※32話「いとこ」宮地サイド



幼い頃から俺たちはいとこの顔を知っていた。

「見てこれかわいいわよね〜!」

母はいつもそうやって俺たちにいとこの写真を自慢げに見せてきた。浴衣を着ている写真や、ドレスを着ている写真。そこに映るいとこの女はいつもすました顔をしている。裕也がその写真の女が気になっているのは結構前から知っていて、今まで弟から浮いた話を聞いたことはなかったからきっと初恋のようなものなのだろうと思っていた。
俺はただこの女のことが気になっていた。
写真でしか知らないいとこ。ずっとフィクションの存在のように思っていた。まるで絵本の中の登場人物。画面の向こうのアイドルだ。

それが、今目の前にいる。
母と話していた女は近くで見ると随分印象が変わる。いつもすましていた表情はコロコロと変わるし、思っていたよりも快活に笑った。裕也は途端に無口になって、視線を泳がせる。

話してみるともっと印象は変わる。裕也と同い年とは思えないほどしっかりしており、地に足のついた奴だと思った。照れて走り去っていく裕也のことを「裕也くんって女の子苦手?」と聞いてきた時はびくっとしたものだ。「初恋」だと兄の口から告げられるのも嫌だろうと、俺はそれを遠回しに説明する。なまえはそれをすました顔で聞いていたかと思うと、「裕也くんって私のこと好きなの?」と至って変わらない声音で聞いてくる。なんてやつだと思った。動揺どころか照れも見せない。まるで「関係ないこと」のように言うのだから。

「私は仲良くなりたいから」

そう寂しそうに笑った顔にどきりとした。大人っぽいとかそう言う次元じゃないと思ったからだ。口からは素直な感想が漏れる。「変なやつ」と。

彼女は精一杯子供っぽく振る舞おうとしているように見えた。でもそれが意図的なものではないから、本人も気づかないところでポロリと崩れる。その奥にあったのは、しっかりと自立した大人の姿だった。裕也を追いかける途中で振り向くと、一人になったなまえは淡々と自分の席に戻っていく。こんな煌びやかな場所に来て、はしゃがない子供は何人いるだろう。こんなに知らない人に囲まれて気遅れしない子供は何人いるだろう。不思議とその背中を目で追ってしまう。不思議な力がある女だと思った。

あれが、俺たちのいとこなのか。

「裕也、大丈夫か?」
「う、うるせえ兄キ!」

会場の隅っこで丸くなる裕也に声をかける。真っ赤な顔をした裕也はひどく狼狽しているようだった。そりゃまあただ憧れて見ていただけの存在がいきなり目の前に現れたら驚くのも無理はない。

「あいつ、お前と仲良くしたいって言ってたぞ」
「ほ、本当かよ!!」

どうにか席に戻そうと声をかけると、彼は勢いよく顔を上げキラキラした瞳をこちらに向けてきた。こいつのこう言う顔は珍しい。弟はいわゆる反抗期というものに入ったばかりだった。俺は全く嘘を言っていないので躊躇わず頷く。いきなり上機嫌になった裕也は、すくっと立ち上がってそのまま鼻歌でも歌い出しそうな足取りで席に戻っていった。思わずため息が溢れる。ゲンキンなやつだ。

席に戻ってじきに式が始まった。この席からはなまえの横顔がよく見える。彼女はどこか穏やかで優しい目をしていた。

「ガキの顔じゃねえよ」

口をついてそんな言葉が漏れる。



式が終わった後いとこ同士で写真が撮りたいとせびる母に、なまえが笑顔で了承し3人で並んで写真を撮ることになった。ガーデンウェディング用のテラスもあるようで、人形とかが住んでそうな場所だなと男ながらにそう思う。
真ん中のなまえは一番背が低いのに、ヒールのせいかピンと伸びた背筋のせいか、とても大きく見える。裕也は緊張した面持ちでピースをしていたが、その指が三本立っているということには気付いていないのだろうか。俺は特にポーズの必要性も感じなかったのでとりあえずレンズを見つめる。母に「睨まないで〜!」と言われたが別に睨んでない。「早く撮れ」と母を急かせば、彼女は年甲斐もなく頬を膨らませた。全然可愛くともなんともない。しらけた目でその様子を見ていると、隣のなまえが突然小さくクスリと笑った。

「ふふっ。ごめんっ。なんだか可愛くって」

つい、と言った様子のなまえはなんだか年相応に見えた。裕也はその笑顔を間近で見たからか真っ赤になって固まっている。まぁ確かに、めちゃくちゃ可愛いとか、すっごい美人とかではないが、不思議な「良さ」みたいなものがあるとは思った。

「笑うな」

そう小突けば、なまえはまた笑って「はーい」とレンズに向き直る。

子供らしくないし年下にも見えない。
しっかりしているのに無防備なところもある。
俺はこいつのことをまだ全然知らないが、でも。

笑った顔は悪くないと思った。