今日はデイダラが久々に帰ってくる。暁に所属する私とデイダラは、少し前から所謂恋人という関係になった。いつ死ぬか分からない戦場に共に身を置いているからこそ、自分の気持ちに嘘はつきたくない。あの時のことはもう曖昧だが、前に一緒に任務に出た時にお互い想いを打ち明けて、晴れて両想い、という感じだった、気がする。何だか小恥ずかしいのであまり思い出したくはない。とにかく私とデイダラは、そういう関係になってから、恋人同士がするような事は一通りやった。キスも、その先も、勿論喧嘩もたくさん。彼と付き合ってから、私はより彼の事が好きになったし、デイダラもデイダラなりの愛を注いでくれている。特に不満は無いが、強いて言うならば、こうして任務で離れ離れになっている間会えない日が続くという事だろうか。やはり寂しいし、早く帰って来ないかな、なんて柄にもなく、恋人の帰りを健気に待ってしまうのである。
そして遂に今日。デイダラとサソリのコンビから連絡が入った。無事任務を終えたので帰還する、と。待ちに待った彼の帰還。早く顔を見たい、抱きしめて欲しい、いっぱい温もりを感じたい。沸き上がる彼への恋しさと欲は限度を知らない。次から次へと溢れてくる。デイダラが帰ってくるのは早くても今日の夜。彼に会う前に、色々と準備をしなければ。お風呂に入って、全身を隈なくチェック。ちょっと攻めた下着をチョイス。期待してるのが丸わかりだけど、久々だもん、いいよね、なんて自分に言い聞かせて。ブローした髪をセットして、一晩で変わるとは思えないけど一応念入りにお肌のお手入れもした。完璧だ。後は笑顔でデイダラにおかえりって言うだけだ。
なのに。
「…どうした、ななし。愛しのデイダラが帰ってきたというのに浮かない顔だな」
デイダラと共に帰ってきたサソリは、意地悪く笑った。この状況を楽しんでいるかのようだ。人の不幸を喜ぶな、と怒ってやりたいところだが、今の私にはそんな余裕も無くて、ただ黙って俯くだけだった。先刻、デイダラとサソリは帰ってきた。出迎えた時に二人の様子を見て、今回も特に怪我なく帰ってきてくれた事に安堵する。そこまでは良かった。ああ疲れた、と自分の肩に手を置くデイダラに、飛びつこうとした時。思わずピタリと動きを止めてしまった。彼から、女物の香水の匂いがしたからだ。曲がりなりにも彼とずっと一緒にいたのだ、匂いなんてすぐ分かる。デイダラは、こんな匂いじゃなかった。女の鼻というものは鋭いものだ。何も言わなくなった私を不審がって、デイダラは「どうした、うん」と私に優しく問いかけてくれたが、「ううんなんでもない」と嘘を吐くことで精一杯。しかしサソリは私の心境を察したようで、笑いながら冒頭の台詞を口にしたのだった。恐らくサソリは何か事情を知っている。だからこうして私とデイダラの様子を見て笑っているのだろう。だけど、聞く勇気も無い。もし、任務中に他の女の人と…なんて考えると、胸が締め付けられて苦しい。聞きたくない。男だからしょうがない、とか、そんな風に考えられる程、私には余裕も無いし大人でも無いのだ。
「おい、ななし、」
気が付けば眼前にデイダラが迫っていて、私に手を伸ばしかけていた。その手で他の女を触ったんだ、他の女を抱いたんだ。まだそうと決まった訳でもないのに、想像は膨らんで止まらない。そして私は、こちらに伸ばされたデイダラの手を払いのけて、「触らないで!」と吐き捨てたのだ。シンと静まり返った時、ハッと我に返ってももう遅い。デイダラは驚いたように固まり、サソリはそれを無言で見つめていた。やってしまった。後悔したって、やった事は取り消せない。私は居心地が悪そうに目を逸らした。それでもデイダラは、真剣な眼差しを私から逸らさなかった。
「…サソリの旦那。先行っててくれるか、うん」
「言われなくても先に行く。面倒事に巻き込まれたくねぇからな」
「えっ、待ってサソリ…!」
駄目だ、サソリを先に行かせては、私はデイダラと二人きりになってしまう。待って、と言いかけて伸ばした手を、今度はデイダラに掴まれてしまった。逃がさないとでも言うかの様な目は、少し怒気を含んでいる様にも感じる。
「…来い」
「待って、デイダラ…!私は…」
今は貴方と話す気分じゃないの、という言葉も、デイダラの気迫に押されて引っ込んでしまった。ずるずると引き摺られてデイダラの部屋の前までやって来る。彼が今私が何を考えているかを知りたがっているのと同じ様に、私だってデイダラには聞きたいことが山ほどある。だけど、それを聞くにはまだ心の準備が出来ていない。久々に会う前まで、浮き足立って色々と準備していたのが虚しくなってきた。自分の体を見つめながら、また心がぎゅっと締め付けられる。結局私は、抵抗も虚しくデイダラの部屋に押し込められ、乱暴に彼のベッドに投げ出されたのだった。ダイブしたデイダラのベッドから、懐かしい彼の匂いがする。今のデイダラが身に纏う、女物の香水の匂いじゃない。大好きなデイダラの匂い。
「どういうつもりだ、うん」
「デイダラ…」
「何を怒ってんだお前は」
怒ってるのはそっちの癖に。まあ私が怒っていることも事実ではあるが。デイダラの匂い1つでこんなに嫉妬して、態度に出してしまうなんて、自分でも情けないし悔しい。だからこそ、それをデイダラに言うのは、何となく嫌だった。嫌われてしまうかもしれない、という不安があるのも本当だ。こんな態度を取っている方がよっぽど嫌われてしまいそうだが。口を閉じたまま、言わない意を伝えるようにそっぽを向くと、ぎし、とベッドが軋んで沈んだ。ハッとして上を見ると、デイダラが私の上に覆い被さっていた。
「言う気がないなら、吐かせるしかねぇな」
「ちょ、待ってよデイダラ!」
「体に聞けば、その頑固な口も開くだろ、うん」
ぶちぶちと乱暴に外套のボタンが外されて行く。まずい、今日の私は準備万端状態なのだ。見られてしまったら、何を期待してたんだと思われるかもしれない。実際、こうなる前までは、そういう事も期待して勝負下着なんかも付けてきちゃった訳なのだが。喧嘩の様になってしまったし、こちらはもうそんな気分もすっ飛んでしまっている。加えて、私の上に乗っかっているデイダラからは他の女の匂いがするのだ。どんなに好きな人でも、こんな匂いに抱かれるのだけは御免だ。私も私でじたばたと抵抗すると、本気で嫌がっていることが伝わったのか、デイダラの動きが止まった。もしかして私の思いが伝わったのか、なんて期待したのが馬鹿だった。彼はより怒りを滲ませた顔で、こちらを睨んできたのだ。
「そんなに嫌ならもう二度とやらねぇよ」
「え……」
「さっさと出てけ、うん」
離れて行く温もり。確かに拒んではいたが、それはデイダラ自身を拒絶していた訳ではない。出てけと冷たく吐き捨てた彼の背中が、涙で歪む。気付いた時にはもう抑えきれず、ぽろぽろと涙が溢れ出した。震える手で体を起こし、私は自分で服を脱ぎ捨てる。身に纏うのは、買ってから一度も付けていなかった、新しい勝負下着。背後で下着姿になっているなんて知りもしないデイダラは、こちらに背を向けたまま、私の呼び掛けにも応じない。やがて痺れを切らして、「こっち見てってばデイダラ!」と頬を手で挟んで無理矢理振り向かせると、そこでようやくデイダラは、私の姿を捉えたのだった。
「な……」
「新しい勝負下着。こんなの付けて、私期待して待ってたんだよ…。デイダラが帰ってくるのが待ち遠しかった」
「なら何で」
「それは…、デイダラから、知らない匂いがしたから…」
匂い?と眉を顰めるデイダラは、私が何のことを言っているのか分からない様だ。自分の匂いというのは、自分自身では気付きにくい。デイダラも鼻が慣れて、自分から香水の匂いがするなんて気付いてないのかもしれない。くんくんと匂いを確かめるデイダラに、ずっと言えずに燻っていた思いをぶつけた。
「帰ってきたデイダラから、女物の香水の匂いがしたの」
「香水…?」
「甘くて鼻につくその匂いにすぐ気づいたよ。だから…デイダラが浮気したのかと思って…」
「んな訳あるか!ってか何だよ香水って。身に覚えが……、」
言葉の途中でデイダラの視線が宙を彷徨う。恐らく、今日ここに帰ってくるまでの経緯を遡り、一体どこで匂いが付いたのかを思い出しているのだろう。やがてしばらく考え込んでいたデイダラだったが、「あ」と小さく声を漏らした。心当たりがあったらしい。その顔はみるみると険しい不機嫌そうなものへと変貌していく。表情からして、浮気の類では無さそうだが、一体何があったのか。キョトンと彼の顔を覗き込んでいると、ひくひくとコメカミを震わせたデイダラが怒りを爆発させた。
「サソリの旦那…、そういうことだったのか…」
「え?サソリ?」
「帰る途中、いきなり変な水をぶっ掛けられたんだよ!傀儡の仕込みに使う薬の試作品だって言ってな!」
「もしかして……私たち、サソリに嵌められたの?」
「旦那の野郎…!この借りはキッチリ返さねぇとな…」
頭の中で、先程二人を出迎えた時に意地悪く笑っていたサソリの顔が浮かんだ。なるほどそういうことか。デイダラに適当な嘘をついて香水をかけて、私に浮気を疑わせたんだ。どう考えても愉快犯である。許せない!私もサソリに文句を言ってやる!そう意気込んでデイダラと共に立ち上がったが、顔を真っ赤にしたデイダラに外套を押し付けられた。
「頼むから服を着てくれ。じゃないと色々と限界だ」
「ご、ごめん…」