと複雑な気分になった。

***

試合がもうすぐ始まるため、選手達は渋々と試合会場へ向かう。そんな中、皆帆さんだけは足を止めていた。行かないのかな、と皆帆さんの方へ視線を向けると目が合った。とっさに反らそうとしたが、皆帆さんはこちらに寄ってきて、がしっと私の手首を掴んだ。
「ひゃっ!? な、なんですかっ!?」
思わず声がひっくり返る。皆帆さんはにこりと笑みを浮かべる。
「こうでもしなきゃ君、逃げるでしょ? ……ちょっと話したいんだ。」
「は、話…ですか…?」
「そう。」
答えながらも、皆帆さんは手首を離してくれない。皆帆さんは構わず話をし始めた。
「さっき、君は瞬木くんをかばった。信じているから、という理由で。」
「は、はい…。」
「つまり、瞬木くんは君にとって信頼できる人、と解釈してもいいかな?」
話の意図が全く読めない。皆帆さんは何を言いたいのだろう。疑問を抱きながらも私は首を縦に振った。
「…信頼しているからこそ、君みたいなおどおどしていても瞬木とは会話も普通にできているんじゃないのか?」
あぁ、なるほど。皆帆さんの言いたいことは、
「僕らとは目を合わせて言葉を交わすことすらできない。……それってつまりは、」
私が、選手のみんなのことを信頼していないんじゃないのか。
皆帆くんはそれ以上言葉を続けなかったが、言いたいことはわかった。…否定はしない、というよりできない。皆帆さんの言う通りだ。信頼してないから、たった一言を普通に返すことすらできないんだ。
「ま、僕は単に雇われているだけだから、信頼されようがされまいがどうでもいいけど。でも、もし君がその性格をどうにかしたいと思っているのなら、」
掴まれていたままの手首を離される。
「今の状況のままじゃ、無駄なことを繰り返すだけだ。」
そう言って、「話はこれだけ。」と試合会場へと向かった。私はその場に立ち尽くしていた。
「っ……、」
皆帆さんの言葉は、的確に事実のみを突いた。私は返す言葉もなかった。確かに、今のままではこの私が変われる見込みなんてないだろう。けれど、だからと言ってどうすれば良いのかなんて考える余裕はなかった。

***

「さぁ、一回戦の日本代表、韓国代表の両チームがポジションにつきました!」

オープニングセレモニーが終わり、早速試合が始まる。実況は声を高々にする。
「まもなく開始、イナズマジャパン対ファイアドラゴン。運命のキックオフです!!」
ピーっというホイッスルの音が鳴る。
剣城さんは隼人くんにボールを渡す。すると、隼人くんはそのままゴールへ向かってドリブルをする。
「っ瞬木!」
剣城さんが声を上げたが、隼人くんは足を止めない。隼人くんの足が速いということは十分理解している。剣城さんは隼人くんを追うということはしなかった。
そして、ゴールまで近づいたとき韓国の選手は勢いよく隼人くんに向かってスライディングをしてボールを奪う。

「あ……隼人くん……っ」
やっぱり一人でプレーは無理なものだ。
ボールは転がっていく。野咲さんはそのボールに向かって駆け寄るが、その前に素早い動きで奪われてしまう。……韓国代表の俊足、リ・チュンユンだった。

持ち前の速さで、ゴールまでドリブルしていく。その様子を只見るしかなかった。
ゴールの寸前まで着き、神童さんはゴールの前に立ちはだかる。
「俺の前に立つな!」
井吹さんは声を荒げたが、神童さんは見向きもしない。
そうして、リ・チュンユンはシュートを放つ。見るからに強力なシュートだったが、神童さんはなんとかキックで止めてみせた。

「よかった……」
私は安堵の息を洩らす。
不意に井吹さんの方へと視線を向けると、拳を震わせていた。本来、自分が守るはずのゴールを自身で守れなかったことか。それとも神童さんに信用されていないことに対してなのか。…まぁ、それは本人にしか知り得ないことだけれど。

「ーーーイナズマジャパン!!」
突然、松風さんが皆に聞こえる大きな声を上げる。
「先制点は俺達が取るぞ!」
その言葉は十分皆に届いただろう。


多少の不安が立ち込める中、試合は再開した。