対価と代償A

※『対価と代償』の続きです。うっすらと、サソリとデイダラの絡みを匂わせる描写があります。ご注意ください。
















「うーん………」

気怠い空気。乱れたベッド。汗ばむ体。独特な雰囲気が漂うそこで、オイラはしわくちゃに放られた衣服を拾った。乱暴に首を通して服を纏うその後ろで、何とも色気のない唸り声が聞こえてくる。振り返れば、既にベッドの上で裸のままスケッチブックを開く女の姿が見えた。余韻も糞もありゃしない。

「おい……服くらい着ろよ…うん」
「ううん……。ちょっと上手く描けない部分があって……」

ちゃんと着るから、先戻ってていいよ、なんて。相変わらずどんな時もブレない彼女に何度目かの溜息をつく。オイラのこの想いは、いつか報われる日が来るのだろうか。



密かに想いを寄せるななしと、体の関係になったのは少し前。オイラとサソリの旦那を勝手に被写体にして、芸術活動に勤しんでいたコイツに適当な事を言って、今の関係に漕ぎ着けた。想いよりも先行して、体の方が先に繋がってしまった訳だが、後悔はしていない。こうでもしないと、コイツはきっとオイラをそういう対象として意識はしないだろう。体から始まる恋もある、と何処かで聞いた事がある。あわよくば、ここから何かがスタートすれば……、なんて考えは甘かった。

モデル代を体で払えと詰め寄って、何度ななしを抱いても、コイツはオイラの事を見てはいなかった。……いや。厳密に言えば、見てはくれている。オイラを絵に描いてくれている位だから、その目に映っていることは確かだ。しかし、それはオイラが望んでいる映り方ではない。ななしの頭の中のオイラは、サソリの旦那と共に笑い合っているのだ。彼女は、それを望んでいる。オイラとサソリの旦那が永遠に結ばれればいいのだと、本気で思っている。

もう一度振り返ると、ななしは既に集中モードに入っていて、一心不乱に何かを描いていた。八つ当たりをするように、その頭にコイツのパンツを投げつけてやる。それでも反応しないななしにイラついて、オイラはそのままその部屋を後にした。……ああ、ムカつく。オイラが好きなのは、お前なのに。

結局オイラは、そのまま外套を乱暴に羽織りながら、その部屋を後にした。肩で風を切りながら、下ろしていた髪を慣れた手つきで髷に結って、いつもの姿に戻る。誰も知らない、オイラとななしの奇妙な関係。願わくば、いつかこの関係から抜け出せますように。





数日後、オイラはまたもやななしの芸術によって、己の中に燻る淡い思いをコテンパンに砕かれる事となる。





ーーーー・・・・





「やっと完成したの!私の新作芸術!」

そう言いながら、わざわざオイラの部屋にやって来てキラキラとした顔を浮かべるななしを見た時、既に嫌な予感はしていた。腕を組んだまま振り返りながら、オイラは返事もせず、ただ訝しげな目を向ける。しかしななしはそんな視線など物ともせず、手にあるスケッチブックを突き出してきた。前は見せるのを嫌がっていた癖に、全てがバレてしまった今は、むしろこうして進捗を偶に見せに来るようになっていた。

「………いい、見たくない」
「え、なんで」
「嫌な予感がすんだよ、うん」
「ええー、酷い。最高傑作なのに」
「だから余計に見たくねぇんだよ」
「どうして!デイダラとのエッチからインスピレーションを受けて、色々と、」
「言うな!!」

恥じらいってもんがねぇのか!と文句を言ったところで、そんなの今更だ。コイツは昔からこういう女なのだから。

何度も見たくないと断っても、ななしは最高傑作とやらを見せるまで、ここから立ち去る気配を見せない。このままごちゃごちゃ騒がれても、オイラの貴重な芸術活動の時間が潰れるだけだ。仕方ないと溜息をついて、渋々スケッチブックを手に取る。最後のページね、と言われた通りパラパラと捲り、問題のそれを目の当たりにする。惜しげも無く晒された、衝撃的な芸術に、オイラは後頭部を鈍器で殴られた様な衝撃を覚えた。


「な、何だこりゃ!!」


重なり合うのは、オイラとななし…、ではなく、オイラとサソリの旦那。しかも、上にのし掛かっているのは旦那の方で、オイラはその下で組み敷かれている方だった。例えて言うならば、普段オイラがななしに対してしている事を、紙面の中では旦那がオイラにしている。確かに先程ななしは、オイラとのセックスを参考にして描いたとは言っていたが、まさかこう来るとは思わなかった。自分をオイラに置き換えて、オイラを旦那に変換して、コイツは自分の芸術を完成させたのだ。

「ふざけんな!逆だろ!うん!」
「逆って、何が?」
「オイラと旦那のポジションだ!」
「え、逆じゃないけど。私の中ではデイダラは永遠の受け…右側だから」
「は?何言ってんだお前。うん」

受けだの右だの、よく分からない単語を興奮気味に並べる目の前の女が、益々分からない。だがこちらも納得する訳にはいかなかった。そもそも突っ込むポイントは、どっちが攻めでどっちが受けか云々以前の部分な気もするが、それはもう今更だ。この女がオイラと旦那を使ってこういう想像をしていることは、今に始まった事ではない。そこに関しては目を瞑るにしても、オイラと旦那の役割に関しては許容してはならない気がした。オイラのプライドにかけて。

「大体なんだよオイラのこの顔!!」
「受け顔だけど」
「なんだそりゃ!ふざけんな!こんな顔した事ねぇんだよ!」
「私の頭の中ではいつもこんな顔してるよ」
「何想像してんだ馬鹿!!」

指差した先にいる、オイラの絵。何ともあられのない姿で、あられもない顔をしている自分を見ていると、込み上げてくる複雑な思い。コイツは今までずっと、こんな事を考えながらセックスをしていたというのか。信じたくないという気持ちと葛藤。…少しも伝わっていない。オイラがどんな気持ちでお前を抱いているのか。どんな気持ちで今お前の前に立っているのか。まさかこの女…、本当にオイラが欲望の為だけに抱いているのだと思っているのだろうか。

ばさり、とベッドに投げ出したスケッチブック。そのページが開かれたまま、無造作に投げられたソレを、ななしが目で追うのとほぼ同時。コイツの体を勢いよくベッドに押し倒して、上に覆いかぶさった。隣では、オイラと同じ姿勢の旦那の絵が、微かに横目に映る。……閉じておけば良かった。

「…出演料?」
「よく分かってるじゃねえか、うん」
「まあ…そう言われると思ってたし」


どうぞ、と両手を広げる目の前の女に、ぴくりと口端が震えた感覚がした。…そうか、コイツはやっぱり、何も分かっちゃいねぇ。オイラと旦那を使って、エロいことばかり考えているお花畑なその脳みそを、全て引きずりだしてぐちゃぐちゃにかき混ぜてやろうか。

沸々と込み上げる怒りを噛み殺しながら、オイラは己の髪に手を伸ばした。解かれる髷。投げ捨てられる外套。それが、いつもの開始の合図だ。借金の取り立ては、もう飽きた。どうせ伝わらないのなら、とことんぶつけてやろうではないか。コイツの前では計算も小細工も全て通じない。…全部馬鹿馬鹿しい。

床に放り投げられた、二人分の赤い雲は、皺になってその場に重なっていた。





ーーーー・・・・




「ど、どうして…、デイダラ…」
「ん…?」

掠れた声で返事をしてやる。戸惑ったような声を上げる、オイラの下にいるこの女は、酷く面白い顔をしていた。もう何回目か分からない同衾に、茹蛸のように顔を真っ赤にして、もじもじと恥ずかしそうに脚を擦り合わせている。オイラはその理由を知っている上で、わざととぼけたように返事を返した。

「な、なんで……!」
「何がだよ、うん」
「何がって…、それは……」
「…なんだ。随分と初心な反応だな」

触れた体は、いつものように柔らかくて、いつも以上に熱かった。

「ど、どうして今日はこんなに優しく抱くの…!?」
「どうしてって、理由なんてねえよ、うん」
「いつもはもっと乱暴じゃんか!」
「そうだったか?」

分かんねぇな、なんて笑いながら、再びななしの白い肌に唇を落とす。まるで恋人。甘くて優しくて、酔いしれてしまいそうな行為に、コイツは未だかつてない恥じらいを感じていた。嫌という程刻み付けてやる。オイラの本音を。その体で、何度も感じればいい。オイラの気持ちに気付いて悩めばいい。お前の芸術に支障が出るくらい、オレの事でいっぱいになればいい。

「あっ…、でいだら……っ!」

ぎゅう、と切なげに紡がれた名前と共に、背中に回る細い腕。その爪がオイラの背中に立てられたのを感じて、限界が近いことを悟る。今日は随分と早い様だ。篭る熱にくらくらと頭が回る。ちゅ、ちゅ、と全身に隈なく落とす口付けに、ありったけの愛を込めて。好きだ、愛してる。アホで、馬鹿で、変態で、鈍感で、手のかかる女。でも、放っておけない。気付いたらその存在を目で追っている。コイツの芸術に、何だかんだで協力している自分がその証拠だ。気付け。気付け、全部気付け。




「…好きだ、ななし」
「………!!」



見開かれた、綺麗な瞳の向こうで、女が果てた。













「…デイダラ」

いつもと同じように、ベッドに背を向けたまま、オイラは服に袖を通す。返事をせずに首だけそっちへ寄越すと、シーツを手繰り寄せて恥ずかしそうに体を隠すななしがいた。その光景だけは、いつもとどこか違う。傍らには大好きなスケッチブックが転がっているというのに、この女はそれには目もくれず、ただ戸惑うように視線を彷徨わせている。…やっとだ。やっと、オイラが欲しかったそれが、目前にある。

「デイダラ…」
「なんだよ」
「あの言葉…ほんとなの?」
「………」

じっとこちらを見つめるその瞳は、オイラの本心を聞きたがっている。羽織った外套の中に巻き込まれた長い髪を手で払って、オイラはソイツに体を向けた。今まで散々この気持ちを踏みにじられたんだ。もう遠慮する必要なんてない。後には戻れない。戻るつもりもない。どかっと座ったベッドが軋んで揺れる。それだけでも大袈裟に震えるななしが、堪らなく愛おしかった。

「お前のその変な嗜好を受け止められるのは、オイラくらいなもんだろ、うん」
「デイダラ……」
「一生賭けて払えよ」
「……それ、何だかプロポーズみたいだよ」
「……みたいじゃなくて、そう言ってんだよ。うん」
「…その代わり、私も描き続けるよ。デイダラとサソリ」
「勘弁してくれ……」
「受け止めてくれるんでしょ?」
「ならせめてオイラを上にしてくれ、うん」
「無理」


とある芸術家と、借金取り。不思議な関係は、今日から恋人として再スタートを切る。その間、オイラは一体どれだけコイツの芸術を、受け止めればいいのだろうか。考えるだけでもおぞましい。

再び視線を戻せば、既にななしはスケッチブックを手に取って、ガリガリと筆を走らせている。『一生賭けて払えよ』『だ、旦那…』。その紙面には、今オイラがななしに対して放った台詞が、旦那とオイラに変換されてメモ書きされている。どうやらこれも、コイツの芸術のいいネタとして使われるようだ。ムードも何もない、相変わらずのその思考に、いつもの如く深い溜息を付いて。

果たしてこれは、オイラの気持ちは報われたと言ってもいいのだろうか?







ーーーー・・・・







「お前ら、最近随分と仲がいいな」

馬鹿同士気でも合うのか、なんて付けたしながら、こちらを鼻で笑うサソリの旦那に、オイラはムッと眉を寄せた。ある日の任務中。いつもの様に後ろに引っ付いてきたななしが、オイラの背中に隠れるようにしてサソリの旦那をスケッチしている最中、唐突に言われたのだ。惚れた弱み、惚れた者負け、という言葉があるが、今はそれをしみじみと実感している。オイラはどうしてこんなお花畑を好きになったのか。

「ねえ、サソリ」

目頭を押さえるオイラを他所に、女は言った。ペンを右手に、スケッチブックを左手に。


「サソリって、どういうプレイが好きなの?」
「は…?」
「なっ…」
「やっぱりラブラブイチャイチャ?」
「何言ってんだお前……」
「うーん…、そうすると11ページ目のコマが……」
「おい、ななし!お前何馬鹿な事言ってんだ!うん!」
「デイダラ、このコマのサソリの顔がさあ、納得いかないんだよ。どう思う?」
「ああ、確かに…。旦那ならもっとこう、目を…って何言わせてんだよ!」
「あ、せっかく本人が目の前にいるんだから、実演して貰えばいいんだ。ね、サソリ。攻め顔してみてくれない?」
「………………」



空気が冷たいのは、きっと季節のせいなんかじゃない。














数週間後。オイラの目の前に突き出された原稿には、オイラとサソリの旦那が、あの日のオイラとななしのように、恋人らしく重なる芸術が完成していた。