04


『はぁ、重たいなークソォ』
女の子らしからぬ言葉を口にし、屯所への道をふくらんだエコバックを両手に帰る。
今日も今日とて買い出しだ。買い出しのためにパトカーを使いたいところだが、そんなことをしたら土方さんに切腹させられる。ザキさんがいれば途中から乗せてくれたりするが、それも稀なことである。
『ただいまでーす』
ドサリと荷物を置き、玄関に座った。


ドタドタドタドタ…
どこからかこちらに向かって近づいてくる音が聞こえる。

『騒がしいなー』
よいしょと立ち上がり、荷物を再び持ったその時。


どこ行ってたのォォォ!?暦ちゅわぁぁん!
という気持ち悪い声とともにゴリラが抱きついてきた。
『うぎゃ、』
「もう、一人で出歩いちゃダメだって言ってるでしょ。お母さんの言うことちゃんと聞きなさい!」
誰がお母さんだよ、気色悪い
以前までは近藤さんは私を雇ってくれた恩人だし、お父さん的存在だし、といくら気持ち悪くても許容していたが、最近さらに悪化してきたためいい加減ウザくなった。

「うぁぁん、暦ちゃんが反抗期だよ」
ああ、そうですね。
だって私近藤さんのと一緒に洗濯したくないもん。
『あーそーですねー、犯行期ですねー』

「待ってェェェ、なんか違うからァァァ!罪犯しちゃダメだよ!!」
『あぁ、はいはい』
私の肩を掴んで揺らしながら説得する姿はまるでゴリラだ。


「今朝言ったでしょ。婦女暴行事件が多発してるんだよォォォ!もし襲われたりしたらどうするの!!」
そう。
近藤さんがここまで気持ち悪いのは最近多発してる婦女暴行事件のせいだ。
私の身を心配しているらしい。
が、そんなもの私には全くいらない。

『そうですねー。そんなことするのはどこのドイツ人なのか見てみたいっすよー』
何処かの組織の仕業か、もしくはただの変態の仕業か。
『だいたい、力の差が歴然の女を襲って何になるってんだか。欲求不満なだけだろうけど』
そう言って歩き始めた私の後ろからついてくる近藤さんも、どこか浮かない顔をしていた。

「犯人は攘夷志士らしい。ザキが持ってきた情報だからな。間違いはないだろう」
攘夷志士か…。
『国を変えるだとかなんとか言っておきながら、侍の風上にもおけないね』
本当、滑稽だ。
天人が昔したような弱い者イジメと同じ。

近藤さんはすっかり黙り込んでしまった。
少し重く言い過ぎたかもしれない。
『近藤さん、私なら大丈夫だし、きっとこの事件もすぐ解決できますよ』
「あぁ、そうだな」

そして私は台所へ行き、買ったものを冷蔵庫に入れる。
暇になり、やることもないので、自室であの事件の事を考えていた。

歌舞伎町で一週間前から起きだした今回の婦女暴行事件。
女の人が襲われる時間はバラバラ。
夜はもちろん、真っ昼間というケースもあった。

犯人は攘夷志士と分かっているということは目撃者がいたということだ。
帯刀していたのだろう。

『わざわざ昼間に、しかも人に見られる場所で』
明らかに変だった。
『何か裏があるのかもしれない』
思わずぼそっと出してしまった言葉を聞いていたのだろう、
「うん、俺もそう思う」
突然割り込んできた声に少しイラッとする。

『勝手に入ってこないでくださーい。不法侵入で訴えるぞ』
少し前から部屋の前の気配に気づいてはいた。
「珍しく部屋にいるからどうしたのかと思って。そしたら、独り言がね」
『ザキさん、もうわかってるんでしょ?犯人の目的』
「……」
黙秘ですかコノヤロー。

『いやぁ、私もわかっちゃった』
ザキさんの顔に動揺の色が見えた。
『まぁ、ちょっと考えれば分かります』
「本当に、一条はすごいね。ただの忍じゃないでしょ」
『さぁー?普通の女中なんじゃないですか?』
「そう?まぁ、今はまだ詳しく聞かないことにするよ。それより、一条の推測聞かせて」
なんやかんやで既に私のことについて何か掴んでいそうだけど。

『んー、まぁ婦女暴行事件はただの目くらましにすぎないと思います』
「じゃあ本来の目的は?」
『真選組の目をその事件に向けさせ、何かを隠そうとしている』
チラッとザキさんを見ると、そこには真面目な顔があった。
『例えば…密輸、とか』

「へぇ、」

『ザキさんのこの間の任務、天雷党への潜入でしたよね?』
ザキさんはゆっくりと頷くと、続けてとアイコンタクトで伝えてきた。
『そこで得た情報は、武器の密輸入に関して。そういや、確か一ヶ月後にターミナル創立記念セレモニーがあったようななかったような』
「どっちなの」

『とにかく、攘夷志士としてはそのセレモニーでテロを起こしたいわけで、武器が必要になる。だが、輸入の時点で見つかってしまってはテロも起こせない』

「だから、他に事件を起こして真選組の目をそっちに向けよう、と」
私の代わりにザキさんが一番重要なところを言った。

『いや、そうなんだけど、そうなんですけどね?なんで最後言っちゃうかなー。あぁ、最悪』
実際どうでもいいけどさ。
「ごめん、ごめん。俺も一条と同じ考えだったからつい」
はは、と笑いをこぼすザキさんに少しイラッときた。


『問題はどうやって尻尾を掴むか…ですねー』
「そうなんだよね」


二人でうーんと唸っていた時、ふと考えが浮かんだ。
『私、囮になりましょうか?』

「は?」




「駄目だ」
あれからザキさんと計画を立て、土方さんに持ちかけてみたが、やはりと言うべきか、断られた。

「大体な、お前が危ねぇだろ。山崎も何考えてんだ」
『ザキさんは悪くないですよ。私が言い出したことだし。さらに言えば、ついでだし』
「ついでってなんだよ」

『ほら、ここのなけなしの女湯が故障して今入れないから銭湯に行くついでに』
そう、本当についでなのだ。
真選組屯所には女中用のなけなしの女湯が作られていたが住み込みで働く女中など皆無に等しく、これまであまり使われてこなかったらしい。突然使おうと思ってもお湯の出が悪かったり急に冷たい水が出たりと問題点ばかりだった(それを報告したところ近藤さんからすぐに修理のお達しが出たのだった)。しかもあるのはシャワーだけだ。なんとか騙し騙し使ってきたが、そろそろ湯につかりたい。
そして婦女暴行の犯人さえ捕まれば、其奴から何か聞き出せるかもしれない。
一石二鳥だ!

「だがな、一般人を巻き込むわけにはいかねぇんだよ。後々めんどくせぇし」
『絶対後者が本音でしょ?』
囮と言っても、そんなに危険ではないと思う。
寧ろ、犯人の命の方が危ない。

ちゃんと我慢できるかな…
抵抗しているうちに、過って殺してしまったりはしないだろうけど。
多分…。

「俺が後ろから見張ってるんで、大丈夫だと思います」
ザキさんがなんか言っているが、絶対嘘だ。
私一人でも大丈夫だと思ってるに違いない。

「はぁ、わかった。だが、無茶すんじゃねぇぞ」

やった!とザキさんと顔を見合わせる。

『あ、土方さん。近藤さんには内緒にしてて下さいね。うるさいから』
心配してもらえるのは嬉しいことではあるが、ちょっと過保護だ。







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