家族になる

あの大戦から数年。小さな争いや、悪いことを企む連中は絶えないけれど、それでも忍びの里には平和が戻って来た。かつて暁として暗躍していた私も、今じゃすっかり丸くなって、傭兵として各地を転々としている。木の葉隠れの人間とは、暁として何度か交戦したことがあったが、今は割と良好な関係を保てている、と思う。ナルトやサクラを始めとする木の葉の人間は、今では私の数少ない友人だ。

数日前、七代目火影になったナルトから、傭兵の依頼を受けた。任務の内容はそんなに難しいものではないが、忙しくてそっちに手を割けないらしい。木の葉に呼ばれた私は、久々にナルトやシカマル、サクラといった面々と顔を合わせた。みんなすっかり落ち着いていて、里を引っ張る優秀な逸材に成長している。さらには、結婚して所帯を持ち、子供すらいる…。忙しいがどこか充実していて、輝いた表情をしているみんなと話している時、こちらも幸せを分けて貰える半面、どこか負い目を感じていた。

「ねえ、ななしはまだなの?」
「え…」

久々に会ったサクラやイノ、ヒナタたちと、小さなカフェに寄ってお茶をしている時、唐突に話を振られた。一体何のことかと聞き返すと、にやにやと笑みを浮かべた女が三人。私に一斉に視線を注いで、興味津々な様子。注目される居心地の悪さに引き気味になっていると、じれったいとでも言うようにサクラが捲し立てた。

「もー!結婚よ、結婚!」
「け、けっこん…」
「アンタにもいるじゃない、彼氏さんが!」

そう言われて頭に浮かんだのは、デイダラの姿だった。彼もまた、暁解体後私と同じように傭兵として各地をぶらぶらしている。彼とは暁の時代から、一緒にいる時間が一番長くて、相棒とも呼べる間柄である。だけど、彼氏かと言われると曖昧だった。明確に、「好きだ」とか、「付き合ってくれ」とか、そういう言葉があった訳ではない。私も、デイダラに対して恋愛感情を抱いている自覚はあるが、この気持ちを本人に伝えたことはなかった。でも、私たちだっていい歳した大人だ。二人で各地を巡る間、体を許したこともあった。とにかく私たちの関係は、あやふやでよく分からない関係なのだ。

「私とデイダラは…別に付き合ってる訳じゃないよ」
「えー!嘘だよそんなの。どう見たってカップルじゃない」
「そうよ、常に一緒だし。デイダラ、アンタの事になると冷静じゃなくなるし」
「…そう、かな…」

俯いた先にある、お冷が入ったグラス。揺れる水に、私の不安げな表情が移っていた。みんな、好きな人との恋を成就させて、結婚して、子供がいる。私だって女だ。羨ましくない訳がない。…デイダラの事が好きだし、私も結婚して、子供が欲しい。何よりも、今のこの曖昧な関係をはっきりさせたかった。

「…ちゃんと気持ちは伝えるべきだよ」
「…分かってるけど…」
「私も諦めずにサスケくんに気持ち伝え続けてたら、こうやって結婚できたし!」
「わ、私も…ナルトくんのこと、諦めずに想い続けてたら…、叶ったよ…!」
「私は、サイがすっごいアタックしてきたから、仕方なく…」
「へー、その割には付き合ってる頃惚気ばっかだったけどね?」
「なっ…!余計な事は言わなくていいのよサクラ!」

恋バナに盛り上がる三人を他所に、私の表情は晴れないまま。そろそろ夕飯の支度をしなくちゃ、と立ち上がったみんなにつられて、私も会計を済ませ、その場を後にしたのだった。

ーーーー・・・・

「あら、ななし」
「ん?」
「…旦那様がお迎えに来てるわよ」

すっかり日も暮れた夕時。カフェを出たサクラたちの視線の先にいたのは、粘土で作られた鳥を横にして立つデイダラの姿だった。また先程のようににやにやと笑顔を浮かべながら、サクラとイノが私に振り返ってくる。旦那様、なんて勝手に呼ぶ二人に、「だからそんなんじゃ…」と弁明しようとしたが、隣にいたヒナタに優しく背中を押されてしまった。ぽん、と三人の前に立った私に、デイダラも気付いたようで、腕を組みながらこちらを見ている。さっきまで彼氏とか結婚とか、そんな話をしていたせいか、まともにデイダラの顔を見れなくて、ぎこちなく視線をそらした。

「随分と遅かったな、うん」
「…迎えに来てくれたんだ」
「まあな。用が済んだなら帰るぞ、うん」

いそいそと鳥の背に乗って帰る支度を進めるデイダラ。早く後ろに乗れ、とでも言いたげに私に視線を寄越してくる。そもそも、付き合ってもいないのに同じ場所に帰ること自体、おかしいのだ。どうしよう、と迷う私が後ろを振り返ると、こちらをそっと見守っていたサクラたち三人が、口パクで「いけ!」「女は度胸!」「がんばって!」とエールを送ってくれている。

そうだ。いつまでもこんな関係に甘えている訳にはいかない。今ここで言わなければ、きっと私は永遠に勇気を振り絞ることが出来ないだろう。なかなか動かない私を訝し気に見つめるデイダラに、私はぐっと拳を握りしめた。ばくばくと早まる心臓を必死に落ち着けながら、すーと大きく息を吸い込む。そして、遂に私は決心した。

「デイダラ!!!!」
「な、なんだ。急にそんなでかい声だして…」
「言いたいことがあるんだけど!」

後ろで、「おおー!」「いった!よくいった!」「頑張れ…!」と盛り上がる女性陣。デイダラは、突然の私の大きな声に驚きつつ、鳥から降りて言葉の先を待ってくれた。ここまできたら後戻りはできない。もうなるようになれ!勢いで行くんだ私!!

「私たち、チューしたよね!!!」
「な、」
「エッチもしたよね!!!!」
「ばっ…!何を!!」
「でも付き合ってないよね!!!!」

私があまりにも大きな声で色々と暴露するものだから、デイダラが慌てて止めようとしてくる。だけど、私も譲らなかった。ずっと我慢していた気持ち。それをここで伝えて、デイダラの気持ちを探る。私のその真剣な表情に、デイダラの表情も真剣になっていった。私が冗談でこんなことを言っている訳ではない事が、ちゃんと伝わっているようだ。

「デイダラ…、私たちの関係ってなんなのかな」
「………」
「夫婦でも無ければ、恋人でもない…」
「…ななし」
「私だって、結婚したい。子供も欲しい。…みんなが羨ましいよ」

気付けば、目からぽろぽろと涙が溢れ出していた。みっともない。目の前にいるデイダラの顔が見れなくなって、俯いた。なんて返ってくるのか…それが怖い。彼には結婚願望なんてないかもしれないし。そもそもデイダラは、何かに縛られるのが嫌いだ。だからこそ、里には戻らずこうして自由奔放に傭兵稼業をしている訳だし。言った後から、不安な気持ちがどっと押し寄せてきて、すぐにでもこの場から逃げたいくらいだった。

「…ごめん、私…、」

やっぱり、取り消そう。さっき言ったことは、全て忘れて、と言おうと顔を上げた瞬間。唇に触れる温もり。デイダラの影が私に落とされて、重なった。デイダラにキスされているということを理解するのに、数秒の時間を要した。後ろにいたサクラたちは、きゃー!と黄色い悲鳴を上げながら、真っ赤な顔を手で覆っている。一方で私は、何が起こっているのか理解できず、ただその場に固まって立ち尽くしていた。やっと離れた唇を目で辿り、デイダラの顔を見つめると、彼の顔はほんのり赤く染まっていて。それが夕日のせいなのか、それともまた別の理由なのかは分からない。

「…悪かった」
「え…」
「言葉が足りなかった、うん」

はー、とため息を吐きながら、片手で顔を覆うデイダラ。困ったようにくしゃりと歪められたその表情は、私が初めて見る顔だった。デイダラはこんな顔もするんだ。彼も彼で、暁の頃と比べると随分丸くなったような気がする。それは私だけでなく、周りもそう感じているようで、「アイツを変えたのはお前だ」とイタチに言われたことがあるのを思い出した。

「…結婚しよう」

私たちを祝福するように、心地よい風が吹いて髪を揺らした。夢じゃないかと頬をつねって見ると、ちゃんと痛かった。何してんだ、と呆れるデイダラに、私は詰め寄る。

「ほ、ほんとに!?」
「…嘘ついてどうすんだよ…」
「ほんとに結婚してくれるの!?私と!?」
「…ああ」
「私、色々うるさいよ!?洗濯物とか脱ぎっぱなしにしてたら怒るから!」
「気が早いな…」
「あと、行ってきますのチューは毎日してくれないと拗ねるから!」
「は、恥ずかしいことを人前で言うな、うん」
「子供は二人欲しいから、頑張ってくれる!?」
「わ、分かった!分かったからそれ以上言うな!うん!」

むぐ、とデイダラに手で口を塞がれて、何も言えなくなってしまう。自分でも恥ずかしいくらいに浮かれていることは、自覚していた。ずっと見てくれていたサクラたちが、「おめでとう!」と言いながら駆け寄ってきてくれる。その目には涙が浮かんでいて、私のことなのにここまで喜んでくれるこの人たちは、本当にかけがえのない友人たちだと改めて再認識した。式はどうしよう、住まいはどうしよう、何から手を付ければいいのだろう。考えることはいっぱいだけど、とりあえず今はこの幸せに浸っていたい。恥ずかしそうにこちらに背を向けて、腕を組んで立っているデイダラに寄り添う。これからは、妻として、あなたを支え続けるんだ。

「…デイダラ、愛してる!」
「……さっさと帰るぞ、うん」

数年後。「お前が父親になるとはな」なんて、かつての仲間、サソリにからかわれるデイダラと、そんなデイダラにしがみつく小さな子供の姿があった。