最悪の二人三脚

「何これ!?」

素っ頓狂な私の声が森の中で響いて、驚いた鳥たちが一斉に飛び立っていった。鳴き声と揺らぐ木の音で、周りは一気に騒々しくなる。普段なら、こんな風に騒ごうものなら、目の前に立つ角都に「やかましい」とか何とか、小言の一つでも言われるところだったが、何も返ってこない所を見ると、恐らく彼も今の状況に言葉を失っているのだろう。あの角都すら驚いて固まってしまう程に、今、私たちの身には不思議な事が起こっていた。

「これ……私と角都の手が…」
「………………」

私の右手と、角都の左手。それが、何だかよく分からない球状の物体によって繋がれていて、離れないのだ。側から見れば、仲良くお手手を繋いでいるようにも見えるが、これは決してそんな和やかなものではない。試しに引っ張ったり叩いたりしてみたものの、壊れる様子はなく、私と角都はただ呆然と、己の繋がった手を見下ろしていた。

「……さっきの奴らの仕業か」
「かなぁ…?どうしよう……」

この日、私と角都に与えられていた任務は極簡単なものだった。極秘の何かが記されているらしい文を、里から里へ運ぶ、所謂郵便屋のような仕事だ。よっぽど重要な手紙なのか、たったこれだけで莫大な資金が暁に入ってくるのだという。金と言えば、暁の財布役、角都の出番だという事で、白羽の矢が立った彼に、引っ付くようにして同行したのが私。事は順調に運び、後は帰るだけだった筈が、まさかこんな事になろうとは。

角都の言う、さっきの奴らというのは、先程出くわした得体の知れない連中の事であった。手紙を届け終えた私たちを待ち伏せしていたのか、数人の黒装束の忍が襲い掛かってきたのだ。とは言っても、全く歯応えがない連中だった故に、角都の手によって一瞬にして返り討ちにした筈。怯えて尻尾を巻いて逃げるところまでしっかりと確認したが、まさかその隙に私たちに妙な術を掛けたとでもいうのだろうか。

「……………」
「困ったね………」

角都の苛立ちが、目で見て取れる。面倒くさいことになった、と言いたげなオーラがプンプンだ。私は、そんな彼を困ったように見上げて乾いた笑いを零しつつ、内心でひっそりと溜息をついた。

(よりによって角都と…こんな事になるなんて……)

ツーマンセルの相方ですら、気に食わなければ殺してしまうような危険な男。冷静で口数も少なく、何を考えているのか分からないと思いきや、突然怒り出す短気な部分も持ち合わせている。ここまで聞けば、この角都という男がどれだけ要注意人物なのかが、誰でも分かるだろう。そんな角都と、まさかこんな状態になるなんて。そっと俯いて、自分の足元を見つめる。叫び出したい気持ちを堪えて、私は、この想いを心の中でひっそりとシャウトしたのだ。






ラ……、




ラッキー!!!!!


えっ、嘘、角都と二人三脚!?嬉しいしか無い何それ敵さんありがとう!!こんなの漫画の世界でしかあり得ないと思ってたよ!!ご飯三杯はいけるシチュエーションだよ!?はぁしんど!萌え!尊い!神!!


とまあ、そこまでの雄叫びを息もつかずに叫んだ後、ゆっくりと深呼吸をした。勿論、表情にはそんな心境など一切見せていない。表向きは、あくまでも困ったように、迷惑そうにしなければ。うっかり喜んでいるなどと知られれば、角都に何と言われるか。


角都、91歳、暁の財布役。そして、私の世話係。おじいちゃんでありながら、今でも暁の重要な戦力として最前線に立っているのは、流石としか言えない。私の想像する91歳は、背中が曲がっててふるふると震えながら、杖をついて歩く様なご老人だったが、その想像を遥かに超える強さ、逞しさ、かっこよさ。私はあっという間に角都の魅力に取り込まれ、年の差なんて言葉では片付けられない、壮大な片思いを繰り広げていた。角都にとっては、孫のような年齢である私。当然そういった対象に見られている訳がない。そもそも私が仮に90代のお婆ちゃんだったとしても、角都が恋愛にうつつを抜かす所など想像が付かない。

そんな私に巡ってきた、突然のチャンス。叶う事はない恋だ、気持ちは伝えずにそっと見守ろう、と思っていたこの想いが、少しだけ報われる時が来たのだ。だってこれなら、合法的にずっと角都と一緒にいられる!手を繋いでても、「敵の術だし仕方がない」と言える!今だけは感謝しよう!敵さんサンキュー愛してる!



「どうしよっか…。こんな状態だと、アジトに帰ってもみんなに馬鹿にされちゃうね…」
「……リーダーには適当な嘘をついて、宿を探すぞ。くだらない術を使った術者を殺してから帰還する」

私の言葉を受けて、角都は頭の中にゲラゲラと笑う飛段やデイダラの姿を思い浮かべた。連中の事だ、きっと他人事だと思って大いに馬鹿にしてくるだろう。それだけは耐えられない。まんまと私の口車に乗せられた角都は、踵を返して元来た道を戻り始めた。当然、その手に繋がれている私も引っ張られるようにして歩き出す。

(角都とお泊り……!)

るんるんと弾みそうになる足を必死に抑えて、私は前を歩く角都の後を小走りで追ったのである。





ーーーー・・・・






しかし、この状況をラッキーだと思えていたのは、始めだけであった。実際は、嬉しい、と思う事よりも、恥ずかしい死にたいと思う事の方が圧倒的に多くて。




(ど、どうしよう……)

宿に着くなり通されたその部屋で、私は正座をしながらずっとモジモジと膝を擦り合わせていた。隣では、無言で本に目を落とす角都の、ページを捲る音だけが響いてくる。とても声を掛けられるような雰囲気でもなく、重たい空気が部屋中を包んでいた。ああ、どうしよう。悩む私の額には、冷や汗なようなものが浮かび上がってくる。この状況、どうしてくれようか。早く、早くしなければ…、


(私の膀胱が爆発する!!)


先程から尿意を催していた私は、絶体絶命の危機に直面していたのだった。トイレに行きたい。でも、その為には、手が繋がれている角都も共に行かなければならない。好きな相手と一緒にトイレに行くなんて、どんなに熱々なカップルでもやらないだろう。そうなった時には恥ずかしさで死ぬのではないだろうか。それに、片思いの相手に向かって「トイレに行きたいです」なんて言える訳がない。私だって一応乙女なのだ。そこら辺の恥じらいは当然ながら持っている。

「……おい」
「は、はい!?」
「さっきから落ち着きが無いな」

突然声を掛けられて、大袈裟なほどに肩を震わす。若干声を裏返しながらも返事をすると、訝しげな目をこちらに向ける角都の姿があった。じーっと怪しむその視線を受けている最中も、膀胱は早くトイレに行きたいと警鐘を鳴らしている。どうしよう、もう言ってしまおうか。いや、言うしか選択肢は残されていない。人間誰しもが抱く生理現象。仕方の無い事だ。

「あ、あの、角都……」
「なんだ」
「その……、行きたい、んだけど…」
「は?何処へだ」
「えっと、その……、お花を摘みに…」

嗚呼、遂に言ってしまった。流石にトイレに行くなんてストレートには言えなくて、オブラートに包んで伝えてみたが、きっと十分伝わる筈だ。恥ずかしさは拭えないが、第1関門を突破した。ここまで来たらヤケクソだ。早くトイレに行こう、と立ち上がる私を引き止めるように、角都が繋がった手を引っ張る。

「何処に花を摘みに行くつもりだ」
「え?」
「呑気なものだな。こんな状況でお花摘みとは。お前のその頭が花畑なんじゃないのか」
「え!?い、いや、角都、今のはそういう意味じゃなくて、」
「じゃあどういう意味だ」

ちゃんと説明して貰おうか。

そう言いながら、空いた手で頬杖をつく角都は、酷く楽しそうな顔をしていた。その表情を見て確信する。角都は、分かっている。私がトイレに行きたい事など、とっくの前から気付いていて、でも敢えて口にはしなかったのだ。私に言わせる為に、分からないフリまでして。

「な…、や、やだ、角都意地悪しないでよ…!ほんとは分かってるんでしょ!?」
「さっぱり分からんな」
「嘘つき!」
「言いたくなければ言わなければいい。その代わり、ずっとそのままだがな」

無慈悲にも、再び机の上にある本に手を伸ばした角都。恐らく本気で、私をトイレに行かせないつもりだ。ちゃんとそれを口にするまで、このままなんだ。そんなの、どっちを選ぶべきかなんて、迷うまでもない。いや、迷う余地など私には無いのだ。……言うしかない。片想いの相手を前に、恥と女を捨てなければならないなんて。

「…………たい……」
「……聞こえんな」
「と…トイレに行きたい!」
「…そうか。それは気が付かなかった」

私の言葉を聞いた瞬間、ゆっくりとその腰を上げた角都。その顔は楽しそうに歪められていて、改めて彼の性格の悪さを実感した。人を使ってこんな悪趣味な楽しみ方をするなんて、ほんと、角都って………素敵。






ーーーー・・・・





困ったのは、トイレだけではなかった。



「か、かくず……」
「何だ」
「あ、あの、これ…取れなくて…、手伝って欲しいんだけど……」

部屋に備え付けられた、狭い脱衣所。そこに私と角都は狭そうに肩を並べていた。……お風呂。トイレも一緒ならば、勿論入浴も共に済ませなければならない。何故なら、私たちの手には固くて離れない術が施されているから。決して、下心がある訳ではない。仕方なくだ、仕方なく。

私の方を見ないようにして、こちらに背を向けている角都を、控え目に呼んでみる。彼は返事だけ寄越したが、相変わらず体の向きは向こうを向いたままだ。手伝って、という言葉に対して、「何をだ」と短く返してきた角都に、私も背中を向けて。

「ぶ、ブラを…取って欲しいんですけど……」
「……………………」

しーん、と静まり返る脱衣所。だって、だって仕方がないのだ。片手が塞がれているせいで、普段難なくこなしているちょっとした事もままならない。何とか空いている手を背中に伸ばしてしばらく格闘したものの、なかなか上手くいかぬまま、早10分。いつもは両手でぷちんと外すから、片手でとなるとこれが難しいのだ。不器用な自分が恨めしい。

「…お前は阿呆か」
「だって……」
「全く……」

背中越しに、角都がこちらを向いたのが分かった。仮にも嫁入り前の女が、片想い中とは言え付き合っていない男に背中を見せるだなんて。しかもこれから、そんな人に下着を取って貰おうとしている。………最高。

ドキドキとその時を待っていると、角都の冷たい手が背中に這った。緊張しているせいか、大袈裟な程に体が震えて恥ずかしくなる。その手がクイ、とブラジャーの紐を引っ張って、ごそごそと弄っているのが分かった。やがて感じたのは、開放感。ぷつん、と呆気なく取られたソレは、私の腕に引っかかってただぶらりとぶら下がっている。

「ありがと角…、」

そう振り向くよりも前に、ピタリとくっつく体。背中から、角都の体温を感じる。一気に思考が吹っ飛んで、何も考えられなくなった。え、なに、なんなの、どういう状況!?と頭はパニック寸前で、パクパクと空いた口が塞がらない。角都が、私の体を後ろから包み込んでいたのだ。

「……ななし」
「あ……か、く…」
「お前…、この状況を楽しんでいるだろう」

火照った頭は、彼に囁かれた言葉によって一気に蒼白へと変貌した。私の想いなど、彼には全てバレバレだったようだ。まずい事がバレた時のように、固まったまま黙り込む私を見て、角都は鼻で笑う。「大人を舐めるなよクソガキ」。そんな言葉と共に、私の唇は角都に飲み込まれ。私たちはそこで、温もりを1つにしたのだ。それはもう、91歳とは思えない、熱くて激しいひと時であった。角都……まだまだ元気だね……。きっと長生きするんだろうな…。






ーーーー・・・・






「と、取れてるー!!!」

翌朝。あれだけビクともしなかった私と角都の手は、綺麗さっぱり離れていた。あの謎の術は、どうやら1日しか効果が無かったらしい。角都は納得行かなさそうな様子だったが、私は少しホッとしていた。これ以上、彼と色々なことを共にするのは心臓が保たない。自由が利く己の手に感謝し、はしゃぐ私の後ろ姿を、現役91歳の視線が複雑そうに射抜く。やがて、大きな舌打ちをした彼は、苛立ちを隠そうとせぬまま、ただ一言ぶっきらぼうに「帰る」と促したのだった。



今度こそ、アジトに向かって帰路に着く最中、私は再び自分の手を見下ろした。さっきは確かに、術が解けて良かったと思ったものの、今は少しだけ寂しいような気がする。昨日は一日中、この手にあった温もりが、すっかり離れて私の前を歩いている。不機嫌そうな背中は、今までと変わらない。…ねぇ角都。貴方はどうして、昨日私を抱いてくれたの?


モヤモヤする気持ちは、膨らむばかり。このままアジトに帰ったら、きっと有耶無耶になって、もう二度と確認できないだろう。叶わぬ恋と諦めてはいたが、昨日グッと縮まった距離に背中を押されて、私は角都に駆け寄った。

「………なんだ」
「……繋いでいたい」

ぶら下がっていたその左手に、右手を絡める。立ち止まった彼の双眸を見つめて、ストレートに告げた。今度は敵の術なんかじゃなくて、私の意思で。貴方のこの温もりと繋がっていたいんだ。


「……勝手にしろ」


ぶっきらぼうに告げられた言葉は、拒絶では無かった。前を向く角都の顔は、一見変化がなさそうに見えるが、私だけは知っている。この顔は、照れている時の顔だ。全く、素直じゃないんだから。



静かに握り返されたその手は、確かに角都の意思で、繋がっていた。