いつ見ても、その手付きは圧巻であった。爪を彩る暁の黒。先程の戦闘で少し剥げてしまったそれを、デイダラは自分で器用に塗り直している。流石芸術家と言ったところか、少しもはみ出さずにマニキュアを塗る丁寧さと正確さは、女である私よりも確実に上だろう。
この犯罪者組織である暁に、どうしてこんなルールがあるのかは分からない。忍ぶ気の無い派手な外套は百歩譲るとしても、マニキュアとペディキュアまで皆とお揃いにしなければならない理由はよく分からなかった。前にリーダーに聞いた時は、「仲間意識を高める為」とか何とか言っていたような気がするが、これでその仲間意識が補えるのならそれ程簡単な話は無い。実際、暁に属する個性的なメンバーは、常に啀み合い喧嘩ばかりだ。全くもってその効果は発揮されていない事が窺える。
「デイダラ上手だね」
「お前が雑過ぎんだよ、うん」
だってめんどくさいんだもん、とは言わなかった。爪を塗るデイダラの顔が余りにも真剣だったから。正直、戦闘任務ばかりのここに身を置く以上、爪なんてどんだけ塗り直してもすぐ剥げてしまう。私も最初の頃は、その度に何度も何度も塗り直していたけれど、流石に面倒になって、今じゃよっぽどボロボロにならない限りは放置するようになってしまった。元々爪のお洒落には興味が無かったし、塗ると乾くまで何も出来なくなるから不便なんだよね、なんて、女子力が無さすぎるだろうか。
「お前も剥げてんじゃねぇか、うん」
「これくらい気にしないよ。塗ってもどうせすぐ剥げるし」
「こっちが見てて気持ち悪いんだよ!貸せ、塗ってやるから、うん」
え、と間抜けな声を漏らしている内にデイダラに手を取られ、ボロボロだった私の爪は綺麗に塗り直されていった。ほんと、私よりも上手いのが悔しい。俯きがちに私の手元に集中するデイダラの顔を見て、何だか胸が跳ねる。睫毛長いな、とか、黙ってればいい男なのに、とか、握られた手が大きくてちゃんと男の手をしていることとか。何でだろう、デイダラを意識し始めたら止まらなくなってしまった。
「よし出来た。上出来だな、うん」
「あ、ありがと……」
満足げに頷くデイダラに我に返り、ぶっきらぼうに礼を言った。確かに綺麗に仕上がっている。何なら毎回頼んでしまおうかな、と思う程には、ほぼ完璧といえる出来具合だ。完成した自分の手元を見つめて、その見栄えに感心している頃。彼がマニキュアの瓶を片手に突然私の前に屈んだ。膝をついて、こちらの足元をジロジロと見つめている。一体何事だと、驚きと恥ずかしさに慌てて足を引っ込めた。
「な、なに!?」
「足も塗ってやるよ。靴脱げ、うん」
「え、いいよ!そんな!」
「いいから。ついでだついで」
頑なに断ろうとする私に痺れを切らしたデイダラに、足を掴まれて結局靴も脱がされてしまった。素足にデイダラの手が触れて擽ったい。「じっとしてろよ」と呟いて、垂れた髪を耳にかける彼の仕草が、酷く妖艶に見えた。やだ、なんで私デイダラにこんな事させてるんだろう。頭の中ではそんな想いばかりがグルグル回って、半ばパニック状態だったが、逆にデイダラはいつもよりも静かで真剣だった。私ばかりが意識して緊張して、何だか馬鹿みたいだ。デイダラにはそんな気なんてちっとも無いのに。
一本ずつ綺麗に直されていく爪。デイダラの指先が動き肌を滑る度、ぴくぴくと肩が震えそうになる。擽ったい。それに、デイダラに触れられた部分が凄く熱い。緊張を悟られないように、必死に平静を装って、早く終われ早く終われと願う。そうして最後の一本が終わった時、私は既にヘトヘトに疲れていて、何もせずに座っていただけなのにグッタリと椅子に身を沈めていた。
「ふー…、ありがとデイダラ、たすか、…ッ!?!?」
言葉の途中で感じた、ぞわりと身の毛がよだつ感触。デイダラの手が、私の足をゆっくりなぞっていたのだ。思わず咄嗟に唇を噛み締めて、漏れそうになる声にブレーキをかけた。何をしてるんだと抗議の声を上げたくても、与えられ続ける擽ったさに呼吸が乱れて、上手く喋れない。
「ずっと我慢してたのバレバレだぞ、うん」
「あっ…!や、やだデイダラ…!やめ……ひっ……!」
「あんま暴れんなよ。手も足もまだ乾いてねぇんだ。暴れて剥がれたら、また一からやり直しだからな、うん」
「そんな……!」
そう言うのだったら、擽るのを今すぐやめてくれたらいいのに。その手は止めぬまま我慢しろだなんて、この人は悪魔の生まれ変わりか何かだろうか?分かる人には分かると思うが、擽りを堪え続けるのは本当にしんどくて辛いのだ。私のマニキュアがまだ乾いていないことをいい事に、コイツは好き勝手やってくれている。後で覚えてろよと心の中でどれだけ強がっても、実際の私は情けない声を漏らすばかりでいる。楽しそうに笑みを浮かべているデイダラが憎くて仕方がない。
「いいな、その顔…。ハマりそうだ、うん」
「変態……っ!もう二度と頼まない…!」
「そりゃ残念だ」
なら最初で最後のチャンスを掴まないとな、というデイダラの言葉がよく理解出来なかった。足を擽っていたデイダラの手が止まり、踵を滑り足首を撫で、脹脛から太ももへと上ってきた手つきを慌てて掴んで押さえる。その拍子に、掴んだデイダラの手に私の爪が当たって、半乾きだったマニキュアが彼の手に付着してしまった。お陰で綺麗に塗られていたネイルもぐちゃりと歪んでいる。
「あーあ、あれだけ言ったのに」
「こ、これは…デイダラが……!」
「こりゃやり直しだな、うん」
眼前で不敵に笑うデイダラに、結局1日中弄ばれて。何度塗り直したか分からないという程にやり直しを重ねた私の爪は、彼によって綺麗に整えられていた。普段なら、ネイルに特に興味はないし多少剥げたところで気にも留めなかったけれど。少しだけ、大事にしてみようか、と思ったのは、もうデイダラに塗られないようにする為なのか、それとも。折角彼に塗ってもらったこの色を、大事にしたいからなのか。