「あ、リゼット」

図書館に2つ上の彼女の姿を見つけて足を止める。賢く、親切で、柔らかい雰囲気を持った彼女は先輩後輩問わず広く慕われる人気者で、私もそんな彼女に懐いている一人だった。ロンの兄_____この場合さしている人が多すぎるけれど、例えば彼ら兄弟曰く“お堅い”パーシーとも、その対極に位置する悪戯者のフレッドとも、よく喋っているところを見かける。(私は別にパーシーが真面目すぎるとは思っていない。みんなが不真面目すぎるんだわ)
リゼットはレポートを書いていたみたいだけれど、私の声と姿に反応してひょこりと顔を上げる。「ハーマイオニー?」やわく微笑んでこちらを見る。一年の頃、私が孤立していたのを気にかけてくれた時から、あの顔は変わっていなかった。なんというか、気分が緩むような、こちらまで優しい気持ちにさせる笑顔だ。彼女に恋をしている男の子は、こんなところに落っこちたに違いない、なんて思う。

「邪魔しちゃったかしら。よければ、教えて欲しいところがあって」
「いや、これはもうすぐ終わるし、そもそもまだ提出は先だから大丈夫。でも、ハーマイオニーに教えられるところなんてあるかなぁ」
「何言ってるの! リゼットはいつも私の疑問に丁寧に答えてくれるから助かってるのよ!」
「そう? それなら、いいんだ」

どこがわからないの? と私の抱えている教材に視線をやるので、私は彼女の正面に腰掛けて、教科書を開いた。印をつけたページを開く。

「わ、やっぱりハーマイオニーはすごいね。そんなに予習してるの?」
「そうでもないわ、ちょっとだけよ!」
「いやいや、この間のロンのDADAのレポートの範囲を見るに、かなり進んだところでしょう、これ。頑張り屋さんだね」

偉いね、と私の頭を撫でるリゼットに、少し気恥ずかしくて「やめてよ」と身を捩ればくすくす笑って手を離される。ちょっと惜しいことをした気がする。「ここはね、」と彼女の指が紙面をなぞって、優しい声に耳を傾ける。やっぱり、わかりやすい。
改めてお礼を言って席を立つとき、周りに注意していなかったせいで誰かにぶつかる。ほぼ反射で振り返る。

「ごめんなさい、」
「いや、………なんだ、お前か。僕は今気が立ってるんだ、周囲には気をつけて動け、穢れた血!」
「な、」

マルフォイだ。流れるように罵倒されたものだから思わず絶句していると、気を良くした彼は更に続ける。

「グリフィンドールの奴っていうのはどうしてこう落ち着きがないんだ? 今も外でウィーズリーのうるさいのが騒いで………ああ、ウィーズリーにうるさくないのなんかいなかったな!」
「ちょっと、マルフォイ!」
「ま、そんな奴らでもなきゃ穢れた血には優しくなんかしてくれないよなぁグレンジャー?」
「………マルフォイ、人に突っかかりたいだけなら図書室から出て行ってくれないかしら」

リゼットが静かに口を開く。マルフォイは私の奥にいる彼女に気付いていなかったようで、予想外の横槍に少し瞠目した。

「どちら様か知らないけど、お前も___ 」
「グリフィンドール生、あなたの2つ上、リゼット・ローウェル。お偉い純血名家のお坊ちゃんは、TPOを弁えることも、年上への口の利きかたもご存知ないのね」
「なっ」
「マダム・ピンスにバレて叱られる前にその口を閉じた方がいいんじゃない?」
「………! 生意気な口聞きやがって! ローウェルだな、覚えたぞその顔!」
「そりゃあ光栄ね」
「〜〜〜〜〜!」

神経を逆撫でされたと言わんばかりに顔を真っ赤に染め上げたマルフォイが腕を振り上げる。「リゼット!」 私が声を上げるのとほぼ同時に、目の前を鮮烈な赤が通り過ぎた。

「何しようとした? マルフォイ。言えよ!」
「返答によっちゃあどうなるかわかんないぞ? なぁ、ジョージ!」

一人がマルフォイの腕を掴んで、もう一人があとからやってくる。(酷く怒った顔でマルフォイを抑えたのがジョージらしい。口ぶりからして) マルフォイは「離せ」とぶっきらぼうに言うと、大股で図書室から出て行った。乱暴に扉を開閉したことでマダム・ピンスからのお小言も頂戴して。

「その、アー、ありがとう、二人とも。私、止められなくて……」
「や、女子相手に手出そうとするあいつが悪いだろ、今のは。あと、マルフォイが機嫌悪かった理由俺たちだしな」
「だと思ったわ、全く!」
「おおっと、お小言は後にしてくれよ!」

そう言うとフレッドはニヤリと笑って私の腕を引く。「ちょっと、大丈夫なの、二人にして! ここ、図書室よ!」「まあ、見てろよ。たぶん大丈夫。俺が言うんだから間違いないって!」 ____全く信用ならないことね、と嘆息しつつ本棚の陰へ移動する。

「…………」
「…………」
「……あ、りがとう、ジョージ」
「お前、誰にでも喧嘩売るのやめろよ。助けに入れたからいいけど、ああやって手の出る奴だっているんだぜ」
「誰にでも売ってなんか……! ………今回は、私が悪かったよ。後輩相手に……ハーマイオニーだっていたのに」
「ああ、そうだよ。反省しろ。危ないことすんな。リゼットは女なんだから、腕っぷしでこられたら敵わないだろ」

ほらもう、言い方が悪いのよ。そうやって怒ったみたいなことばっかり言うからすーぐ喧嘩になるんだわ! ここは図書室なのよ? 今にも飛び出したい私とは対照的に、フレッドは相変わらず傍観を決め込んでいるようだ。「心配だ、って言えばいいのに」「奇遇だなハーマイオニー、それは俺も同感だ」

「……そんなこと、知ってるよ。性差があることくらい。私は一生、対等になんてなれないんだ」
「え?」
「ご忠告どうも。それじゃあ!」
「っおいリゼット、待てよ!」

リゼットは逃げるように図書室をあとにする。呆然と立ち尽くすジョージを置いて、私とフレッドに気づく様子もなく。その横顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。誰も、追いかけられなかった。




→