10個歳が離れたオビトと結ばれたのも、もう数ヶ月前。長年の片想いを実らせ、年の差恋愛中の私は、何だかんだで既に同棲まで漕ぎ着けていた。10離れているとはいえ、私ももう25歳で立派な大人。結婚の事だって考えているし、向こうは35なのだから余計だろう。最初の頃は、こんなに歳が離れてて上手くいくのかな、なんて心配していたが、今のところは割と順調に事が進んでいた。というのも、暁時代の頃からずっと一緒に過ごしていたから、その平行線みたいな感じなのだろうか。兎にも角にも、私たちは、これといって特に障害も無く落ち着いた大人な恋を進めていた。
しかし。そんなある日の事だ。久々に休暇を貰った私は、二人で住むこの家の掃除を朝から張り切って行っていた。事件は、そんな何の変哲も無い休日に起こったのである。
「こ…、これは……」
私の震える手の中にあるのは、一冊の本。グラマーで色気ムンムンの女性が、ほぼ裸の状態で写っている表紙がババンと目の前に突き付けられている。所謂エロ本。これがまたど定番なベッドの下から出てきたのだ。何でここに隠した?ベッドの下にエロ本だなんて、もうお約束過ぎてつまらないよオビト。もっと頭捻らなきゃ。
私は特にショックを受ける事なく、ぱらぱらと中身を捲った。そりゃオビトだって、おじさんだけど立派な男だ。エロ本の1つや2つや、何なら100冊くらい持ってたって別に不自然な事じゃ無い。…いや、流石に100冊も持ってたらドン引きするけど。私はそこら辺の理解はあるし、こんな事でいちいち「私以外の女の裸見て興奮するの!?」なんてくだらないヤキモチも妬いたりなんかしない。だって私だってもう良い大人。そういう甘酸っぱい恋愛をする時代は、私の中でもう終わってしまったのだ。
(にしても…おっぱいでか…。こんなん絶対作り物でしょ…)
捲っても捲っても、目を惹きつけるのはこの雑誌の中に生きる女性の胸元。女だからこそ何となく分かる、不自然なこの膨らみ。それでも男にとっては、大きければ何でもオッケーなのだろうか。このエロ本を見る限りでは、オビトも相当なおっぱい星人である事が窺える。私は、雑誌の女性と自分の胸を見比べた後、そっと自ら膨らみに手を添えた。…うん、どう考えても足りない。とてもじゃないが、私ではオビトの期待に応えることは出来なさそうだ。別にだからと言って、「お前胸小さいから別れよう」とか言うような人じゃないことも分かっているし、特に私も深刻に考えてはいなかった。いなかった、のだが。
(でもこんな面白いネタをスルーするのも勿体無いわよね…)
手の中にあるエロ本を見つめて、口の端を釣り上げる。せっかく見つけたいじり甲斐のあるネタだ。使わない手はない。普段大人ぶって格好ばっかつけているオビトを少しからかってやろうじゃないか。くっくっくと笑いを堪えて肩を震わせる。ちょっとした私の出来心による悪戯が幕を開けたのだった。
ーーーー・・・・
「ただいま」
来た!!!ターゲットが帰ってきた!!一気に騒がしくなる私のテンションを必死に抑え、定位置に着く。いつもなら、「おかえり」と返事を返して玄関まで迎えに行くのだが、今日の私は考える人の石像よろしくソファに座ったまま。弛む頬を引き締めて、昼間に思い描いたプランを再度確認した。
「おい、寝てんのか」
リビングにまでやって来たオビトは、返事が無い私を訝しんで、そう問いかけてきた。馬鹿め。これから私が何をしようとしているのか、知りもせずに呑気にただいまなんて!普段私のことを子供扱いする仕返しとして、たっぷりいたぶってやるわ小僧!
「………オビト」
「な…、なんだよ」
「これ………なに?」
す、と差し出した私の手の先には、昼間見つけたエロ本一冊。巨乳のお姉さんがアハーンと裸同然の格好でポーズを決めている、それはもう素晴らしい一冊だ。ちなみに私はあの後、一人コソコソとこれを完読し、「おっぱいって世界を救うんだなぁ」と再認識した次第である。まさかあのオビトがおっぱい星人だったのは意外だったが、まあ今はそんな事はどうでもいい。さあ焦れ!焦るんだうちはオビト!
「な……、何だそれは」
「とぼけても無駄よ。貴方のベッドの下から出てきたんだから」
「待て。身に覚えがない」
「もう少しマシな嘘をついたら?」
やばいやばいやばい。やばいよこれ。オビト焦ってんじゃないのこれ!?どこかの木の葉丸のような口ぶりで、内なるななしがはしゃぎ回る。私女優になれるんじゃない!?忍者やめて女優になろうかな!?と昂ぶる気持ちを何とか抑え込んで、ぎろりとオビトを睨む。流石のオビトも体裁が悪いのか、私の顔色を窺っているようだ。こんなタジタジなオビトを見るのは初めてでとてもいい気分である。小娘に転がされる気分はどうだ、おっさんよ。
「私はこれを見たときに凄いショックだったんだぞ、これ」
「これ……?」
「私というものがありながら、他の女性の裸で興奮するなんて!」
思わず木の葉丸の口調がそのまま表に出てきてしまったが、それも今はどうだっていい。すぱーん、と机に叩きつけたエロ本は、表紙が捲れて際どいページがおっ広げにされている。何ともまあ場が締まらない。
「オビトがこんな巨乳好きなんて知らなかった」
「待て、話を聞け。これは俺のじゃ、」
「実家に帰らせて頂きます。実家無いけど」
一度は言ってみたかった台詞、実家に帰らせて頂きます。天涯孤独でずっと暁にいた私には、帰るような実家など無いのだが、私は意味もなく荷物をバッグに詰め始めた。どうしよう。この後私どこに行けばいいのだろう。割と引けないところまでおふざけで来てしまったので、私自身、少し焦り始めていた。
「おい、お前実家なんて無いだろ。どこに行くつもりだ」
「い……いたちの家」
「あそこがお前の実家なのか」
「そうだよ。実は私とイタチって兄弟だったんだ」
「初耳だな」
私も初耳だよ。私はうちは一族だったのか。内心で自分自身の出生に驚きつつも、支度する手は止めない。ちょっと、引き止めてよ、ねぇ、と思っていても、肝心のオビトはそんな私の動きを見守っているだけ。こうなったら本気でイタチのところに押し掛けてやろうか。演技だった筈の怒りは、オビトの態度によって段々本物になっていく。何よ、私なんか出て行っても全然平気なんだ。そりゃ確かに私おっぱい無いけどさ。そこ拘るならなんで私なんかと付き合ってるのよ。結局男は胸さえデカけりゃ誰でもいいのか。
どかどかと鞄に荷物を詰め込んだ私は、それを手に立ち上がった。本当なら、「本当にすまなかったななし。俺が悪い、だから許してくれ。この通り!土下座するから!」くらいな勢いで縋り付いてくる予定だったのに。それをネタに1週間弄り倒す予定だったのに!だってあの暁のトップだったオビトが、女に縋る姿なんて…、見たいに決まってるじゃん。頭の中でああだこうだ並べる私は、そこでようやく振り返った。背後にいるオビトを睨む為に、振り返ったのだ。
言うならば、ぞくり、という効果音が相応しい。私の背後に無言で立っていた彼は、とてつもなく威圧的なオーラを放っていた。暁の時代の頃のオビトのような…。マダラとして生きていたあの時の、悍ましい雰囲気。それを存分に醸し出しながら、私のことを無言で見下ろしている。思わず私も言葉を失って、その場に固まってしまった。あれ、もしかして本気で怒ってる?怒ってたのは私の方だったのに、気付いたら形勢逆転してた?一気にパニックになっていく私を他所に、オビトは言った。それはもう地を這うような声で。
「そんな大荷物で何処に行く?」
「え…、あ、あの……」
「まさか本当にイタチの所に行くつもりでは無いだろうな」
「ま、まさか。そんな訳ないよ…」
「ならその荷物はさっさと片付けろ。俺が見ている間にな」
一度手に持った荷物を、恐る恐る地面に下ろした。逆らってはいけない、そう思った。逆らったら殺される。確実に。
強張る体を必死に動かして、私は詰めた荷物を元に戻した。その間、オビトは本当にずっと私を監視していた。逃げ出さないように見張られていた。いつ背中を刺されるかという恐怖に震え続ける私は、遂に全て荷物を元通りの位置へと戻し終え、再びオビトに向き直る。彼は腕を組んだままベッドの方へと顎で指す。
「え」
「早く行け」
「な、なんでベッド」
「…気にしてるんだろ?」
ここ、とオビトの指が私の胸を突いた。かああ、と真っ赤に染まっていく頬。…そうだよ気にしてたよ悪いですか。ずっと冗談ぽく言ってたけど、本当はずっと気にしてた。オビトは胸の大きな、大人な雰囲気の女性が好きなんじゃないかって。只でさえ歳が離れてて、色々と不安に思う事があるのだ。こうして些細なことすらも気になってしまう。オビトは、最初から私のその本心を見抜いていたのだろう。
「あの本は俺のじゃない」
「じゃあ何でベッドの下にあったの」
「誰かが悪戯で置いてったんだろ」
「こんなくだらない事誰がするの…」
「犯人探しはいい、後で俺が締めておく。だが今はそれよりも、お前を慰める事の方が先だろう?」
「な、慰めるって…別に私は…!」
「あんなくだらん紙如きで拗ねるな」
むに、と頬をつままれて、私の体はベッドの上。オビトに意地悪するつもりが、私が意地悪されるような展開になっている。納得いかない。いつだってオビトは、大人の余裕みたいなものを醸し出していて、私がどんなに必死になっても動じることはない。まるで子供を見守る親のような目で、私のことを見つめているのだ。それが堪らなく悔しい。私たちは兄弟でも親子でもないのだから、やはり恋人として…彼女として、彼には意識して貰いたい。だからこその今回の悪巧みだった訳だが、結局オビトには通用しなかった。いつまでも変わらない、このもどかしい関係。私がむすっと不貞腐れたような顔で彼を見上げるものだから、オビトは少し呆れたように息を吐いた。
「…何が気に喰わないんだ」
「別に」
「あの本のことは気にするなと言ってるだろ」
「エロ本のことじゃない」
「じゃあなんだ」
「………」
上に覆いかぶさったままのオビトを一睨みして、私はその重たい口を開いた。
「……いつもオビトばっかり余裕でずるい」
ーーーー・・・・
「…しんどい」
翌日の昼間、仕事の合間の休憩時間に、オビトは同僚の仲間にそう漏らした。突然そんな単語を口にするものだから、同僚は訝し気に眉を寄せて、空を見上げるオビトの横顔を見つめている。
「…いきなりどうした」
「しんどい」
「何が」
「胸が」
「は?」
「胸がしんどい」
締め付けられるような痛みを覚える胸を押さえて、オビトは譫言のように何度もその言葉を繰り返した。昨日のななしの顔、言動、声…。それらを思い出すと、年甲斐もなく心臓ははしゃぎだすのだ。くしゃりと髪を掻きあげて、目を伏せながら深いため息をついたオビトは、もう一度その言葉を紡いだ。
「……可愛すぎてしんどい」
「そりゃよかったですね」
「嫌われたくないからアイツの前ではいつも大人の振りをしてるんだが、昨日ついに初めての『オビトばっかり余裕で狡い』記念日を迎えたんだ」
「記念日たくさん過ぎてすごいですね」
「エロ本仕込んどいて良かった」
「幸せそうで何よりです」
彼の本心を、ななしは知らない。