暁天記

昔昔、ある所に。赤い雲をあしらった、黒いコートを纏ったある一行が、各地を旅していた。道行く人たちは、彼らを見て笠を取り、頭を下げる。『おお、巫女様だ、巫女様だ』『ありがたや、ありがたや』手を合わせて頭を垂れる人々の前を颯爽と歩く彼ら。巫女様と呼ばれ、人々に敬れる少女、ななし。そんな彼女の旅に同行し、護衛を務める9人。平和の象徴として、人々の信仰を集める彼らは、こう呼ばれていた。明け方、夜明けを意味する言葉、『暁』と。

「ああ、まさか本物の巫女様ご一行をこの目で見れるとは…」
「巡礼の旅の途中だ。なんと威厳のあるお姿…」
「きっと徳の高い、素晴らしい方々なのだろう…」
「ありがたや、ありがたや…」

しゃん、しゃん、と笠に付いた鈴を鳴らして遠ざかっていく暁。その後ろ姿をいつまでも見送りながら、人々は地面に膝をついて祈るのだ。彼らの旅の無事を。巡礼の旅の成功を。その旅の成功こそが、世を安寧に導き、人に平和をもたらすと信じられているから。




ーーーー・・・・




「あー…もう疲れたよみんなあ。そろそろ休もうよ」
「まだそんなに歩いていないぞ、ななし。この調子ではいつ旅が終わるか」
「そんな固いこと言わないでイタチ!ね、ほら、この近く、湯隠れの里があったよね!?温泉行こうよ温泉!」
「温泉、か。たまにはいいな、温泉も。疲れた体を癒すのにもってこいだ、うん」
「お前ら…、いつもそうやって寄り道ばかりして、全然旅が進まないだろう」
「こんな姿…。人々が知ったら、どれだけがっかりするか…」

9人のボディガードに囲まれて、その中心を歩くのはこの私、名無しななし。人呼んで、巫女様。20の歳になった時に代々行われる、『巡礼の旅』の真っ最中。私たち巫女の一族は、こうして各忍び里から集めた精鋭を護衛として引き連れて、天竺…じゃなかった、遠い場所にある終末の谷へと向かい、そこで祈りの儀式を捧げることで、巡礼の旅は達成されるのだ。

「仕方ない。今日は湯隠れに立ち寄って、そこで休息をとろう」
「ほんと!?やったー!ありがとうオビト!」

私の家来たちのリーダー的存在であるオビトは、そう言って現在の位置と湯隠れの位置を確認し始めた。ぞろぞろと集まって打合せを始める彼らを、少し離れたところで見守る。よくもまあみんな、こんな自由奔放で巫女らしさなど一欠けらもない私に付いてきてくれるものだ。本当なら途中で見捨てられてもおかしくないのに。自分でそう思う程には、私は彼らのことを相当振り回していた。

私の家来、オビト、長門、小南、角都、飛段、鬼鮫、イタチ、デイダラ、サソリ。よくこれだけ揃ったなあ、というくらい今では大所帯になった大切な仲間たちだが、最初の頃はオビトと二人きりでスタートした旅だった。巫女は代々、木の葉隠れに生を受け、木の葉の里から旅路がスタートする。そこから各忍び里を巡って五影様との挨拶を交わした後、それぞれの里が選出した戦闘のエキスパートたちを仲間に加えていく。彼らは里からの期待を背負った、超スーパー忍者なのだ。

「湯隠れなら俺の故郷だ。道案内するぜ!」
「さすが飛段!いこいこ!」
「お、おいななし、そんなに走るな!疲れてるんじゃなかったのか!」

先頭を走る飛段と、それを追いかける私。その二人を慌てて追う家来たち。この旅にこれといって期限などは無いが、思っていた以上にその進行具合はよろしくなかった。私がこうしてみんなを振り回してばかりいるから、ちっとも目的地に近付かない。皆、遠足のような雰囲気のこの旅路に呆れる一方で、そんな私の姿をどこか微笑ましく見守っている部分もあった。





「はー…極楽だ極楽…うん」
「おっさんくせぇぞデイダラ」
「…本物のおっさんには言われたくねえな、サソリの旦那」
「あ?」

結局温泉に向かうことになった一行は、湯隠れに到着するなりさっそくその秘湯を満喫していた。男湯にて、裸の付き合いを交わす暁男性陣。骨に染みる心地よい湯船に感嘆の息を漏らすデイダラと、そんなデイダラに突っかかるサソリ。バチバチと火花を散らすその傍らで、長門とオビトはしっとり大人な雰囲気で、お酒を楽しんでいる。彼らが遣える巫女様の自由奔放さにはほとほと困り果てることも多いが、彼らも彼らで、結局この旅を楽しんでいる部分があった。

「お背中流しましょうか、イタチさん」
「ああ、頼む鬼鮫」

手に取ったスポンジにボディソープを染み込ませて、くしゅくしゅと泡立たせる。そしてそのスポンジをイタチの背中に宛がった鬼鮫は、ぐっと力を込めて彼の背中を擦った。その瞬間、あまりの力加減にイタチの背中が真っ赤に染まり、痛みに悶絶する彼の姿があった。

「い、イタチさん!?」
「き…っ、鬼鮫……、なかなか…やるな…」
「す、すみません強すぎましたか」

その傍では、はしゃぐ飛段がお約束の石鹸を踏み抜いて、すこーんと派手にすっころび床に頭を打ち付けている。どくどくと出血しているが、何せ彼はジャシン様の加護を受けた不死の体の持ち主。しばらく気絶した後にむくりと起き上がると、傍で髪を洗っていた角都の隣に腰を下ろし、「シャンプー貸してくれよ、血でべとべとなんだ」「ん」と平然と会話を交わしている。

「おいお前ら、あんまり騒ぐと他の客に…」

一応彼らを仕切る立場にあるオビトは、早々騒がしくなる面々に眉を顰めて湯船から立ち上がった。困ったように笑う長門もそんなオビトを見上げながら、手にしていたお酒を口に運ぼうとした、その時だった。

「オビト!長門!」
「ぶっ!!!!!」

目の前に現れたのは、裸にタオルを巻き付けただけの、ななしの姿。思わず眼玉が飛び出し酒を吹きだした長門と、「は!?」と一気に顔を真っ赤にするオビト。しかし当の本人は気にしていないのか、にこにこと笑顔を浮かべたまま男湯に浸かって笑っている。

「み、巫女様!?」
「みんな一緒に入ってて楽しそうだったから、私もこっち来ちゃった!女湯と男湯、繋がってたみたい!」
「だ、駄目だ巫女様、早く女湯へ…!」

目のやり場に困りながらも、慌てて女湯へ押し戻そうとするオビトと長門。しかしその努力も虚しく、彼女の姿はデイダラとサソリの目にも入って。

「は…、…ななし…!?」
「おい、何をしてるななし」

近付いてくるサソリの背後で、ブッと勢いよく鼻血を噴出し、倒れるデイダラ。湯船はデイダラの鼻血によってみるみる赤く染まっていき、他の客が真っ赤な湯船を見て悲鳴を上げた。「うわあああ血だあああ!殺人事件だああ!」と騒ぐ客の声を聞いて、風呂場が一気にパニックになる。怖がって慌てて飛び出していく無数の男性客に、洗い場の方にいたイタチたちも目を丸くさせて。

「な…、一体何事だ!?」
「殺人…!?敵の襲撃ですか!」
「なにぃ!?敵だって!?おい角都、敵だってよ!こりゃ楽しくなりそうだぜ!ゲハハハ!」
「おい飛段、待て、まだ敵と決まった訳じゃ、」

混乱が更に混乱を呼び、状況を掴めていないイタチたちが急いで湯船の方へ戻る。真っ赤な湯船の中で気絶しているデイダラと、オビト長門サソリに囲まれる、我らが巫女の姿。

「あ?なんでななしが男湯にいるんだ?」
「き…、貴様ら、まさかななしに…!一体何を…!」
「お、おい待てイタチ、誤解だ。これはななしが勝手に、」
「言い訳は無用だ!天照!!」

光るイタチの赤い瞳が、周囲一帯を黒い炎で包み込んでいく。いっきに急上昇していく温度に、「あっつ!!」と声を上げるオビトが、慌ててななしを抱きかかえて湯船から上がる。長門もその後に続き、サソリも気絶したままのデイダラを抱え上げて湯船から上がった。一方、オビトの手によって引き上げられたななしは、騒然とする周囲など気にも留めず、「あ」と間抜けな声を上げて固まった。どうした、と目を落としたオビトの視界に入り込んできたのは、はらりとタオルが取れた、巫女様の姿。固まる男たちの前で、あられもない姿を晒すトラブルメーカー。次の瞬間には、オビトと長門とイタチ、鬼鮫、飛段までもが鼻血を噴出して卒倒し、辺りは戦闘でも起こったかのように血だらけになっていた。



「……小南、この小娘をしっかり監視しろ」
「ごめんなさい。どうしてもそっちに行きたいっていうから」

目を閉じて深いため息を付いた角都が、仕切りの向こうの女湯にいるであろう小南に声を掛けた。一部始終を音声だけで楽しんでいた小南は、全く反省した様子を見せないまま小さく笑みを浮かべて平謝りをしている。結局、彼らが止まった温泉宿は、イタチの天照によって露天風呂を燃やし尽くされ、客の大多数もパニックを起こして帰ってしまうという損害を引き起こし、莫大な金額の請求を強いられることとなったのだ。










「……はあ……」

会計のカウンターで項垂れるオビトの背中を見つめながら、黒いコートを羽織った彼らは、今日も旅に出る。いつか辿り着く、その終末の谷を目指して。そして、彼ら暁の男達が、密かに課せられた使命を果たす為。



……世継ぎの為の、巫女との子作りの使命!!!!



それを成功させた男は、旅を終えた時に地位が確立される。それだけではない、その男の故郷が、次代の巡礼の旅まで実権を握ることができる。だから各里は、巫女の遣いに大抵男を差し出すのだ。それぞれの故郷の威信も掛かった男達の使命に、彼らは密かに闘志を燃やすのである。



『『『ななしとの子を成すのは、この俺だ!!!』』』




暁珍道中は始まったばかり。彼らの腹の中に隠れた野望には気付かずに、巫女様は今日も元気に旅を続けるのである。