芸術を怒らせる

きっかけは些細な事だった。最早何が理由だったかも思い出せない。私とツーマンセルを組むデイダラは、粘土で作った鳥に乗って空を飛空していた。私もその後ろに乗りながら、じっとりと彼の背中を睨む。デイダラは、先程から胡座をかいたまま無言を貫き通している。ユサユサと揺れる貧乏揺すりが、彼が苛立っていることの証拠である。

「もうやってられない。帰ったらペインにお願いしてペア変えて貰う」
「はぁ?」

ようやく振り返ったデイダラの鋭い眼光に、私は思わずたじろいだ。しかし私だって引き下がれない。彼の自由奔放な性格には、今まで散々振り回されてきた。一度くらい怒ったってバチは当たらないだろうし、むしろ全世界の人間が私の味方をしてくれる自信がある。…いや、流石にそれは言い過ぎかもしれないが。とにかく私も私で、デイダラに対してたくさんの我慢と不満を抱えてきたのだ。

「イタチさんがいいな。優しそうだし、強いし」
「それはオイラが優しくなくて弱いって言いてぇのか、うん」
「あら、そう言ったつもりだったけど、お馬鹿さんには伝わらなかったかしら?」
「テメェ……」

ワナワナと怒りに震えるデイダラの肩を見て、私はフン、と鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。
帰ったら任務の報告をして、そのままツーマンセルの相手を変えて貰おう。そして、デイダラには、私という存在にどれだけ助けられていたのかを実感して貰おう。どれだけ後悔して謝っても、絶対に許してやらないんだから。
冷めない怒りに頭を熱くさせていると、外套の襟元をぐいと掴まれた。え、と間抜けな声を上げたのも束の間、そっぽを向いていた私の顔は強制的にデイダラを捉え、空いている彼の右手が私の口を固く塞ぐ。むご、という情け無い声を漏らしてしまった。

「生意気な事を言うのはこの口か?うん?」
「んぐ、んんんん!!」

離せ離せとジタバタ暴れる私の力なんて、デイダラには全く響いていないようだった。平然と私の口を塞いだまま、眉間に皺を寄せてこちらを見下ろしている。強制的に黙らせるなんて卑怯だ!何なら噛み付いてやろうか、なんて大口を開けた瞬間。デイダラの手にある口から、にゅるりと舌が入ってきた。

「!!!!???」

驚いて固まる私の姿が面白かったのか、デイダラは満足そうに口元を歪めた。抵抗するべく、彼の手首を掴んで引き剥がそうとしてもビクともしない。それどころか、彼の手の舌は止まることを知らずどんどんエスカレートしていく。
私の唾液と、なんだかよく分からない粘着質な液が混ざり合う。器用に絡め取られた舌が、弄ぶ様に彼の舌に転がされた。

「ふっ…、うう…。んっ…」
「フン、さっきまでの威勢はどこにいっちまったんだ、うん?」

言い返したくても、何も言葉を発する事が出来ない。漏れるのは、私のくぐもった吐息ばかり。自分の耳を塞ぎたいくらいだ。せめてもの抵抗でデイダラを睨んでみても、うっすらと涙を浮かべたこの目では、彼を悦ばせるだけだった。いつも起爆粘土を作るために使われるこの口に、まさか自分が弄ばれるなんて。
そろそろ息が苦しくなってきた頃、その手はようやく離された。私の口から伸びる透明な糸が、余りにも艶美だ。すっかり蕩けた私の顔を掴んで、デイダラはにんまり笑った顔を近づけたきた。

「ペアを変えるなんて馬鹿なこと、次言ったらこれだけじゃ済まねぇぞ、うん」
「す…すみませんでした…」

降参です、と白旗を上げたのに、デイダラはその後も何度も何度も私の口を塞いだ。その3つの口で、何度も。飛びかかる意識の傍らで、彼に怒っていた理由を思い出した。任務先で立ち寄った茶屋。そこの看板娘を目で追うデイダラに、ヤキモチを妬いたんだ。下手な事は言うもんじゃない、なんて。口は災いの元であることを、私は身を持って知ることになったのだ。