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『ご乗車、ありがとうございました。まもなく終点の横川、終点横川です』

 移り変わる車窓の景色をぼうっと眺めていると、車内アナウンスがかかり、スマホを見てニコニコするシンの肩を軽く叩く。
 信越本線・横川駅。やわらかな陽射しが普段見ない山間部を照らし緑をきらめかせる自然あふれる土地。同行するアユからすると──。

「ちょー田舎じゃないっ」

 東京から数回乗り換えた電車から降りて伸びをするアユ。首から下げたカメラは将来ジャーナリストになりたい彼女のトレードマークになってきているが、今は撮りたいものがないのかシャッターが切られない。
 その代わりではないが、ナマエが自身のスマホで周りをもの珍しく撮って、家族にメールで写真を送った。

「うるさいなぁ。文句言うならついてくんなよな。アユ姉」

 今回の立案者のシンがむすっと眉を顰めてアユに言う。
 数日前にシンとナマエが遠出の計画を立てていたところ、聞き耳を立てていたアユが小学生ふたりだと心配だからと同行する約束を取りつけたのだ。

「可愛い弟とお友達だけでこんな遠くにまで来させられるわけないで──ん?」

 優しいお姉ちゃんの説法はその可愛い弟の耳に届かず、ナマエの手を引いてシンは走りだした。ナマエは慌ててSuicaを改札にかざして、シンの隣に並ぶように走る。
 アユの静止を聞いてちょっと待ってあげようと言うが、待ってられるかと足を止めない。

「この新多シンは、『世界の謎に挑む男』だぜ!」
「知ってるわよ。あんたが『節操なしのオカルト好き』ってことは」
「アユちゃん、それは言っちゃ──」

 ジャーナリスト志望のフットワークの軽さでアユはすぐに追いついたが、オカルトという言葉に反応して今度はシンが立ち止まった。
 繋いでいた手がスルリと離れ、ナマエは足に急ブレーキをかけて俯いた彼を振り返る。アユは数歩先で隣にいないふたりを訝しげに振り返った。

「……世界には4694の謎があると言われている。
 宇宙人とか空飛ぶ円盤、アトランティスみたいな古代文明。ネッシーやビッグフットといった未確認生物=UMA。鬼、天狗、河童みたいな妖怪から、口裂け女にきさらぎ駅といった都市伝説。トイレの花子さんみたいな学校の怪談。さらには平将門の首塚といった心霊スポットまで……。
 世界の謎は……オカルトなんて言葉で雑に一括りにできるもんじゃないんだあああああ!」

 鬱憤が噴火のごとく早口で湧き上がり、シンは大声で喚いた。
 変なスイッチが入ってしまい、このままでは道のど真ん中で4694の謎について延々と語られてしまうとナマエが目配せすると、アユは違う方向に話題を変えようととある施設を指した。
『碓氷峠鉄道文化むら』。大自然に抱かれたログハウスのある『碓氷峠くつろぎの郷』、日帰りの温泉施設『峠の湯』など、碓氷峠の有名な観光地のひとつだ。
 当初は幼いふたりの付き添いだったが、それに伴って周辺地区の情報を調べていたアユは、巷でのある噂を聞きつけたのだ。

 ──新幹線が運び込まれたのを多くの人に目撃されているはずなのに、大宮の鉄道博物館のようにリニューアルされ展示されるかと思われたが、展示される気配がいまだにない。ファンの間では『謎』としてまことしやかに流れているらしい。

 自称『世界の謎に挑む男』は機嫌を直して食いついてくれるかとナマエは内心ヒヤヒヤしたが、そうだとシンがスマホを取り出して何か検索し始めた。
 その内容は、何年か前に噂になっていた新幹線みたいなロボット、通称『テツドウダー』。この世界を脅かす敵と戦っていたらしいが、それ以上の情報がどこにも載ってないのだ。写真もピントが合っておらず色がわかるぐらいだ。

「それよ! ここに運び込まれた新幹線って!」
「だとしたら面白いけど……」

 ジャーナリスト志望の勘が告げているとアユはカメラを構えてはしゃぎ出す。『新幹線の謎』の推測に食いついたのは彼女の方だった。

「どうしよっか? ……入っちゃう?」
「だめだ! 俺が今日横川へ来たのは──丸山変電所で目撃された、宇宙人の正体を掴むためなんだ!」

 突き出されたスマホの画面の宇宙人の記事を見たとたん、あからさまにテンションが削がれたアユを尻目に、シンが出発! と歩き出した。
『碓氷峠鉄道文化むら』から信越本線横川〜軽井沢間廃線の一部を利用して走る『シェルパくん』に乗らず、わざわざ徒歩でやってきた『旧丸山変電所』。明治時代の純煉瓦造りの建築物で、当時の鉄道・電気の最先端技術が導入された歴史ある場所なのだ。
 ナマエは急坂で歩き詰めてへたり込むアユに水筒の中身を分け、素朴でどこか懐かしささえ感じさせるような赤茶色の建物の写真を撮る。

「やっぱり、ここで間違いない」
「宇宙人って、昼間も出てくるようなものなの?」
「うーん、時間帯は関係ないと思うけど……」

 ウェブの記事と同じ角度の写真を見せてシンとふたりで頭を悩ませる。
 深夜に激写されたと思われる宇宙人の影は、シンと同じような背丈をしていて、変電所の屋根に立っていた。登れないはずの所にいるなんて不思議なモノ以外ない。
 数分休憩して復活したアユを伴って『旧丸山変電所』の周りを練り歩く。今日は内部公開の日ではないから外観を見て回るだけだが、外から見える室内は薄暗く、“何か”出てきそうな雰囲気を醸し出す。

「シン、アユちゃん、宇宙人の痕跡あった?」
「ぜんぜん見つかんない」
「……もう、いないみたいだし、そろそろ行こうか……」
「もしかして、怖い……?」
「そんなわけないじゃない。わたしはジャーナリズム志望──」

 室内からいきなり異音がして、弟からの揶揄いに怖くないと高をくくったアユがビビって小学生ふたりに抱きつく。突然の行動にナマエはシンの手を握ってしまったが、彼は嫌な顔をせず握り返した。

「ネズミだけど〜」
「べっ、べつにただ驚いただけだし。怖くなんかないし!」
「はいはい」

 明後日の方向を向いてをして言い訳をしているアユの口を止めたのは、ナマエのお腹の音だった。
 顔を真っ赤にして何でもないと言い窄めるのに対して、姉弟は笑ってお昼にしようと提案した。
 今度はアユが先頭を歩き出し、シンとナマエは手をつないでそのあとに続いた。

(宇宙人の痕跡、絶対見つけ出してやる……!)

 振り返って丸山変電所を見るシンは密かに決心した。

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