1-3 ──何であなたは完璧じゃないの。
──何でこんなこともできないんだ。
幼い頃から親に人と比べられる人生だった。
あの家の子はピアノの才能がある、あのクラスの子はテストでいつも満点、あなたの兄弟は有名なスポーツクラブに入った……。
いつも聞かされる他人の称賛と、自身を貶される言葉は、耳を手で塞いでもいつでも甦る。
(今日こそ完璧……)
今日は大切な日であり、目の前がクラクラするが行かなくては……。それなのに足が震え、息切れが激しい。
信号がなかなか青に変わらず、しかたがなく歩道橋に歩を進めた。
剥げた塗装の手すりに掴まりながら階段を一歩一歩上がる。
長く思えた段の最後を踏み出した──そう思ったのに、不注意で足を滑らせてしまった。
手すりからは完全に手が離れ、受け身の体勢も立てられない。
ふと空を見上げる。最期に見た空は、雨が降り出しそうなぶ厚く、黒い雲が一面に広がっていた。
(かんぺき、しんだ──)
そう思ったはずなのに、いつの間にか新たな命を持って、苗字ナマエとして生まれ変わっていた。
目を覚ましたら、涙目の両親がいて、彼らはナマエを力いっぱい抱きしめた。生まれた時から体が弱く、今まで生死の境をさまよっていたらしい。
峠は無事に越えたと涙を拭う新しい両親の顔を見て、ナマエは決意した。
もうこの人たちを心配させない完璧な人間になる、と。
今世では、短い女の人生に神が憐れんだのか、転生の特典でも付けたのだろう、ナマエは頭脳と運動神経、家柄に恵まれた。
前世とは違い、勉強の成績は良く、初めてすることも卒なくこなし、お稽古事は先生が大絶賛する腕になる。両親はその才能を僻むことなく、自由に過ごさせた。
何でも器用にできる、だから適合率も高く、シンカリオンにも乗れると当たり前のように思っていた。それなのに──。
『適合率が足りません』
暗い車内から手探りで出てきて、呆然と立ち尽くす。
耳の奥にシンカギアの音声が響き残って、きれいに整えた爪が食い込むのも気にならず拳を強く握る。
「大丈夫!?」
心配してハヤトが駆け寄ってくる。ナマエは深く呼吸してから頭を下げた。
「すみません、皆さんの期待に応えられず」
「気にすることはない。いきなりだったし、それに今までこんな事例がいくつもあったから……」
頭を上げさせるもいまだ項垂れるナマエを励ますが、耳に届いている様子ではなかった。
真面目な彼女を立ち直させる方法を考えていると、ナマエ以外のスマホとシャショットがアラートを鳴らした。
『漆黒の新幹線、出現確認!』
『巨大怪物体捕捉! 場所は──』
『捕縛フィールド、射出!』
『E5はただちに出動してください!』
ハヤトのスマホ画面を盗み見ると、大型の物体が上空に浮かんでいた。それは巨大怪物体と呼ばれ、超進化研究所の敵らしかった。
ハヤトとシャショットがE5に乗り込み、待機室に行っているように言われたナマエはホクトと三原を追い駆け、研究所のスタッフが並ぶ指令室に入った。
『チェンジ、シンカリオン!』
大型のモニターに緑色のロボットが現れた。他のモニターにハヤトが映っており、彼が操縦していると一目でわかった。
「これが、シンカリオン……」
「ナマエちゃん、どうしてここに!?」
つまらない言い訳を話す前に、敵の攻撃を受けたハヤトの悲鳴がスピーカーから響いた。
敵は鈍重な見た目で全体的に装甲が分厚く、頭部にビーム砲がある。E5の武器カイサツソードで敵を切りつけるが、装甲が削れた様子が見られない。
そうしているうちに再びビームが放たれ、辛くもハヤトは避けるが、捕縛フィールドの一部が激しい損傷を負った。
「あと何発耐えられる!?」
「損傷具合から、あと……数発かと」
そう話しているうちにビームが捕縛フィールドの損傷を広げた。維持時間が大幅に短縮され、指令室の焦りが高潮する。
「あの、少しいいですか?」
ずっとモニターを見上げていたナマエが静かに手を上げた。上座にいた指令長の出水が発言を許可し、震える手を握って口を開いた。
「巨大怪物体の厚い装甲を削るのではなく、相手の砲門から内部の暴発を狙うのはどうでしょうか」
「確かにそこからならコアの破壊はできそうだが……できるのか?」
「照準が固定されてからのカウントをしてもらえば可能かと思います」
ホクトの指令を経由してハヤトに伝えようとして、出水はその指示を受け入れ、#トワ#に予備のヘッドセットを渡した。
「速杉君、聴こえる?」
『苗字さん……?』
「次のビーム照射の固定と同時に、相手の砲門内部を逆流させるような攻撃をしてちょうだい」
『そんな無茶な!』
ハヤトの身を案じて、口調の変わったシャショットがもっと他の方法を望んだが、ナマエは冷たく突っぱねた。
正直勝率は五分五分だと密かに冷や汗をかくが、コクピットから声がかかった。
『俺は苗字さん……ナマエを信じるよ』
「……そう」
ストンと胸の奥に落ちた言葉でナマエの手の震えが止まった。今の今まで不安だったのに、ハヤトの顔つきを見て安心感が溢れてきた。
敵が照準を合わせたのを確認して、今よ! と落ちそうになったヘッドセットを固定して叫んだ。
『『グランクロス!!』』
シンカギアのレバーが力いっぱい引き下げられ、E5の胸部ユニットから強力なビーム攻撃が放たれた。巨大怪物体の攻撃ごと敵を貫き、爆炎を突っ切って出てきたE5の無事が確認された。
校区範囲がクラスの中で一番遠いナマエは毎日余裕を持って家を出るが、今日はいつもより遅い時間に登校してきた。
「おはよー、ナマエ」
「……おはよう、速杉君」
長い間親しみやすさゼロだったナマエにハヤトが挨拶したのを見て、いつも通りに遠巻きにしていたクラス全体がざわついた。
「ちょ、ちょちょちょっと、ハヤト……!」
いち早くアズサがハヤトの肩をキツツキのように指先でつつき、額がぶつかりそうなほど顔を近づけてジト目で問い詰めた。
「あのナマエさまとどういう関係!?」
「どういうって……友達?」
「どうやったらあんなお嬢さまと、こんな鉄道マニアと親しくなれんのよ!」
「顔近いよ……普通に仲良くなったんだよ」
一般人には超進化研究所のことは話せず、シンカリオンのおかげで仲良くなったとは声を大にして言えない。
「速杉君。あとで話があるんだけど」
「うん、いいよ」
クールビューティーと名高いクラスメイトと秘密を共有するというのは、何だか優越感に浸ってしまう。
ナマエの暗い表情を見落とし、給食が終わった昼休みにハヤトは穴場の階段の踊り場に踊り出すように到着した。背筋を伸ばした彼女にどうしたのとのんきに訊く。
「これ、研究所に返すわ」
「……えええええっ!」
ホクトからいつでも来ていいと渡されたはずのShincaを差し出され、つい出してしまった手をハヤトは瞬時に引っ込ませた。
「もう行かないの?」
「だって、乗ったら適合率が下がってしまうのよ。私がいる意味がないから……」
「お父さんが訓練したら上がるかも、って言ってたじゃん」
「そうは言っても……完璧じゃないのよ、私」
迷惑をかけてしまう……と遠慮するナマエの手のひらにShincaを押し付け、揺れる目と合わせた。
「じゃあさ、一緒に完璧を目指そうよ」
ハヤトの曇りなき眼差しに一度顔を背けたが、再び目を合わせてナマエは頬を緩めた。
「ありがとう、速杉君」
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