六月の梅雨時になり、全中の地区大会は間近。昨年は予選リーグまで行ったそうだが、今吉くんから聞いた通り初戦で帝光中に当たり敗退。その後同ブロックの出場校にもなし崩し的に敗退し、本戦出場を逃している。それでも東京都で四本指に入る強豪なのには違いなかった。
去年の悔しさを知っているからか、練習量は必然的に増える。私の仕事も普段の倍で、そこかしこから名前を呼ばれた。ドリンク、タオル、テーピング、マッサージ。やることはたくさんだ。でも忙しなく走り回る感じは嫌いではない。

「お疲れ様でしたーっ」

部員たちの挨拶が高い天井に響き渡り、今日の練習も終わったと肩の力が抜ける。しかし掃除はまだだし、居残り練習をする人もいるだろう。まだ帰れそうにないなと携帯を取り出す。清志くんからのメールは来てない。終わりそうにないのはどうやらあちらも同じらしかった。

「なまえちゃん」

転がり落ちるボールをかき集めていると、今吉くんに呼び止められた。腕に2、3個ボールを抱えたまま応えると、「入れてき」とボールかごを指さされる。彼に頷いてボールかごに走り寄り、抱えたボールをしまおうと思ったら、その矢先に「パス!」と声がかかるものだから次々に部員たちに渡し、気付けば片付けようとしたボールたちはまたゴールネットをくぐっていた。とりあえず、しばらくボール集めの必要はなさそうだ。

「全部売れちゃった」
「みたいやなぁ」

両腕は自由になり、それを振りながら今吉くんの元に戻ると、彼は肩を竦めてみせる。「ところでどうしたの?」と聞くと、彼はハーフパンツのポケットを漁り、こちらに差し出してくる。それは袋に包まれたホイッスルとストップウォッチだ。

「え……?」
「ほんまはマネージャーなってくれた時に渡したかってんけど、色々あったからなぁ。遅なってしもてすまん」

いつも通り笑顔を絶やさないまま今吉くんはそう言う。まさかこんなサプライズが待っているなんて思っておらず、咄嗟に感謝の言葉が出なかった。今吉くんは呆然と手の内を見つめる私に「ほな」と手を振って踵を返してしまった。

「あっ、ありがとう!!」

声が届かなくなるまで行かれては困る。ぐっと振り絞って出した声は想像よりも大きく、体育館中の視線が集まった。恥ずかしい、けれど伝わっていればいい。こちらを振り向いた彼はくつくつと小さく笑ってから、また手を振ってコーチの待つミーティングルームに入ってしまった。

私はこちらを向く部員たちに一度頭を下げてから体育館の隅の方にしゃがみ込む。早く新品のホイッスルとストップウォッチを手にとりたかった。辰也くんからもらったリング以外にお守りができた気分だった。

「ピカピカ……!」

袋から出した二つは指紋ひとつない新品で思わず心が躍る。まさかこんなものを用意してくれていたなんて、本当に今吉くんは掴めないし奥底が見えない。でも嬉しい。私が二つを首から下げていると、影がひとつさした。

「花宮くん……?」

それは無表情でこちらを見下ろす花宮くんだった。ここは人から見られないにしても私以外の人に見つかったら悲鳴を上げられそうなくらい怖い顔をしている。彼は怒った顔より無表情の方が数段怖い。

「先輩から何かもらったのか?」
「え、あ、うん」

相変わらず興味がなさそうに彼は言う。どうでもいいなら聞かなければいいのに、これはそれだけではないような気がした。

「ホイッスルとストップウォッチ」

私が首から下げた二つを見せると、彼はしゃがみ込んでそれを見て頬杖をしながら「ふーん」と呟いた。なにが面白くないのだろうか。

「お前、先輩とタメで話すよな」
「うん。タメの方がいいって言うから」

本当はそんな優しい言い方ではなかったけれど、あっちから言い出したのは本当だ。花宮くんはまた「ふーん」と白々しく言う。

「前から知り合いみたいだな」
「うん。塾の駐輪所であったんだ。あ、今吉くんって渡辺先生の甥っ子さんなんだよ」

私の言葉に花宮くんはやっと表情を変えてくれた。ひどく驚いたようで、そのあと苦虫を噛んだような顔をしてから「妖怪の子は妖怪か」と呟いた。子ではないけれど、まぁ私も同じことは思っていた。

それにしても今日はよく喋るな と花宮くんを見つめる。いつもはもっと素っ気無い、というか冷たい。教室でも部活でも私が一方的に話してるし、あちらから声をかけてくること自体が稀だ。どうしたんだろうと思っていると、花宮くんと目があった。相変わらず綺麗な瞳だ。そこには不思議そうな顔の私が写っており、クスリと笑ってしまう。

「は?気持ち悪」
「ふふ、ごめん。なんだか嬉しくって」
「……」

突然笑い出した私を不気味がってか、花宮くんは舌打ちをしてから「面白くねえ」と呟いて立ち上がる。私は「楽しいけれど」と応えると、「ふはっ」と普段とは違う低い声で呟いて、さっさと歩いて行ってしまう。私も慌てて立ち上がりその背中を追いかけた。

体育館の外からは、小雨の足音が聞こえ始めていた。


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