おっさんni Love

暁という名で暗躍していた私とオビトは、紆曲屈折を経て、今現在、木の葉隠れの里で暮らしている。かぐやとの闘いを制し、命の危機に面したものの、人というのはそう簡単には死なない、頑丈にできた生き物だ。心の闇が晴れたトビ、もといオビトは、ようやく生まれ故郷に帰ってきた。そして、同じ様に生き残った私も、ついでの様に木の葉隠れに受け入れられた。俺にはお前がいないと駄目だから、なんてクシャリと笑ったオビトの笑顔は、今でも忘れられない。初めて見た彼の心からの笑顔を、私はいつまでも見守っていたい、なんて。そんな柄にも無い、乙女みたいな事を考えていたのだ。

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「オビト様〜!握手して下さいー!」

若い女の子に囲まれて、デレデレと鼻の下を伸ばしているだらし無い男、オビトは、もう今年で35になる。雑務や未来を担う弟子の教育をし、忙しなくも充実した毎日を送る彼は、すっかり婚期を逃して未だに独身。お見合い話だっていくつか来ている筈なのに、オビトはそれを一向に受けようとはしなかった。結婚願望がないのかと以前聞いたことがあったが、反応を見る限りはそういう訳では無さそうだったし、ああやって女の子に囲まれてたら嬉しそうにしている。興味が無い筈はないと思うが、彼が恋愛事に消極的なのは、叶うはずのない過去の想い人を、今もまだ追い続けているからだろうか。

いつまでもヘラヘラと見るに耐えない顔をしているムッツリすけべなオビトに、私はいよいよ我慢できなくなって、その人混みに飛び込んだ。

「ねー、みんな。こんなおじさんのどこがいいの?ナルトの方が100倍かっこいいでしょ!」
「…何だよヤキモチか?」

にやにやと厭らしい笑みを浮かべて、こちらを見てくる視線を無視して、ふん、と鼻を鳴らした。どうせ男なんて、若い女の子が好きなんだ。

人の結婚のことを心配していた私ではあるが、私もオビトと同じく未だに独身を貫いていた。年齢はまだオビトより年下で25になるが、もう結婚してもおかしくない歳ではある。だがそもそも恋人と呼べるような相手はいないし、毎日アカデミーに通う生徒に、忍術を教えるので大忙し。とても恋に勤しむ時間など無かった。

本音を言うならば、オビトが好きだ。ずっと…、暁の頃から。だからこそ、私は余計に新しい恋に進めないでいる。今まで出会いが全く無かった訳では無い。だけどどうしてもオビトの事が頭に浮かんでしまう。だがこの気持ちを、オビト本人に伝えることは一生無い。彼も彼で、叶わぬ恋を一生追い続けているのだから。私とオビトは同じなんだ。だからこそ、オビトは結婚しないし、見合いも受けないんだ。

「オビトももういい歳なんだから、そろそろ相手見つけて落ち着かないと」
「どの口が言ってるんだ。お前だってまだ独り身だろ。何なら貰ってやろうか」

オビトは私をからかって言ってるだけなのに、その冗談1つにも嫌という程胸が高鳴り、期待しそうになる。本当に彼が私を貰ってくれたら、どんなに良いだろう。だけど、決してオビトは本気でそんな事を言っている訳じゃない。それが痛い程分かっているから、期待しそうになる反面、心が締め付けられるのだ。赤い顔を隠すように逸らしながら、私も私で可愛くない事を口走る。

「おじさんなんてお断りよ!私は若くてイケメンで優しい人がいいんだから!」
「若くてイケメンで優しい、ねぇ」
「オビトみたいなおじさんじゃ、もう私の若さには着いてこれないだろうし!絶対退屈だもん」
「ほぉ」

ぴきぴきとオビトのコメカミが震えていることに、私は気が付かない。これから落ちるであろう雷を察知して、オビトを取り囲んでいた女の子たちは、いつのまにか姿を消して避難していた。私はと言えば、間抜けにもべらべらとオビトの欠点をひたすら並べていて、ハッと我に返った時にはもう遅い。恐る恐る振り返った先には、鬼のような形相をしたオビトがそこにいた。

「なら試してみるか?」
「え」
「俺がおじさんかどうか」

にっこり。という言葉が似合うほど、素敵な笑顔を浮かべたオビト。勿論その笑顔が心からのものだとは全く思っていない。試してみるか、なんて言いながら、私に拒否権が無いのは知っている。お説教が始まるのかな、なんて震えながら、私はオビトの執務室に連行されたのだ。

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「はっ、ぁ……ん、おび、と…、待っ…!」
「んー?何かなななしちゃん」

彼の下で顔を真っ赤にする私を、オビトは満悦の表情で見下ろしていた。執務室に連れてくるなり私をソファに押し倒したオビトは、呆気にとられている内にその唇を押し付けられ、何度も何度もキスの雨を降らせた。最初こそは軽い唇だけが触れ合うキスだったのが、段々と深く大人なものになっていく。そうして私はあっという間に息を上げ、今に至る。

必死に止めようと名前を呼ぶと、また口を塞がれてまともに言葉すら紡げない。分かっている癖に、にやにやとトボけるオビトは、一向にキスを止めようとしなかった。当然私たちは、恋人でなければ、体の関係でもない。初めて見る男を剥き出しにしたオビトに、私は頭が混乱するばかりである。彼が何を思ってこんな事をしているのか。先程おじさん扱いした事を根に持っているのか。

もう既に顔はとろとろに蕩けて、ぼーっとした瞳でオビトを見つめる。頭が働かなくなりつつある。理性だって少しでも気を緩めたら吹っ飛びそうだ。このまま訳が分からなくなって、捨てると決めた想いを口走ってしまいそうなのが怖い。震える手でぎゅうとオビトの胸板を掴むと、彼はぞくぞくとその目をより光らせた。

「…お子様には刺激が強すぎたか?」
「…おじさん扱いした事怒ってるの」
「まあ少しは」

やっとキスが終わって、オビトと会話が出来た。やっぱり先ほどおじさんだと馬鹿にしたことが原因みたいだ。それでも、こんな風に情熱的なキスをされたら、期待しそうになる。勘違いしそうになる。だめだ、きっとオビトはからかってるだけなんだ、と自分に言い聞かせた。変に期待して裏切られる方が辛い。

「もう謝るから!離して!」
「えー」

まるで子供みたいに駄々を捏ねる彼が、私の上から退く気配など一向に感じられない。それどころか、私の上に体重をかけてのし掛かってきて、うぐ、と情けない声が漏れた。成人男性が乗っかっているのだ、かなり重い。

今更ではあるが、やはりこうしてみると、暁でトビとして生きていた頃の彼と、今のオビトとしての彼はまるで180度違う。勿論、今の彼の方が生き生きしてるし、素の、本当のオビトなのだろう。私は、トビだった時の彼も、今の彼も好きだ。トクトクと伝わってくる彼の温もりや心臓の音に、蓋を閉めたはずの想いはどんどん盛り上がってしまう。これ以上はやめて、と頭が警鐘を鳴らしている。

「おじさんにはおじさんの良さがあると思うんだけど」
「…例えば?」
「例えば……、ほら」

べろり、と突然首筋に這った舌に、背筋が震えた。既に頭はパンクしそうだというのに、余計に爆発しそうだ。沸騰した顔でオビトを見る。

「そこらの餓鬼より病み付きになると思うが?」
「!!!!」

だめだ、もう無理だ。想いは止まらない。私の理性なんて、好きな人の前では脆いものだ。きゅんきゅんと締め付けられる胸、乱れる呼吸、体全体がオビトを求めている。そんな気持ちが、顔にも出てしまっていたのか、オビトは私を見て少し驚いたような顔をしていた。「お前…何て顔を、」と言いかけた彼の言葉に重ねて、思いの丈をぶつける。

「……すき…っ」
「へ…、」
「おびと……すき……ずっと」
「え…、ちょっと…、ななし?」
「すき、すき…おびとっ…」

今度はオビトがたじろいでいる。ここまでした癖に、今更何を戸惑っているのか。てっきり拒まれると思っていたのか、それとも冗談っぽく返されると思っていたのか。彼の心境は定かではないが、私にはもう止められない。ぎゅう、とその首に腕を回して抱きついて、何度も好きだと耳元で告げた。私の呼吸がかかる度に、オビトの心臓の音が早まっていくのを感じる。

「…なんだよ、さっきの仕返しか?」
「オビト…好き……」
「あー……、ほんっと…」

ぐいっと引き剥がされ、もう一度ソファに縫い付けられる。ぼんやりとオビトを見上げたら、顔を真っ赤にした彼の顔。さっきまで散々キスしてたのに、今更なんでそんな顔をしてるんだろう。

「俺みたいなおじさんじゃ退屈なんだろ?」
「ううん、違う…、オビトがいい…」
「お前の若さには着いて来れないとか何とか」
「全部嘘だから…!私は、ずっとオビトのことが……っ、」

再び塞がれた唇。好き、という言葉は、オビトに飲み込まれて言えなかった。余裕のなさそうな表情を浮かべる彼を見ていると、私ももっともっと余裕が無くなっていく。

「最初から素直にそう言え」
「……知ってたの…!?」
「お前は分かりやすいからな」
「ええぇ!?」

ということは、最初から私の気持ちを分かっててからかっていたのか。完全にオビトの手のひらに転がされて悔しい。押し黙った私に、オビトはくっくっと楽しげに喉を鳴らしている。膨れっ面をしながら睨み付ければ、「まだまだ子供だな」なんて。私だってもう25になるのに。少しでも背伸びしたくて、彼の唇に噛み付いた。下手くそなキス。驚くオビトに更に追い撃ちを。

「子供は2人欲しいな」
「な……」
「子作り…、頑張れるかな?オビトおじさん」
「こ……、づく、!?」

しーんと静まり返った間の後、勢いよく鼻血を出しながら後ろに倒れてしまったオビトに、私は悲鳴を上げた。駆け付けたカカシやナルトに、医者を呼んで下さいと捲し立てる。側から見ればオビトが血まみれで倒れているもんだから、古傷が開いたのかと勘違いしたナルトたちが、大慌て大騒ぎでその場を駆け回った。

その後、治療に当たったサクラに「鼻血による貧血です」とネタばらしされて、こっ酷く叱られたオビトに、ざまあみろと笑ったのである。