大会前の最後の休日、母の手伝いでお買い物に出ていた私は突然降り出した雨に追われ、歩道を走っていた。運悪く今日は傘を持っていない。梅雨に油断するなんて一番やってはいけないことだ。
住宅街に軒が出ているお店は少ない。なんとか辺りを見渡していると、いつかの駄菓子屋を見つけた。ちょうどいい、あそこで雨宿りをしよう。軒下に入り水に濡れた腕を払う。前髪が額につくのが少し気持ち悪かった。

「あれ、◯◯ちん?」
「え?」

ぬっと影がかかり背後から声がする。この独特の呼び名は一人しか心当たりがない。まさかと思って振り向くと、そこにはたくさんのお菓子を抱えた敦くんが立っていた。

「敦くん久しぶり!」
「うん。うわー雨だ」

敦くんは店の外を見ながらため息を吐き、私の隣に立った。また身長が伸びたのだろうか。もうよくわからない。

「敦くんはお買い物?」
「うん。◯◯ちんも?」
「そう。でも雨に降られちゃった」
「みたいだね」

敦くんはそう言うともう一度駄菓子屋に入っていく。駄菓子屋には可愛らしいおばあちゃんがちょこんと座っているだけだった。

「おばちゃん、座敷使っていい?」
「あいよ。好きに使いな」
「はーい」

敦くんは慣れた様子で駄菓子屋の奥に進んでいく。ぺこりとおばあちゃんに頭を下げてからついていくと、そこには格子状のガラス戸があり、それをガラガラと引けば畳の小さな部屋があった。敦くんは手前の沓脱石でスニーカーを脱ぐと、座敷に上がっていく。私もサンダルを脱いで後に続いた。

「こんなところがあるんだ」
「うん。いつも買い物に来るからおばちゃんが教えてくれたんだ」

敦くんはニコニコと笑って駄菓子屋の袋を机の上に置く。常連といった感じだなぁと思いながら私も買い物袋を机の下に置いた。

座敷には小さいテレビと大きな窓があり。窓越しに裏庭のようなものが見えた。ここはおばあちゃんの家でもあるらしい。雨足は強くなるばかりだ。

「去年もね、雨に降られて帰れなくなって、ここ使ったんだ〜」
「そうなんだ。梅雨時は傘持ってないとダメだね」
「◯◯ちんが持ってないのなんだか意外」
「そうかな?私だって忘れることはいっぱいあるよ」

大人じゃないんだし、と笑うと敦くんは首を傾げる。敦くんは手にしたまいう棒を咀嚼してから「なんで?」と続ける。

「大人でも忘れることあるでしょ」

当たり前といった様子の彼に驚いて、それから「そうだね」と笑ってしまう。彼の言葉に笑ったのではなく、自分が子どもっぽくて笑ったのだ。そんな当たり前のこと知っているはずなのに。

「ところで◯◯ちんもお菓子食べる?」
「え?いいの?」
「いいよ〜。◯◯ちんだけ特別だからね。誰にも内緒だよ」

しーっと人差し指を立てながら敦くんはまいう棒を一本渡してくれた。小声で「うん、ありがとう」と応えると、敦くんは少しだけふにゃりと表情を緩めた。
二人でお菓子を食べながら外を見る。雨は強くなったり弱くなったり波があるが、やむ気配だけはない。

「あのね、おれね」

呆然とした時間に敦くんの声が割り込む。「うん」と返事をしてそちらを向くと、彼はまだ外を見つめていた。

「帝光中学に行くんだ」
「え……?」

あまりにも予想外の言葉に驚く。だってまさか彼の口からその名前を聞くなんて思ってなかったから。理由とかそういうの、聞きたいのに言葉にならない。

「知ってる?てーこーって。すっごくバスケ強いところ」
「知ってるよ……」
「だよね〜」

あんなにバスケに情熱を感じなかったのに、まさかその道を選ぶとは思ってなかった。だけれど今も彼にバスケに対する熱は感じない。そこにあるのは負けたくないという勝負への感情だけ。

「そこ近いしさ、おれ別にバカじゃないし〜?受験したらいけるかなって」
「そ、そっか…」
「バスケ続けるかは考えてないけど」

当たり前のようにそう言って、敦くんは頬杖をついた。彼が自分で選んだことなのだろう。背中を押すべきなのに言葉が出ない。敦くんは頬杖をつく手とは逆の手をこちらに伸ばして、額に張り付いた濡れた前髪を払ってくれた。

「雨止まないね」

敦くんはにこりと笑う。それになんと答えればいいかわからずに俯くと、次は頬を摘まれる。

「い、いひゃい!なんれっ、ひっぱるのっ」
「だって◯◯ちん元気ないんだもん。何かあった〜?」
「そんなの……ないよ」
「ムカつくやつとか〜いやな人とか〜」
「それ同じ意味……」
「そういうのおれに全部言って。捻り潰すし」
「…………」

冗談、ではないのだろう。彼はとても真剣な目をしていた。だから私も「大丈夫」と首を振る。胸の奥底のざわめきには蓋をして、未だ頬に添えられた彼の手をそっと撫でた。

「大丈夫だよ。きっと、大丈夫」

それは誰に宛てた言葉だったのか。帝光に行くと言った3人に宛てた言葉か、それとも自分に言い聞かせた言葉か。自分自身真意はわからない。

今日はもう、雨は止まないのだろう。


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