角都にセクハラする

「……何をしている」

低く紡ぎ出された声は、静かなこの空間に響き渡って消えた。あくまでも彼…、角都は冷静で、こんな状況でも本を読む手を止めない。胡座をかき、頬杖をついて紙を捲っていた彼に、後ろから抱きついた私は、そのまま前に手を回して角都の胸を鷲掴んでいた。

「おっぱいを揉んでる」
「……離せ」
「ケチケチしないでよ、減るもんじゃないんだし」

他の人から見れば、あの角都にこの様な事をするなんて、どれだけ命知らずな女だと思うだろう。彼は暁の中でも一二を争う危険人物。仲間すら邪魔だと感じれば、何の躊躇いもなく殺してみせる。角都のそんな危ない一面は、よくツーマンセルを組んで任務をこなす私も当然ながら知っていた。知っているからこそ、私にはこういう事が出来るのかもしれない。

「……………」
「……………」
「………何がいいのだ。オレの胸なんて触っても仕方がないだろう」
「え、そうかな。いいおっぱいしてると思うよ。とても91歳には思えないね」

硬い筋肉しかないそこを、すりすりと摩ってみる。年齢的にはもうヨボヨボのおじいちゃんになっていてもおかしくない筈なのに、角都は筋肉もあるし背中も曲がってないし、とにかく全身がピチピチしていた。老いというものを知らない体は、もしかしたらそこら辺の若い男よりもいい体をしているかもしれない。

「………………」
「………………」
「………………」
「………ねぇ角都ー…」

結局角都は、それ以降何かを言うことも無く再び本に意識を戻してしまった。相変わらず私の手は彼の胸板にあるというのに、まるで何事も無かったかのように本を読んでいる。この状況でも読み続けるなんて、どんな神経してんの?曲がりなりにも、年頃の娘が胸触ってるんだよ?何か思ってもいいんじゃないの?

私も私で、懲りずにサワサワと触り続けていたが、角都が沈黙を破ることは無く。終いには私の我慢が限界を超え、構って構ってと後ろから彼の大きな体を揺さぶった。静かに、しかし着実に、角都の中の怒りのポルテージが溜まっていく。胸を触るという私の愚行を、角都にしては珍しく黙認してやっていたというのに、わざわざ自ら怒りを買うような行動を取っているのだ。角都がかなりの短気であることは、他でもない相棒の私が一番知っている。

「かーくーずー!」
「………………」
「無視しないでよ!」

半分意地になっている私が、角都の顔を覗き込んだの彼は見逃さなかった。咄嗟に掴まれた腕を引っ張られて、角都の前に引きずり出される。胡座をかいた彼の大きな膝の上に倒れこむと、上から殺気の籠もった目が降り注いだ。あ、本気で怒ってる。そう悟るのは簡単だった。

「付け上がるなよ小娘…。そんなにオレを怒らせたいのか」
「ご、ごめん……」
「そんなに死にたいなら望み通り殺してやろうか」

ああ、これはマジのマジだ。と心の中でぼやく。どうやらやり過ぎてしまったらしい。乾いた笑いを浮かべて、両手を挙げて降参ポーズ。もうしないから、と必死に訴えても、角都の双眸は相変わらず私を貫いていた。…多分信用されてないな、この目は。




「ねぇ!本当にもうしないから!」
「…信用できるか。殺されたくなければ静かにしていろ」

結局その後も、私は角都の膝の上から解放して貰えなかった。彼が後ろから私を抱きしめるようにして手を回し、その姿勢で器用に本を読んでいるものだから、逃げ道がなくて身動きが取れない。密着する体に、今度は私の心臓が限界を迎えそうだった。

とにかく今出来ることは、角都が早くその本を読み終わってくれる事を祈るだけ。ページを捲る彼の手元をじっと見つめて、必死に無心を装う。残りは数ページ、あと少しでこの時間も終わる…。待ち侘びる解放に、ぎゅっと目を閉じて耐えている頃。唐突に角都の手が本から離れて、私のお腹を這った。ばっと勢いよく振り返れば、目を細める男の姿。

「な、なに!?」
「…減るもんじゃないんだろう?」
「な……」

減るよ、確実に減る。私の寿命が。死にたくないよ助けて角都様!

そうどんなに懇願しても、最早無駄な足掻きだった。…あれで寿命、何年分縮まったのかな。