「なあ!オイラとけっこんしてくれ!うん!」
近所に住む、可愛らしい男の子。金髪で、切れ長の目をした男の子。どうやら私は、その子に懐かれてしまったらしい。顔を見せる度、そんな事を言いながらニコニコと歩み寄ってくる、デイダラくん。5歳。
「デイダラくん、私のこと貰ってくれるの?」
「おう!かんしゃしろよな!うん!」
この当時から既に生意気な性格は健在していて、にかっと笑いながら上から目線の台詞。どうもありがとう、としゃがみながら頭を撫でてあげると、うっすらとその頬を赤くさせて「へへへ」と笑うのだから、どんなに生意気でも許してしまう。オオノキからは、あんまり甘やかすなと怒られてしまうけれど、こんな可愛い男の子なんだもん。少しくらい甘やかしたって、罰は当たらない筈だ。
「こら!デイダラ!まーたななしにちょっかい掛けてるのか!」
「げっ。オオノキのじじいだ!」
オオノキのところから抜け出して私の元に来たのだろう。追いかけてきたオオノキを見るなり、デイダラは私の後ろに隠れてしまった。ぎゅっと右足に抱き付きながら、うるうるとした目でこちらを見上げてくる。自分の可愛さを理解しているあざとい行為だ。そう分かっていても、私はこの顔に弱くていつも絆されてしまうのだった。
「ちょっとオオノキおじいちゃん!またデイダラをイジメてるの!?」
「ななし!お前こそまたデイダラを甘やかしておるのか!」
後ろに隠れているデイダラを寄越せ、と言わんばかりにこちらに詰め寄ってくるオオノキから彼を守る為、私は足元にいたデイダラを抱え上げた。ぎゅう、としがみついてくるデイダラは、ほわんと表情を綻ばせながら私の胸に顔を埋めている。そのフカフカの感触にニヤリと黒い笑みを浮かべている彼の事など気付かぬまま、私は大事そうにデイダラを抱えてオオノキとのバトルを繰り広げる。それは、最早岩隠れの里の日常茶飯事。毎日繰り広げられている光景だった。
「ななし、まもってくれてありがとな。うん」
「いいえ、どういたしまして。でもデイダラ、ちゃんとオオノキおじいちゃんのいう事も聞かなきゃダメだからね?」
何とか死闘を潜り抜けて、諦めて帰って行ったオオノキの背中を見送った後、私はデイダラを地面に降ろして、視線を合わせるようにしゃがみこんだ。もう日は沈みかけ、夕暮れ時になってしまった。暗くなる前にこの子とさよならしなければならない。名残惜しそうに俯くデイダラは、今にも泣きだしそうで、それがまた堪らなく愛おしいのだった。私に子供が出来たら、デイダラみたいな子がいいな、なんて。そんな事を頭の片隅に思い浮かべながら。
「なあ。オイラとけっこんしてくれる?」
「ふふ。うん、約束ね。大きくなったら、結婚しようね」
そう言って微笑むと、デイダラは私の唇にちゅっと一つ軽いキスを落とした。まさかの行動に面食らって、思わず固まってしまう。最近の子は随分とませてるんだなあ、と感心すらしてしまっていた。こんな事、どこで覚えてきたんだろう。驚く私のその疑問は、次のデイダラの言葉で解決することになる。
「ななし、このあいだしらないおとこと、おくちチュッてしてただろ。うん」
「あ……」
実を言うと、私はこの時恋人がいた。同い年で、同じ忍びの素敵な人。優しくて強くて、いつも私を守ってくれる、王子様みたいな人。その人とは結婚の約束もしていて、順調な交際を続けていたのだった。この間、任務から帰って来て久々に会ったその人と、年甲斐もなく外でおかえりなさいの口付けを交わしていたところを、デイダラに見られてしまっていたのか。誰も見ていないと思っていたが、まさかこんな幼い男の子に見られていただなんて。
「ああ、えっと…、あれは……」
「オイラ、アイツきらい。だってななしをとるんだもん。うん」
ぐす、と泣きべそをかいているデイダラ。ななしとけっこんするのはオイラなんだ、と弱々しい声音で紡がれる。私はその小さな体を抱きしめながら、もう一度、「ありがとう」と言葉を紡いだ。こんな小さな王子様に、ここまで熱く愛されるなんて、私は幸せ者だ。きっと彼は、これからすくすくと成長して、里の未来を担う立派な忍びとなるだろう。物心がつく頃には、私はもうおばさんになって、こうして私と結婚するなんて言っていたことも、忘れてしまうだろう。こんなおばさんがファーストキスの相手だなんて、数年後の未来では後悔しているかもしれない。
「デイダラ」
「ん」
「これからデイダラは、大きくなってかっこよくなって、強くなって、里のことを守るようになる」
「オイラはいまでもつよいもん、うん」
「そうだね。でもきっとこれから、もっともっともーっと強くなるよ」
「そうなの?」
「そうだよ。だってデイダラには未来がいっぱいあるもん」
未来?と首を傾げるデイダラ。5歳の男の子には、難しすぎる話かもしれない。でも私は、何となく伝えたいと思った。伝わらなくてもいい。意味が分からなくてもいい。だけど何となく、貴方の初恋の相手として…ファーストキスの相手として、いつまでもデイダラの心の中に在り続けたくて。贅沢を言うならば、いつまでも貴方の憧れの女性でいられたらいいのにな、って。
「これからデイダラは、たくさんの人と出会いや別れを繰り返して、そしてその中で、"この人を一生かけて守りたい"って思えるような人と一緒になるんだよ」
「オイラはななしのことを守る、うん」
「ありがとう、デイダラ。でもきっと、その相手は、私じゃなくて。もっと美人で、デイダラと歳が近くて、優しくて素敵な人だよ」
意味は分かっていなくとも、何となくは私の言おうとしている事を理解したのだろう。途端にぐにゃりとその顔を歪めて、わんわんと泣き始めてしまった。宥めるように優しく抱きしめて、ごめんね、ごめんね、と背中を擦ると、ぎゅう、と私の服を握りしめて、「オイラずっとこのままでいい」「おおきくなりたくない」と駄々を捏ねていた。5歳の男の子の、切ない片想い。私は彼の思いに答えることはできないけれど、でも彼にこんなに愛されたことはいつまでも忘れずにいよう。
「ありがとう、小さな王子様」
ちゅ、と今度は私から、唇にプレゼント。ぴたりと止んだ涙と、うっすら赤く染まった頬を見つめながら、やっぱりませてるなあ、可愛いなあ…、なんて、そう、思いながら。両親のいないデイダラを、オオノキの元へと送り届ける為、小さな手を握りしめて一緒に歩いた。岩隠れの空は、星が輝いていて、まるで二人の歩く道を照らしてくれているようだ。ぎゅっと、握り返されたその手を、私はずっと守り続けたい。里の為。未来ある小さな命の為。
私は明日、兵士として、恋人と共に戦争に向かう。
ーーーー・・・・
「珍しいね、デイダラが故郷に寄るなんて」
「…まあな」
星が輝く夜。幼い頃、あの女と一緒に夜空を見上げたあの時から、何年の月日が経っただろう。オレは岩隠れの里の抜け忍になり、犯罪者組織暁の一員として日々を過ごしていた。ちょうど任務で生まれ故郷の近くまで来たので、人気のない真夜中に少しだけ立ち寄ったのだ。手向けの花を一つ、その手に握りしめて。
故郷の少し外れの方に、ひっそりと並ぶ2つの墓石。そこに刻まれているのは、幼い頃に淡い想いを寄せていた女の人の名前。隣には、その女性の恋人であった男の人の名前が刻まれている。
結局その二人は、結婚をする前に戦争で命を落とした。大きな布にくるまれて、動かなくなったその人が、里へ無言の帰郷を果たした時、オレは何を考えていただろうか。今ではもう思い出すことすらできない程に遠い昔の話だ。それでも俺は今日、たまたまふと彼女の存在を思い出して、気まぐれに墓参りでもしようと思い立ったのだ。いつもなら、こんな柄じゃない事、絶対やらない筈なのに。
「思い出深い人のお墓なの?」
「……ガキの頃に世話になったってだけだ、うん」
適当に用意した手向けの花をどさりと供えて、その墓石を眺める。蘇るのは、最後に会った、あの夜のアイツの言葉。
『これからデイダラは、たくさんの人と出会いや別れを繰り返して、そしてその中で、"この人を一生かけて守りたい"って思えるような人と一緒になるんだよ』
当時はよく意味が分からないまま、わんわんとみっともなく泣いて騒いでいたけれど、今ならば分かる。ちらりと隣に視線を向けると、ソイツは墓に向かって目を閉じて、手を合わせていた。コイツにとっては、赤の他人のよく分からない墓なのに。「デイダラがお世話になったなら、私からも御礼を言わないと!」なんて切なそうに微笑むその女は、オレと同じ赤い雲の衣を身に纏っている。
「………オイラにもできたんだ。守りたい奴」
「え?なんか言った?」
「…別に。なんでもねえよ、うん」
ななし。オレは今、お前が夢描いたような、里を守る立派な忍者とやらにはなってないけれど。でもオレは自分でこの道を選んだんだ。そして、その道の中で、守りたいと思える大切な女に出会った。だからどうか、オレのこの選択を、見届けてくれ。オレの憧れの…初恋の、相手として。
「いこ!デイダラ!」
「おい、引っ張るなって」
ぎゅっと握られたその女の手を、緩く握り返す。
どうやらオレは、死んでも初恋のあの人には会えなさそうだ。
オレの手を握って前を無邪気に歩くこの女と共に、地獄に落ちると決めたのだから。