03

韓国チームからのシュートをなんとか受け止めた。だが、それは余裕とは言えるものではない。韓国の強さに圧倒された。皆の表情は呆然としていた。

「フットボールフロンティアインターナショナルビジョンツー、アジア予選!日本代表イナズマジャパン対韓国代表ファイアドラゴンの一戦は韓国の風、リ・チュンユンの目の覚めるようなシュートで幕が開けた!!」

さっきは神童さんによるカットのお陰で先制点を取られることはなかった。試合が再び始まる。先制点を取るのはどちらになるのだろうか。私はベンチで試合の様子を見ることしかできなかった。

試合再開のホイッスルが鳴る。
韓国のスローイン。ボールが投げられると、目にも止まらぬ速さで隼人くんがボールを奪った。
隼人くんは、自分のサッカーの技術よりも俊足を生かそうとしているようだった。なんとかゴールまで向かおうとするが、韓国選手によってそのボールは奪われてしまうのだった。
「……隼人、くん。なんだか……」
「牧原先輩?」
呟いた声が聞こえたのか、空野さんが顔を覗き込む。
「どうかしました?」
「えっ……いや、その……」
「…………。」
私は言葉を濁すが、空野さんは怯む様子はない。私は目を伏せた。
「……隼人くん。なんだか焦っているという、か……」
「焦って……?」
ぼそぼそと話す私に空野さんは口元に手を当てて答える。
「……どこか、落ち着いてプレーできてない。」
マネージャーなんかの私がこんなことを言ってもいいのだろうか、と一瞬思った。
若干不安を帯びているのは試合前に財布を盗んだと疑われたからなのか。…隼人くんは、以前に盗みをしたからと疑われた。
実際は、違うのに。

こんなことを考えている間にも試合は進んでいく。今は韓国がリードしているようだ。
「ちょっと練習しただけで通用するほど世界は甘くないか。」
「予想の範囲内だ。」
「ファイアドラゴンすげぇな。」
イナズマジャパンの中では、口々にそう言う声が聞こえる。それもそうだ。現に韓国はドリブルを続け、ゴール近くまで辿り着いた。
すぐさまシュートがゴールに向かう。だがそのシュートはゴール前にいた神童さんにより止められる。止められたのは良かったが、井吹さんは神童さんに文句を言っているようだ。

「これって……もしかして神童先輩が…?」
隣で空野さんが呟く。

ボールは松風さんに渡りドリブルをする。
「風穴ドライブ!」
必殺技を使って韓国選手を切り抜ける。そして剣城さんにパスをする。
「っ剣城! こっちだ!」
二人を追って隼人くんがパスを求める。だが、剣城さんは気にせず松風さんにパスをした。
二人は順調にパスをしていたが途中、韓国選手にスライディングで奪われる。
再び韓国選手がゴールまで行きシュートを放つ。そして神童により止められる。このままでは、どちらが先制点を取るのか、見当もつかない。

そんな葛藤を繰り返す中松風さんが相手チームのスライディングによりバランスを崩し転んでしまったため、一時試合が中断される。

「このままいったら…試合、どうなるんでしょうね。」
「…………だい、じょうぶ。」
「えっ?」
「…き、きっと…勝て、ます」
私の言葉に、空野さんは目を一瞬見開く。そしてすぐにぱあっと表情を明るくした。
「そうですね! 絶対、勝てます!」
今ここにいる私にはそう信じることしかできない。勝つことを祈るしかない。

少しして、試合が再開される。
スローインは剣城さんだ。ボールは松風さんに渡り、そして隼人くんにパスをした。
三人により、パスは順調に繋がり、ゴールへと向かっていく。
…隼人くんも、選手として成り立つことを認められたのかな。
隼人くんがドリブルをしているとき、不意にボールが端に転がってしまう。そのボールは、野咲さんの足元に転がっていった。
「あっ…」
ボールに向かって韓国選手が向かってくる。野咲さんは、しっかりとボールを見据える。すると足でボールを引っ掛け宙返りをするかのようにパスをした。
そのパスは、鉄角さんに渡った。
パスは次々と繋がっていき、順調かと思えば、何やら真名部さんが指示を出していた。
「鉄角くん! 野咲さんにパスだ!」
すると、鉄角さんはその通りにパスを渡す。

「あれ…どうして…」
今のは、近くにいた隼人くんにパスを渡したほうが効率が良かったはず。それを真名部さんも気づいているはず…。
その後も、真名部さんはパスを指示出す。だがそれは隼人くんを無視しているものだった。誰も、隼人くんにパスをしない。
思い当たることはある。試合前のことだ。
真名部さんは、隼人くんが財布を盗んだと疑っている。…真名部さんは隼人くんのことを信用していないんだ。

なんとか繋げていたパスは、韓国選手によって止められる。今度は韓国選手がゴール寸前まであっという間にドリブルしていくのだった。
「神童! どけと言っているのが分からないのか!!」
井吹さんの荒い声が聞こえる。未だ神童さんはゴールの前に立っている。韓国選手は、シュートを放とうとする。
「っ、どけぇ!」
その声と同時に神童さんは放たれたボールを避ける。そして井吹さんがボールを止めようとする。だが、強力なシュートは止めることができず、シュートがゴールに入ってしまった。
「ゴール! 先制点はファイアドラゴンがとりました!」
韓国のシュートを許してしまった。皆どこか無気力とも言える表情を浮かべたまま、休憩時間となった。


後半はどうなるのかな、そう思いながら控え室の近くを歩く。そんなとき、見慣れた後ろ姿が見えた。
「…井吹、さん」
呟くぐらいの小さな声だったが井吹さんは気がつきこちらを向く。
「…なんだ、お前か。何か用でもあるのか?」
私だと分かると眉間に皺を寄せる。見るからに機嫌が悪い。
「…特に用は…ない、です。」
単に見かけただけ。私は素直に答えた。だがふと思いだしあっ、と声をあげる。
「あっ、あの…さっきの…」
「…なんだよ。」
「…さっきゴールでボールを止めるとき……わ、私の勘違いかも知れない、けど…」
ぐずぐずと躊躇いながら話していると井吹さんは苛立っているのか睨むように私を見る。余計話すのを躊躇ったが、ここで怯んでは駄目だと自分に渇を入れる。
「井吹さんは…一旦落ち着くべきなんじゃないかなって…」
「は…どういうことだよ。」
「べ、別にGKをやるなって言ってるんじゃなくて……た、多分…井吹さんかがシュートを止める意味は、試合に勝つと言うことより…」
そこで、言葉が詰まる。井吹さんが背を向けたのだ。顔をこちらに向けることなく井吹さんは話し出した。
「お前にそんなことを言われる筋合いはない。マネージャーだからって、……特にお前みたいな性格の奴に言われたって、指図されるだけ腹が立つだけだ。」
確かに私のような人に言われたって、説得力がどうとか言う以前の問題だ。でも、そんな指図だとかそういうつもりなんて一切ない。
「……そ、そんなこと……」
「そうやっておどおどしてて、」
言葉を遮られる。井吹さんは顔だけこちらに向け表情を微少たりとも変えず言った。
「本当、見てて苛々する。」
それだけ言って、井吹さんは控え室に入っていった。
「……っ、」
別に、こんなことを言われることは初めてではない。今までにだって何度も言われた。
はっきりして。
言いたいこと、ちゃんと話してよ。
いちいちうじうじしてて、腹立つ。
……思い返せば、何度だって言われた。でも、事実だ。否定なんてできない。昔からこんなふうで、周りが怖くていつも隼人くんについていってた。
だから、今さら井吹さんのようなことを言われたって平気。 でも、私はその場に立ち竦んだままだった。


休憩時間が終わり、後半戦が始まろうとしている。前半戦では韓国に一点を取られてしまった。そんな中、松風さんが気合いを入れる。
「まだまだ一点! 取り返していくぞ!!」
その言葉に続くようにホイッスルが鳴る。ファイアドラゴンのキックオフで試合は始まった。
直ぐ様松風さんはスライディングをした。転がっていくボールを韓国選手と松風さんが追うと、その二人を誰かが抜かした。

「っ! 隼人くん……!」
「さ、さすが瞬木くん! 速い……!」
私と空野さんは相変わらずの速さに驚愕する。
隼人くんは、そのままゴールに向かってドリブルをする。案の定、韓国DFが止めに入る。咄嗟に誰かにパスをしようとする。だが、できない。
「なっ……」
周りには誰もいなかった。皆、動く様子はない。こんな状況ではパスなんかできるはずがない。
それに気づいたらしい松風さんは「こっちだ!」と隼人くんの方へと向かう。だが隼人くんはそれに構わずそのままドリブルをしようとした。
「行かせるか! 地走り火炎!」
韓国選手の必殺技によって、ボールが奪われる。そして韓国選手はドリブルをしていく。
不意にフィールド全体を見回すと、松風さんと剣城さんはマークされていた。あれでは動けない。
なんとか皆帆さんはボールを奪いドリブルするがまたもや韓国選手が寄って、たじろぐ。
「皆帆! こっちだ!」
隼人くんは近くに走り寄りパスを求める。それに皆帆さんは気づいたはずなのに、真名部さんにパスをした。

その後は、最悪だった。なんとかイナズマジャパンがリードしかけても隼人くんにパスをすることを避けては韓国にボールを奪われる。このままではどうにもならない。
そんなとき、痺れを切らした松風さんは歯を食い縛った。
「何をやってるんだ!!」
フィールド全体に響き渡った声を、皆が聞き逃すわけがなかった。視線は一斉に松風さんに集まる。
「皆! こんなサッカーをやってたら勝てない。どうして瞬木のフォローに入らないんだ、同じフィールドにいる以上仲間じゃないか! 仲間のことが信用できなくてどうするんだ!
瞬木はどんな扱いをされても必死に戦ってる。よく見るんだ、このフィールドで起こっていることを!!」
その言葉で、皆は隼人くんの方を見る。
隼人くんは韓国選手を必死に追っている。そして、隼人くんは何とかボールを奪うが韓国選手にマークされる。
「くっ…」
隼人くんが周りを見渡すと、視界に鉄角さんが入る。目が合うと、お互い合図のように頷く。
「鉄角!」
ボールは鉄角さんに向かって飛ぶ。そして鉄角さんはゴールに向かってドリブルする。
それに釣られるかのように他の皆も動き出した。

「! ほら、牧原先輩! 皆が団結し始めてる、ファイアドラゴンの攻撃を凌げてます!」
「は、はい……っ!」
空野さんがフィールドを指差す。空野さんの言う通り、チームがまとまってきている。

順調に試合が進み、真名部さんがボールをドリブルしているとき、韓国選手に囲まれる。真名部さんは周りを見渡す。すると、そこには隼人くんがいる。
「真名部、こっちだ!」
だが、真名部さんは隼人くんにパスすることを躊躇う。財布を盗んだと隼人くんを疑っていたのだから。
「真名部!」
不意に、野咲さんが名前を呼ぶ。それに続き、皆も声を出す。
「真名部、パスを出すんだ!」
「真名部!」
「早く!」
「真名部くん!」
真名部さんは意を決したように拳を握る。そして、
「っ瞬木くん!」
隼人くんにパスをした。
そのボールを隼人くんがドリブルをすると、後ろからチュンユンが追ってくる。やっぱり、チュンユンは速い。今にも隼人くんは抜かれそうだ。
「ーーーっ!!」
隼人くんは一層速くなる。そしてチュンユンに抜かれることなくそのまま松風さんにパスをした。
「キャプテン!」
咄嗟に韓国選手は松風さんの元へ駆ける。
だがそれを撒く。そしてあっという間にゴール前まで辿り着く。
「ゴッドウィンド!!」
シュートが放たれる。GKは止めようとするが勢いに押されシュートを許してしまう。

「す、すごい……」

同点。ファイアドラゴンと同点に追い付いた。


その後は再びチュンユンがシュートを打ったが神童さんが打ち返す。そして再びイナズマジャパンに好機が来る。
ボールは、剣城さんに渡る。
「デビルバースト!!」
再び放たれる必殺シュート。強烈なシュートは案の定ゴールへ入る。

「ゴール! イナズマジャパンが二点! 1対2!」
実況の声、そしてホイッスルが鳴った。
試合が終了した。

「……勝った……、」

歓声が沸き起こる。イナズマジャパンの皆は、呆然としている。誰も、この勝利を予想していなかったのだろう。

「わぁぁっ、勝ちましたよ! イナズマジャパン!」
「ひゃっ……」
隣にいる空野さんに抱きつかれる。私は咄嗟にぐいぐい押し退けようとする。
「は、は、離してくださいっ」
「だって嬉しいじゃないですか! 勝ったんですよ!?」
空野さんは声を弾ませる。私だって、嬉しい。役に立ったのかと言われたら肯定はできない。けれど、素直に嬉しかった。

「ーーー千草!!」
不意に、大声で名前を呼ばれる。何かと思えば、フィールドで隼人くんがこちらを向いて、大きく手を振っていた。
「は、隼人くん……っ」
目が合うと、隼人くんはにっと笑った。私は目立たないように小さく手を振り返す。
"かっこよかったよ。"
そう唇を動かせば、隼人くんは理解したのか再び笑う。

試合は、悔いなく終わったのだった。

***

試合が終わり、着替え終わった隼人くんと合流する。
「勝てて、よかった。」
隼人くんに寄って、そう言ってみせる。今は周りに他の誰かはいないから気兼ねなく私は話すことができる。
「ははっ、ありがとな。……弟達、喜んでくれるから。」
「うん、そっか。」
何気ない会話を交わし、私は思い出す。
「そういえば……真名部さん、財布のこと……」
「……あぁ、ポケットに入ってたらしい。」
さっき不本意そうだけど謝られた、と苦笑いする。
「本当に勝てて良かったよ。……ま、強いていうなら、」
「なぁに?」
「……千草に、試合中に応援されたかったな。」
隼人くんは意地悪く笑う。
「む、無理だよ……大きい声、出せないし」
「ん、知ってる。」
くしゃりと頭を撫でられる。
「宿舎まで一緒に帰ろうか。」
「う、うんっ」
手を差し出されて、私はその手を握る。そして、宿舎に向かった。

***

【井吹視点】

試合が終わって着替えも終わり、宿舎に向かおうとしたときだった。
「ーーーははっ、ありがとな。」
聞き覚えのある声。……瞬木か。俺は気にせず宿舎に向かおうとしたが、足を止めた。
瞬木は、マネージャーの牧原と一緒にいる。
思わず、影に隠れる。こっそりと二人の様子を見ると、仲が良さそうだ。……そして、驚いた。一緒にいる牧原かが微笑んでいたからだ。まぁ目元は隠れているけど、口元には笑みが浮かんでいる。
若干抵抗があったが会話に耳をすませれば、いつもはおどおどと話している牧原は普通に話していた。
「……意味わかんねぇ。」
不意に、アイツだけ特別なのか、という考えが浮かんだがすぐに打ち消す。

俺は、逆の道から宿舎へと向かった。