父と子

「ねぇパパ」
「なんだ、うん」

パパと呼ばれて返した返事が、思っていた以上に平和ボケした声音で、随分と丸くなったものだと自分で自分に感心した。昔はこれでもS級犯罪者として、数々の罪を犯してきた。しかし今となっては、こうして1人娘を授かり父親をやっているのだから、人生というのは本当に分からないものである。

岩隠れに戻ってからもう10年近くは経つか。オレの歳も30。かつての爆破部隊へ逆戻りしたオレは、それなりに上手くやっている。芸術への探究心は消えていないが、今はその爆破部隊にて、自らの芸術への欲求を満たしている。この通り、今のオレには娘も妻もいる為、一家を養っていかなければならない。まさか本当に自分がこんな風になるとは思っていなかった。

「パパはどうしてママと結婚したの?」

長期の任務から帰ってきた俺は、久々に会った娘に添い寝をせがまれていた。だからこうして、娘の布団に一緒に入り、眠ってくれるのを待っていたのだが。突然の質問に思わず驚いて言葉に詰まった。まだまだガキだと思っていた娘は、日々物凄いスピードで成長している。女だからそういう話に興味が湧く時が来るだろうとは分かっていたが、まさかこんなにも早くやって来るなんて。

「何だよいきなり、うん」
「今日学校でね、習ったの」
「習ったって、何をだよ」
「赤ちゃんの作り方」
「なっ、」

激しく動揺するオレに、娘は首を小さく捻っている。今じゃ、もうそんな事を学校で教えるのか。まあ大事な事ではあるけども。しかし実の娘に言われるとなかなか…何とも言えないものだ。な、なんて習ったんだ?としどろもどろになりながら聞いてみると、娘は昼間習ったことを誇らしげに話すのだった。

「好き同士の男の子と女の子が愛し合うと、子供ができるって!」
「そ、そうか……うん」

どうやら肝心な部分はぼやかされて教わってきたようだ。娘の歳にはまだ早いとも思っていたので、少し安心する。その授業を受けて、先程の質問に至ったというわけか。

「パパはママと愛し合ったから、私が産まれたんでしょ?」
「まあ……そう、だが……」
「どうしてママを選んだの?」

そういえば、付き合っている頃から、アイツに好きとか愛してるとか、そんな気恥ずかしい台詞なんて言ったことがあっただろうか。そりゃあ1、2回くらいはあった気がするが、殆ど口にして来なかった筈だ。それでもアイツは、オレを信じて付いてきてくれた。そしてオレは、そんなアイツを本気で守りたいと思っていた。勿論、今でも。

「……愛してるからだ、うん」
「それじゃあ答えになってないよー!何でママを愛してるのって聞いてるのに!」
「何で、って…そりゃあ……」

最初は、口煩くて可愛くない奴だなんて思っていたが、一度決めた事はやり遂げる芯の強さを持った女だった。負けず嫌いで、弱い癖に度胸だけはあるから、無鉄砲に敵陣に突っ込んだりして、何度オレが助けてやったことか。だがいつの間にか、アイツから目が離せなくなっていて、隣で笑うアイツの笑顔に救われていた。どんな時もオレをサポートしてくれるアイツに助けられていて、だからオレも、守りたいと強く思うようになったんだ。

考えればポンポンと浮かぶ、アイツの事。だけどそれを実際に口にするのはやっぱり恥ずかしくて、たった一言にその想いを全て込めた。

「……オレが惚れた女だからだ、うん」
「パパ………」
「いいからもう寝ろ、うん」

相変わらず答えになってない答えを返して、無理矢理娘を寝かし付けた。最初は、眠くないなんて言って駄々をこねていた娘も、次第にその瞼が重くなり、やがてスヤスヤと安らかな寝息を確認する。起こさないようにそっと布団から抜け出してリビングに行くと、食卓に向かって座る妻、ななしの背中があって。

「おい、オレたちも寝るぞ…って、」

その顔を覗き込んでみると、何故かななしの顔が真っ赤だった。赤い顔を俯かせて黙り込んでいる姿を見て、オレは悟る。

「……聞いてたな、うん」
「だ、だって、聞こえちゃったんだもん!」
「だもん、じゃねぇ!今すぐ忘れろ!うん!」

きっとオレの顔も真っ赤だ。くそ、カッコ悪ぃ。ガシガシと頭を掻くオレを、ななしは座ったまま見つめてきた。じっと無言で見られると、なんだかオレも自然と無言になって、2人を甘い雰囲気が包む。そういえば、こういうのもいつ振りだろう。任務で忙しくて、家に帰ってこない日だってあるオレは、娘をななしに任せきりだし、こうして2人きりになることだって滅多にない。

「ねぇ、そろそろ……2人目、欲しいと思わない……?」

ななしからの誘い文句。向こうもその気だ。オレの方も、久々なのも手伝ってすっかりそういう気分が出来上がっている。ななしの頬に手を添えて、ゆっくりと顔を近づけて…、あと少しで重なる、その時だった。

「パパー、といれ……」

突然現れた娘が、眠い目を擦りながらオレを呼んだ。そのせいでオレは、ななしに突き飛ばされ壁に体を打ち付けていた。「なにしてるのパパ」なんて不思議そうにする娘に、良いところだったのに、なんて文句を垂れることもできず、渋々その腰を上げてトイレに付き添うことにした。そんなオレ達に、真っ赤な顔のまま作り笑いを浮かべるななしを振り返る。頭に疑問符を浮かべる妻に、口パクでこう告げたのだ。

『寝室で待ってろよ』

茹蛸のように湯気を上げるアイツの顔が面白くて、オレの手を握る娘の温もりを噛み締めながら、こんな幸せも悪くない、なんて。オレらしくないか。