青は、
空で、海で、私にとっては「彼ら」で。
どこまでも透き通った、真っ直ぐすぎるその青が恋しくて。
少しでも近づこうと、この手を伸ばす。
寝癖、オッケー。
歯磨き、バッチリ。
制服、シワなし。
「よし!」
洗面所の鏡に映る私は相変わらず幼い顔をしている。だがまだこの鏡に少ししか映れなかったあの日を思うと随分成長したものだと思う。
6年前の夏の日、突如小学2年生にタイムスリップした私も、今やもう中学1年生。今日はその入学式だ。
「なまえー!時間よ!」
「あ、はーい!」
玄関で私を呼ぶ母の声がする。最後に一度リボンを整えて私は洗面所を飛び出した。
「うん、かわいい!」
玄関で仁王立ちしていた母が満面の笑みで私を褒めてくれる。制服を着るたびに言われている気がする。それでも悪気はしないから「えへへ〜どうも〜」と頬が緩んだ。こんなかわいいブレザーを着るのは私も初めてだ。二度目の人生悪くないな!とステップを踏んでしまう。
「姉も氷室さんもかわいいって返事来たわよ〜!」
「えー!やっぱり送ったんだ……」
っていうことは、清志くんや裕也くん、辰也くんも見たのだろうか。そう思うと少しばかり照れがあった。親バカは別に好きにやってくれていいけれど、ちょっと気になるようなことを言うのはやめてほしい。思わずむくれると、母はケラケラと笑って「ほらいくわよ!」と背中を叩いてくる。相変わらず自由で適当な人だ。
母の車に揺られて十分。今日から通う私立中学はそこにある。明日からは自転車で三十分ほどかけて登校する予定だ。試験の日にわざわざ1時間半もかけて歩いて帰ったのだから、道順はバッチリ。それに、向かいに住む笠松さんから入学祝いで頂いた可愛いリュックサックを背負って通えると思うと少し心が躍った。
「今日は迎えにいくから、終わったらメールしてね」
「うん。わかってるよ」
ポケットにはアメリカ旅行の際に買ってもらった携帯電話。そして鞄の中の小物入れにはお守り代わりの、細身のリングが通ったネックレスが入っている。進学校ではあるが校則自体はとても緩く、アクセサリーの着用も厳しく取り締まられるわけではないようだが、私は特待生枠で入学しているため「模範生」であることが求められる。だから身に付けることはできないが、肌身離さず持っていたかったのだ。彼を、彼らを忘れないために。
どんどんと知らない景色に変わっていくのがなんだか楽しい。これから私は一度目の「中学校」とは違う世界に足を踏み入れるんだ。もちろん不安はあった。小学校からの友人とも幼馴染とも離れ離れになるわけだから。それでも、ワクワクの方が勝ってしまうのは私の性だろうか。
学校に着いて母と別れ最初に見たのはクラス割りだった。一学年6クラス存在し、特待生が入るAクラスは20人。それ以外のB〜Fは40人いないほどの分け方だった。もちろん特待生の私はAクラス。特待生である限りは特にクラス替えなどはないようで、この20人で3年間を過ごすことになるらしい。
このたった20人の中に私は選ばれたんだ。例え少しばかり先を知っていると言えど、努力なら他の生徒もしていたはず。それでも私が選ばれたのだから、しっかり学ばなければならない。少しでも自分の未来を広げるために。
校内に入りAクラスを目指して歩いていると、廊下で見知った人に出会う。なぜここにいるのかと思うと何となく声をかけるのが躊躇われてしまった。始業式は午後からのはずだ。そして彼の方もこちらに気づき、パッと表情を明るくする。
「お?なんや、なまえちゃんやん!」
「今吉……先輩」
そこにいたのは今吉くん…もとい今吉先輩だった。彼は居心地が悪そうに頭を掻くと、「くんでええよ」と言う。今吉先輩、もとい今吉くんがそう言っているのだからこれからも遠慮などせず今吉くんと呼ばせてもらおう。
「ほんまに来てくれたんやぁ。うれしいなあ」
「まぁ、悩んでいたのは事実だし。正直あの時は誘ってもらえて本当に助かったんだ」
「ならよかったわ。これからよろしゅうな」
「うん。よろしく」
差し出された大きな手を握る。それにしても、どうして彼はここにいるのだろうか。
「生徒会の仕事やで」
「…………」
やっぱり妖怪サトリの甥っ子は妖怪だ。今の私は絶対そんなこと口にしてないはずなのに、思っていた疑問への返答が的確に出てくる。彼は相変わらず見透かせない笑みを浮かべていた。
「生徒会……すごいね」
「すごかないよ。別に大変ちゃうし。やっとるだけで内申点よーなるし」
「打算的だ」
「そらそうや。で、今生徒会の仕事で新入生を教室まで案内しとるんやけど、どうや?案内されとくか?」
「あー……じゃあ、お願いしようかな」
「よっしょ、きた。ほな、クラス教えてな」
「Aクラス」
私の言葉に彼は薄く目を見開いた。彼は驚くといつも少しだけ目を見開く。まるでそれが現実かをしっかりと確かめるように。だから私はもう一度「一年Aクラスだよ」と答えた。
「へぇ……、そら予想外やわ」
「そう?今吉くんなら見抜いてると思った」
「流石にこの学校の特待生クラス行くとは思わんやろ!」
ビシィっとキレの良いツッコミを入れた彼は「ええで、案内したろか」とやけに上機嫌に歩き出す。何がそんなに面白いのだろうと思っていると「あ」と何かを思い出したようにこちらを振り向いた。
「せや、ちゃんとした自己紹介まだやったな」
「え……?」
「二年Aクラス、今吉 翔一や。縦割りクラスでもよろしゅうな、なまえちゃん」
ああ、なるほど。それはなんだがちょっとというか割と、結構、面白いかもしれない。私の口角も思わず上がる。なんだかうまくやれる気しかしなかった。
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