本音

ツーマンセルの相棒、デイダラとは、もう長い付き合いになる。ほぼ同時期に暁に入った私たちは、入って直ぐにコンビを組まされた。生意気なこの男はすぐ私を馬鹿にするし、失礼なことを言っては笑い転げる。こんなデリカシーの無い男なんて大っ嫌い。顔を合わせれば口喧嘩ばかりで、他のメンバーも最早日常茶飯事の光景だと止めにすら入らなくなった。

「アンタなんていつか殺してやる!」
「おーやれるもんならやってみろよ、うん。お前みたいな小娘には無理だろうがな」
「何よ!見てなさいよ!私のこのクナイが貴方の心臓ブチ抜いてやるわ!」
「そんなもん、オレの芸術的な爆発で返り討ちだ!黒焦げになったお前を見て爆笑してやるよ、うん」

殺す、というワードは私たちの間では口癖のようになっていた。何か気に食わないことがあれば、直ぐに殺す。私もデイダラもいつもそんな調子で、これがペインさんや小南さんやイタチさんだったら、きっとこんなストレスを抱えずに上手く任務もこなせるだろうに、とデイダラと組む羽目になった自分の運命を呪った。そして、私の前を歩くデイダラの後ろ姿を見て、いつか必ず殺してやる、なんて思っていたのに。

「お願い…逃げ…て…」
「ななし…!」

いざその時がやってくると、私の心は悲鳴をあげた。殺したくない、嫌だ、デイダラを殺すなんてできない。そんな私の意思とは反対に、体は言う事を聞かない。任務中に対峙した敵の術により、私の体は操られ、仲間であるデイダラにクナイを向けていた。デイダラが驚いた様にこちらを見ている。既に先ほど投げた一本のクナイがデイダラの肩を掠め、暁の外套には血が滲んでいた。かろうじて残っている理性で、必死に逃げろと告げる。なのに、デイダラはずっと私を見つめたままだった。なんで。私は貴方を殺そうとしてるのに。どうして逃げないの。

「に、げ……て…」

駄目だ、もう私の意識も失われかけている。逃げてとデイダラに忠告できるのも、もう最後だ。私の意思はこのまま敵の術に乗っ取られて、デイダラを本気で殺そうとするだろう。クナイを持つ手が震え、私の目からは大粒の涙が溢れた。しかしデイダラは、再三の忠告も聞かず、やはりその場に立って私を見据えていた。どうして言う事を聞いてくれないの。もしかして、私なんかにやられる訳がないと思っているのか。彼のそのちっぽけなプライドが、逃げるという選択肢を潰してしまっているのか。しかし彼のその行動の真意は、私の予想とは違った。

「お前を置いて逃げられるか!」
「デ…イ…、」
「待ってろ、今助けてやる!」

デイダラ、なんで。いつもは私に意地悪なことばかり言うし、私がノロノロ歩いているとどんどん置いて先に行ってしまうのに。私を置いていくのが嫌だなんて。そのデイダラの言葉を最後に、私の理性はぷつりと消えて、殺意の篭った目を彼に向けた。私が投げたクナイを皮切りに、デイダラが一気に距離を詰めてくる。私を助けるということは、普段使っている起爆粘土は使えない。どうするつもりなのか。消え掛ける意識の微睡みの中で、私も敵の術と必死に戦った。乗っ取られてたまるか。これは私の体だ!

「目を覚ませ、ななし!」

デイダラの声が意識の遥か彼方から聞こえる。今デイダラはどうなっているんだろう。自分の目の前で起こっていることなのに、敵に体を奪われている今、まるでその光景がテレビに映る光景のように他人事に思えた。

(デイダラ……)

目の前に広がるのは、デイダラが、操られる私の体を固く抱きしめている光景だった。きっと私の意識を呼び戻そうとしているのだろう。こんなの、アイツのキャラじゃないのに。一方で、抱きしめられている私の皮を被った敵は、デイダラのその背中に容赦なくクナイを突き刺した。デイダラの呻き声が聞こえる。だめだ、このままじゃ本当に私がデイダラを殺してしまう。表に出たくて必死にもがくのに、光が遠くて届かない。お願い、誰か、誰か私の手を取って!

「…ななし」

パニックになる私の頭に、デイダラの声が響いた。私を抱きしめるデイダラの声だ。優しくて、温かい、私に道を示してくれる声。

「好きだ」

デイダラと、私の唇が重なる。その瞬間、私の中に巣食っていた敵の術が、晴れて行くのを感じた。目の前までやってきた光の眩しさに目を閉じる。体が浮遊するような感覚の後、ゆっくりと目を開けると、目の前にはデイダラがいた。

「デイダラ……」
「…やっと戻ってきたか、うん」
「ばか……」

ぎゅう、とその体にしがみ付くと、デイダラも優しく抱きしめ返してくれた。肩に添えた手に、血が付着しているのを見て、私はまた泣きそうになる。デイダラ、助けてくれて、ありがとう。

その帰り道、いつもの粘土の鳥に乗って、私たちはアジトへ向かっていた。結局、あの術を私に施した術者はデイダラに呆気なく始末された。あの時のデイダラは、いつにも増して冷酷で残虐だった気がする。無言で胡座をかくその背中には、私が刺したクナイの傷から出血した血が、赤黒くシミを作っていた。その傷に近寄り、私は背後からデイダラを抱きしめる。デイダラは驚いた様に私を見たが、茶化す事も拒む事も無く、後ろから回された私の手に自分の手を重ねた。

「どうした」
「…痛かったよね、ごめんね」
「これはお前がやったんじゃねえ。絶対に気にするな、うん」

デイダラの手に力が篭る。まだあの術者に対しての怒りが収まらないようだ。あの時のデイダラの言葉を、頭の中で思い出す。刃を向けられても、決して私に背を向けようとしなかった。命をかけて、私を助けようとしてくれた。いつもは私の神経を逆撫でする様なことばかり言う癖に。

「デイダラ」
「…なんだよ」

振り向く彼の唇に、口付けを落とす。毎日喧嘩ばかりだったのに、その相手にこんな事をしているなんて、変な感じ。でも、私の中の想いが溢れて止まらない。

「私も、好き」

暗闇の中で聞いた、貴方の本音に返事を。