曼珠沙華

私には幼馴染がいた。芸術が大好きで、プライドが高くて意地悪な男の子。いつも泣かされてばかりだったけど、困った時には助けてくれる。そんな幼馴染だった。

「うわあああああ!でいだらが…、でいだらがああああ」
「けっ。なんだよ、オイラが直してやったんだろうが!うん!」

ビービーと泣く私の手には、よく分からない形を模した粘土細工が握られている。一緒に粘土で遊んでいる最中、うさぎさんできた!と言って隣にいたデイダラにそれを見せると、彼は一言、「へたくそ!もっとこうやんだよ!」と私の手からうさぎを奪い去り、勝手に手を加えてしまったのだ。デイダラが手直ししたうさぎさんは、私が作ったものよりもずっと出来が良くて、うさぎの形をしていた。しかし幼かった私は、自分が必死に時間をかけて作ったうさぎさんを壊されてしまったと大泣きしてしまったのだ。

「こらデイダラ!またイジメたのか!」
「なんだよクソじじい!オイラは良かれと思って…!」
「全くお前は毎日毎日懲りもせず…!」

私の喧しい泣き声を聞き付けてやってきたオオノキおじいちゃんが、デイダラに1つげんこつを落とす。痛そうに頭を擦るデイダラは、唇を尖らせながらへそを曲げていて、私は自棄になって握りつぶしてしまった粘土細工を抱えながら、しばらくわんわんと泣き続けたのだった。

私とデイダラは、いつも一緒だった。何をするにも、隣にはデイダラがいて、それが当たり前のように感じていた。意地悪な彼だけど、いいところもたくさんあって。喧嘩ばかり繰り返しながら、私は知らぬ間に徐々にデイダラに惹かれ始めていた。初恋が、こんな意地悪な芸術馬鹿だなんて。共に歳を重ねて、大きくなっていくにつれて、その想いはどんどん膨らんでいった。


「やーい!泣き虫!」
「粘土ばっかやってやがって!ななしの根暗!」


ある日の事。近所の悪戯好きの男の子たちに捕まった私は、複数人でぐるりと囲まれていじめられていた。作っていた粘土細工は粉々に踏まれて壊され、心無い言葉を上から浴びせられる。怖くて頭を抱えながら蹲り、すんすんと泣きながら、早く終われ早く終われと願っていると、突然後ろから声が聞こえてきた。

「おいテメェら!女を数人で囲むなんて、ダセェことしてんじゃねえよ!うん」
「お、デイダラだ。何だよお前、女の味方すんのかよ!」
「噂じゃあ、デイダラとななしはいっつも一緒に粘土やってるらしいぜ」

デイダラ、という名にハッと反応して顔を上げる。公園の入り口で、こちらを睨むように見つめている幼馴染の姿が、そこにはあった。助けに来てくれたんだ、と顔を明るくさせて立ち上がる。「デイダラ!」と嬉しそうに名前を紡ぐと、「そこで大人しくしてろ!」と言われてコクンと頷いた。そこからは、男の子たちの喧嘩だ。殴ったり蹴ったり、複数を相手にデイダラはたった一人で立ち向かっていった。最終的にお互いボロボロになって、ようやく根負けしたいじめっ子たちが、逃げるように公園から走って出ていく。怪我をしているデイダラの元へ駆け寄ると、その痛々しい姿にまたジワリと涙が出てきた。

「…デイダラ…」
「お前…本当に泣き虫だな…うん…」
「うるさい……」
「…ななし、覚えとけ…。お前を泣かせていいのはオイラだけだ」
「なにそれ…」
「分かったな!これはオイラの特権なんだ、うん」
「よくわかんないけど、わかった」
「…泣かされた時は、オイラを呼べよ」
「うん。デイダラのこと呼ぶ」
「…約束だからな」
「うん、約束」

夕暮れの公園で交わした、幼い頃の約束。子供の頃の口約束なんて、時間が経って歳を重ねるにつれてどんどん薄れていく。私も同じで、デイダラと交わしたこの時の約束を、数年後にはすっかり忘れていた。1年、また1年と時が経ち、私とデイダラは同じ様に大きくなっていく。大きくなっていくにつれて、ずっと一緒だった私たちも思春期に入り、共に過ごす時間は自然と減っていった。

「ななし!お前はなんで俺の言うことが聞けないんだ!」
「うう……、ごめんなさい……」

十代の頃。私の母は、父と離婚し、若い男と再婚した。その男は、少しでも気に喰わないことがあると癇癪を起こし、私を殴る。言われようのないことで怒られて、体中は痣だらけ。母には当然相談できないし、何よりも誰かに言ったことがバレて、それでまた殴られる事の方が怖かった。だから、痛かったけど必死に我慢した。泣くとまた殴られるから、ぐっと唇を噛み締めて涙をこらえて。

「お前、こんな真夏に長袖着て暑くねぇのかよ。うん」
「う…、うん…。日焼けしたくないし…」
「日焼けねえ…。女ってのはくだらねえ事気にして大変だな、うん」
「デイダラには一生分からないよ」
「アァ?なんだよその言い方、うん」

体中の痣を隠す為に、どんなに暑くでも我慢して長袖を着ていた私を、デイダラは怪訝そうな顔で見ていた。彼の額に輝く、岩隠れのマークの額当て。デイダラは、その才を買われて、十代にして里の爆破部隊に所属し活躍していた。父からの暴力に怯えながら生活している私とは違って、彼は立派に成長し輝かしい毎日を送っている。少し前まで隣で粘土細工をしていた幼馴染は、もう遠い存在になっていた。

「ねえ、デイダラ」
「ん?」
「………、ううん、なんでもない」
「はあ?」

この頃私は、里に貢献し活躍しているデイダラに関して、少しだけ黒い噂を聞いていた。『禁術に手を出している』と、そんな言葉を偶然耳にしたのだ。まさかそんな筈は、と思う反面、どこか怖かった。彼が芸術に対して、たまに恐ろしい程の探求心を見せる事は、幼い頃からよくあった。その熱意が、間違った方向へ走ってしまっているのではないか。だとしたら、私は幼馴染として彼を止めるべきではないのか。そう思って確認しようとしても、寸前で勇気が出なくて言い淀んでしまう。途中で黙り込んでしまった私を、デイダラはしばらくじっと見つめた後、唐突に言った。

「なあ」
「ん?」
「覚えてるか、昔の約束」
「約束…?」
「…覚えてないならいい、うん」
「え、なんだっけ。ごめん…」
「……オイラだけが覚えていれば、それでいい」
「え、気になるじゃん教えてよ!」
「オイラはそろそろ任務に戻る時間だ、じゃあな。うん」
「ちょっとデイダラ!」

考えても考えても、思い出せない。昔の約束って、なんの事だろう。しかしデイダラは、私にその約束の内容を教えてくれる事は無かった。どれだけ問い詰めても、『覚えてないならいい』の一点張り。結局教えて貰えないまま私たちは別れ、家へと帰宅した。帰ればまた父親に殴られる。そんな恐怖に駆られて、去っていくデイダラの背中にしがみつきそうになるのを無理矢理押し殺す。少しだけ回り道をして時間を潰して、それから家へと帰った。今思えば、全てが動き出したのは、この日がきっかけだったように思う。



「…お父さん?」



嫌に静まり返った部屋の真ん中で、父は死んでいた。私はただ茫然と立ち尽くし、その光景を眺めている。何が何だか分からない。何故父は死んでいるのだろう。頭が真っ白になって、その場に崩れ落ちる。後から仕事から帰って来た母親が、そんな私と息絶える父親を見て、悲鳴を上げていた。後に父親の遺体は調べられ、他殺だと断定された。でも犯人は分からなかった。一体誰が私の父を殺したのだろう。その正体は気になったけれど、私はそれよりもあの地獄から解放された喜びの方が大きかったのだ。仮にも自分の父親が殺されたというのに、涙は一滴も出なかった。そして、そんな父親の葬式が開かれた時に、聞かされたのだ。



デイダラが、抜け忍になったと。







あれから更に数年。私は大人になった。今身に纏っているのは、白いウェディングドレス。私は今日、オオノキのおじいちゃんに紹介された見合い相手の方と結婚をする。色々あったけれど、こうして女としての幸せを掴めたのだから、人生とは分からないものである。

控え室で準備を進めている中、私の脳裏には、一人の男性が浮かび上がっていた。…デイダラ。私の幼馴染であり、父が殺されたあの日突然抜け忍になって姿を消してしまった、私の初恋の人。彼は今、どこで何をしているのだろう。何故抜け忍なんかになってしまったのだろう。何故、私を置いて何も言わずに消えてしまったのだろう。…そして、消える前、最後に私と交わした会話で言っていた、『あの約束』とは結局何のことだったのだろう。聞きたいことは山程あっても、本人がいないんじゃ確かめようがない。

(デイダラ…。私、今でも貴方のこと……)

ずっと結婚せずに、待っていた。本音を言えば、今でもデイダラの事が好きだ。大人になった彼が、今どんな風に成長してどんな男性になっているかは分からないが、それでも好きな気持ちは変わらなかった。待っていろと言われた訳ではないのに、勝手に待ち続けて。しかし、いつも心配して私のことを面倒見てくれたオオノキおじいちゃんを安心させるためにも、私はついにこの道を選んだ。普通の男性と籍を入れて、私はこれから、その人の妻としてこれからの人生を歩んでいくのだ。そのうちに、きっと私の中のデイダラの記憶も、薄れていって……、

「あ、あれ………」

気付けば私の目からは、ぽろぽろと涙が溢れていた。自分でも戸惑いを隠せない。せっかく綺麗に施してもらったメイクが崩れてしまう。慌ててそれを拭っても、涙は次から次へと溢れ出てきてキリがなかった。

(嫌だ。…デイダラのこと、忘れたくない)

このまま、別れも言えないまま、デイダラと一生会えないまま終わるなんて。せめて、この気持ちを彼に伝えたかった。喧嘩ばかりだったけど、私は貴方のことが好きだったんだよって。こんな歳になるまで諦められずに、ずっと独身のまま待ってたんだよって。今でも、貴女に未練たらたらなんだよって。あんなに約束したのに。私を泣かせていいのは、デイダラだけ。泣かされた時はデイダラを呼べって、約束を……、

「あ……約束……」

自然と頭に浮かんできた、幼い頃の約束。あの日、デイダラが言っていた約束って、これの事だったんだ。今さら気付いたってもう遅い。そんな約束を交わした彼は、もう私の知らないどこかへ行ってしまったのだから。

目元を乱暴に擦って、無理矢理涙を止めた。もうすぐ時間だ。私は旦那様と一緒に、バージンロードを歩く。色々なものを抱えたまま、私は…。しかし、心の準備を進めていく私とは裏腹に、約束の時はいつまで待っても訪れなかった。

「……あれ…。時間はとっくに過ぎてるのに…」

予定していた筈の時間が来ても、私の旦那となる男性は、一向にこの控え室にやってこない。何度も時計を見ては、うろうろと周囲を歩き回る。どうしよう、もしかして何かあったのだろうか。いよいよ心配になった私は、様子を見てこようかと立ち上がった瞬間だった。




「…よお、久しぶりだな」




その声は、懐かしい声だった。窓枠に足を掛けて、中に侵入してきたその男は、太陽の光を背にして立っている。靡く黒い外套には、赤い雲のマーク。額につけられているのは、岩隠れのマークに一本線が入った、抜け忍の証。もう何年も会っていなかったのに、私はその人物が一体誰なのか、すぐに分かった。息を呑んで固まっている私を他所に、その人物はどさりと何かを投げ捨てて。

「…残念ながら、コイツはもう死んだ。うん」

転がされたのは、私の旦那になる筈だった男。既に息絶えているのが、ここから見てもすぐ分かる。そして、その遺体を見た瞬間、子供の頃の記憶がフラッシュバックした。




『可哀想に。お父さんが殺されたらしいわ』
『なんでも他殺だそうで…。色々と問題のある人だったから、どこかで恨みを買ったんでしょうね』
『聞いた話だと、奇妙な殺され方をしてたらしいわよ』
『ああ、知ってるわ。外傷は特にないのに、内臓がぐちゃぐちゃに破壊されてたって』
『そんな事が出来るのは、忍者しかいないわ。きっと忍術で殺されたのよ…怖いわね』
『犯人、捕まるといいわね』



『ななし。この粘土、知っているか』
『え……?ねんど……?』
『父親の遺体の口の中に、粘土が敷き詰められていたらしいんだ。何か知っているか』
『………、し、しらない……』
『……本当に?』
『うん。私、なにもしらない』





起爆粘土。この里の禁術。それに手を出したデイダラは、里を追放され、抜け忍になった。印を結ぶと爆発する粘土は、私の旦那の口元にも、詰め込まれていた。そこで確信する。やっぱり、私の父を殺したのは、



「約束しただろ。お前を泣かせていいのはオイラだけだってな、うん」
「でい…だら……、」
「……来い。お前を迎えに来た」


差し伸べられた手。何故だろう。あれだけ待ち焦がれていた初恋の相手が、何だかとても恐ろしく見える。その手を取ったら、私はもう二度と、こっちの世界には戻って来れない…、そんな気がしていた。迷う私の前に降り立った彼は、口元を襟に埋めたまま、その目を光らせている。

彼の手が、固まったままの私の頬を撫でた。その瞬間、私の白いウェディングドレスは、彼が纏うコートのように、真っ黒に染まっていった。