5月5日

「どうしよう…………」

ポツリと呟いたのは、5月4日の朝の事だった。カレンダーを前にして立つ私の目に映るのは、赤い丸で囲まれた5月5日。この日は、絶対に欠かす事が出来ない、1年に1度きりのビッグイベントなのだから。

5月5日。明日に控えたその日は、世間一般的には子供の日という認識だろう。勿論、それも1年に1度しかない大切な日ではあるが、私の認識はそうでは無かった。……大好きな、あの人の、大切な日。それこそが、5月5日。



(明日は、デイダラの誕生日…!)



大好きなデイダラの誕生日。毎年一応ささやかな贈り物はしているが、今年こそ、私はある事を心に決意していた。デイダラの誕生日に、プレゼントと共に想いを告白する…。そんな決意を。

少し前までは、『絶対にやってやるぞ』という気持ちで一杯だったが、こうして目前に控えると尻込みしてしまう部分はあった。しかし、そうやって何度もチャンスを逃し続けて、ここまでダラダラと片想いを引きずってきてしまったのだ。そろそろ勇気を振り絞って、どんな形であれこの想いに決着を付けたい。今年の誕生日は、一生忘れられない、特別な日にする。やると決めたらやり遂げる。女を見せろ、ななし!

「とは言ったものの……」

肝心のプレゼントが、前日にして未だに決まってないという体たらく。そもそもデイダラ自身、己の芸術以外には何一つ関心がないというような男だ。自分の誕生日すら、祝われて初めて思い出す程度。今まで無難に、彼の好物のおでんを作ったり、髷を結う髪紐を贈ったり、粘土細工に使う道具を送ったり…。実用的な物ばかりをプレゼントしてきた。でも、今年は違う。もっと、特別感を出したい。ずっと記憶に残るような、そんな誕生日にしたいのだ。





「って事で、サソリ。何か良い案無いかな?」
「知らねぇな。テメェで考えろ」

傀儡に向き合う背中に声を掛けると、何とも素っ気ない返事が返ってくる。デイダラのツーマンセルの相方であるサソリなら、何か良い案を考えてくれるのではないかと思ったが、そう甘くは無かったようだ。

「えー。じゃあサソリは何をあげるの?」
「はぁ?何もあげねぇよ。誕生日にいちいち贈り物なんてガキか」
「えぇ!?あげないの!?私たち、デイダラ大好き同盟組んでたじゃない!」
「組んでねぇよ!何だその同盟は!」

怒りに任せてグルンと顔を180度回転させてきたサソリ。彼が傀儡人間である事は周知の事実だが、何度見てもその人間離れした動きには慣れない。

「ほらよ」
「……何これ」
「紐だ。それを自分の体に付けて、デイダラに差し出せばいいだろ」
「はぁ!?そんな事できるわけないじゃん!何言ってんの!?」
「安心しろ。アイツなら、お前のその色気の無い体でも、素晴らしい芸術作品にしてくれる筈だ」

いや、それって私爆死してるじゃん。

とりあえず、一応その紐は戴くことにして、サソリがこれ以上不機嫌になる前に、ここは大人しく退散するべきだろうと踵を返す。私はその足で、もう一人の人物の元へと向かった。




「って事なんだけどさぁ、トビ。何かいい案ないかなぁ?」
「そうッスねぇ…。こんな風に自分にリボン付けて、私がプレゼント、とかどうっすか?」

まさかのサソリと同じ回答。差し出された真っ赤なリボンを受け取りながら、私は呆然とした。どうやらコイツらは、真剣に考えるつもりはないらしい。例えばこれが、私とデイダラが両想いで、ラブラブなバカップルだったら、それこそ少女漫画みたいな展開になったかもしれない。でも、今の私が、あのデイダラに対してそんな事をしたって、ギャグにすらならないだろう。間違いなくデイダラは、蔑んだ目で私を見下ろし、そして軽蔑する筈だ。

「あのね…。ソレ、笑いすら起きないから。間違いなく嫌われるよ私」
「えー、そうですか?でも僕ちゃんと聞いたんスよ?デイダラ先輩に、何か欲しいものはありませんかーって」
「どうだった!?デイダラ何て答えたの!?」
「飽きないオモチャって言われました」
「……………それで、何で私がプレゼントに繋がるの」
「いいオモチャになれそうじゃないですか、ななしさん」

大したアドバイスもしてくれなかった上に、人を玩具呼ばわりとは、本当にいい性格をしている。サソリも、このトビとかいう男も。最初から、コイツらに何か助言を貰おうと思っていたこと自体、きっと間違っていたのだ。あからさまにガックリと肩を落とす私に、トビは慰めるような声を掛けてくれた。「絶対上手くいきますから」「ダメ元でやってみて下さいよ」「ほら自信持って」とか何とか。結局はコイツも、私とデイダラで遊びたいだけなんだろうな。


そうして、碌な収穫を得る事もなく、迎えた夜。もうすぐ日付が変わって、デイダラの誕生日がやって来る。ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、彼の部屋の前でスタンバイした。デイダラが部屋の中にいることは、既にリサーチ済み。ノックさえすれば、きっと簡単に中に入れるであろう。

「デイダラ、いる?」
「…ななしか」

日付が変わる、3分前。私は控えめに扉を叩いて、中にいるターゲットに声を掛けた。返事が返ってきたのを確認して、ゆっくりとドアノブを回す。奥に備えられた机には、相変わらず粘土が散らばっていて、その前に座るデイダラが私の方を振り返った。

「どうした、うん」
「あ、あの…さ」

モジモジと指を擦り合わせた後、私がお祝いの言葉を送ったのと、時計の針が零時を指し示したのは、ほぼ同時のことであった。

「誕生日おめでと!」
「ああ…、そうか。オイラの誕生日か、うん」

毎年飽きねぇな、なんて呆れたように笑うデイダラだったが、その笑みには決して嫌がっている様子は見られなかった。何回お祝いしたって、絶対に飽きるものか。デイダラの誕生日だけは、毎年欠かさない。もしかしたら、私の中ではどんな日よりも一番大切な日なのかもしれない。だって、大好きな人が、この世に産まれた日なのだから。

「あ、あのね!」
「うん?」
「う、産まれてきてくれて、ありがとう!」
「え…」
「デイダラが産まれてきてくれたから、私、デイダラと出会うことができた!」

こんな事を言うのは初めてで、デイダラもぽかんと目を丸くしていた。恥ずかしくて顔を見れない。足元ばかり見つめて、落ち着きなくモジモジと体を動かす。でも、今言っていることは、決して嘘じゃない。ずっと前から、彼に対して想い続けていた、私の気持ちなのだ。

「ななし…、お前……、」
「こ…今年はね、何を贈ろうか、本当に本当に悩んだんだけど、」

震える手で、買ってきた粘土を差し出した。結局、いつもの如く、無難な方へと逃げてしまった結果、私が行き着いたゴールは『粘土』だった。それを彼が受け取ったのを確認した後、ギュッと己の外套を握り締める。サソリやトビに相談して、その上で自分でも沢山考えて、そして用意してきた、プレゼント。ありきたりな物にはなってしまったけど、でも喜んで欲しいという気持ちは本物だ。後はここで、私の長年の想いを沢山伝えて、それから、それから……。









ぼとり。デイダラの手から滑り落ちた粘土を目で追って、私は口を閉ざした。告白しようと開きかけていた口は、一気に乾いて何も音が出なくなる。デイダラが、粘土を意図的に床に落としたのだ。真っ白な頭で、ゆっくり彼を見る。デイダラは、呆然とする私の顔を笑いながら見下ろして、グリグリと床の粘土を踏みつけたのだった。

「いらねぇな、こんなの。うん」
「え…………」

確かに、粘土好きなデイダラに粘土を贈るだなんて、何て安直なんだろうとは思ったけれど。でも芸術活動をする上では必須なものだし、迷惑になる事は無いだろうと考えた末の、プレゼントだった。だからまさか、それをデイダラに要らないと言われた挙句、目の前で踏み潰されるなんて思わなかった。一気に冷や汗が出て、この場から逃げ出したい気持ちに駆られる。私は、何を舞い上がっていたのだろう。祝いたいと盛り上がっていたのは私だけ。気持ちを伝えたいと浮かれていたのは私だけ。デイダラにとっては、今日は365日ある内の1日に過ぎなかったのだ。

一気に頭が冴えていって、私は引き攣った笑みを浮かべながら、床に無残な姿で転がる粘土に手を伸ばした。ごめんね、と笑いながら言ってはみたけれど、果たして上手く笑えているかは分からない。とにかく、今は一刻も早くここから立ち去らなければ。デイダラの前で泣き出したら、それこそ面倒臭い女だ。

しかし、そんな私の気持ちとは裏腹に、デイダラは突然こちらの胸倉を掴んで来た。屈みかけていた体は強制的に引き上げられ、そのまま男の力には敵わず壁に押さえつけられる。背中から感じる痛みと冷たさにぎゅっと目を閉じた後、ゆっくり瞼を開いた先には、すぐ先にデイダラの顔。

「嘘はいけねぇなぁ、ななし」
「う…、うそ…?」
「オイラへの贈り物…、本当はこんなしけた粘土なんかじゃないだろ?うん?」

その言葉を聞いた瞬間、私の顔は一変してぶわりと真っ赤に染まった。…バレてる。全部、全部バレてる。どうして。何で知ってるの。目を泳がせる私に、デイダラはより顔を近付けて、低く、甘く囁いた。

「おかしいなぁ、ななし…。折角オイラが、旦那とトビに根回ししてやったのに」
「根回し!?」

全ては、デイダラの掌の上だった。私が、サソリとトビにプレゼントの相談をしに来る事を見越して、彼は先に二人に持ちかけていたのだ。『もしななしが来たら、こう言ってくれ』と。つまり、あの二人が言っていた『私がプレゼント』というのは、紛れも無い、デイダラ本人の希望だったのである。

「え、え、ってことは、私…」
「毎年毎年、つまんねぇプレゼント貰うのはもう飽きたんだよ、うん」
「つ、つまんないって…!」
「早く寄越せ。…用意してきたんだろ?うん」

クイ、とデイダラの指が私の外套のファスナーに引っ掛けられる。…そうだ、彼の言う通りだ。勇気が出なくて、結局粘土に逃げようとしたけれど、私はあのサソリとトビの提案を忘れられずにいた。外套の下に眠る私の体には、サソリとトビから貰ったリボンをアクセサリーのように括り付けて、普段は着ないようなセクシーな下着を着けている。デイダラは、それを全て見透かしていたのだった。

「わ…私でいいの……?」
「興味ない女とヤる程暇じゃねぇんだよこっちは。うん」
「デイダラ………」

デイダラに、私の想いを伝える。私のこの本物の気持ちを、彼へのプレゼントにする。粘土でも、つまらないものでも無い。私自身を彼に贈って、全てをストレートにぶつけるんだ。


「前から好きだった、デイダラのこと。ずっと伝えたくて…。誕生日の日に、言おうって決めてたの」
「……………」
「私を貰って、デイダラ」


ゆっくり下ろしたジッパー。スルスルと肌を滑って、その黒い布は地面に落ちて広がる。外套の下から晒されたのは、私の素肌と下着姿。サソリとトビから貰った赤いリボンがよく映える。デイダラは、私のその姿を堪能するように見回した後、首元に付けていたリボンを静かに解いた。まるで、贈り物の包みを開けるように、丁寧に。


「ずっと欲しかった。うん」
「デイダラ………」
「やっと手に入れた」
「あっ……、でいだら…、」
「悪くねぇな。誕生日ってのも」


ちゅ、ちゅ、と首筋に落とされていく、優しい口付け。恥ずかしくて頭が沸騰しそうで。部屋に蔓延する、甘ったるい火照った空気に当てられて、クラクラと逆上せた時のように体が宙を舞う。


「あっ、待っ…でいだら…!」
「女にここまでさせたんだ。応えてやらねぇと、男が廃るってもんだろ?うん」
「デイダラがやらせたんでしょ…!」
「オレはただ、旦那とトビに欲しい物を伝えただけだ」
「意地悪!」
「口の利き方がなってねぇな。今日はオイラが主役の筈だぜ、うん」


デイダラの手によって、ぽと、ぽと、と落ちていく薄い布切れを尻目に、私はそっと彼の頬に手を添えて。


「誕生日おめでとう、デイダラ」




これからも、ずっと。ずーっと、貴方の隣で。変わらずに、誕生日のお祝いをさせてね。でも、これからは仲間としてじゃなくて、貴方の恋人として祝福するよ。



5月5日。生まれてきてくれてありがとう、デイダラ。