恋心雨模様

青い空を飛ぶ、白い鳥。デイダラが粘土で作った作品だ。こうして移動手段としても使えるなんてなかなか便利なものである。前を座るデイダラの後ろで正座をしながら、流れる空を見上げていた。青い空には所々黒い雲がかかっていて、しばらくしたら雨が降りそうだ。

ここ最近は雨続きで、今日は久々の青空だった。と言っても、空に掛かる黒い雲を見るからに、束の間の晴れ間になりそうだが。再び降りだしそうな空模様に小さくため息を吐いて、自分の体を見る。風にパタパタと揺らめく暁の外套が映る。その裾をぎゅっと握りしめて、居心地が悪そうに何度も姿勢を直したり座り直したりした。

「お前、トイレにでも行きたいのか?うん」
「はぁ?」
「さっきから落ち着きないな」

どうやら前のデイダラにも忙しないのがバレていたようだ。にしたって、女性に向かってトイレに行きたいのかなんて、デリカシーが無いにも程がある。ムッとしながら「違う」と否定すると、「だったら大人しくしてろ落ちるぞ」とだけ忠告して、また前を向いてしまった。私だって、好きでソワソワしている訳じゃない。これにはちゃんとした理由があるのだ。

暁の外套の下…。それが、私が落ち着けない理由である。いつもなら、外套の下に着ている忍び服が、今日は無い。つまり、外套を脱げば私は下着姿になってしまうという事だ。誤解されないように先に言っておくが、別に私は変態な訳でも露出の趣味がある訳でもない。この雨続きで洗濯物が乾かず、ついに下に着る忍び服が無くなってしまったのだ。しかしそんな理由で任務に出ない訳にはいかず、こうして下着の上に外套を羽織るという、いわば裸にエプロンみたいな状態になってしまった。

普通にしていればまずバレることは無いだろうが、いかんせん居心地が悪くて落ち着いていられない。とはいえ、任務先は遠く、とても徒歩でいけるような距離ではない。バタバタと風に靡く外套に冷や汗をかきながら、空を飛んで移動する他ないのだ。

(デイダラにでもバレたら、ここから飛び降りて死んでやる…)

物騒な決意をしながら、ちらりと前にいるデイダラの背中を見る。今はまだこうして彼も前を向いているからいいが、先程のように不意打ちで振り返られると冷や汗が出る。況してや相手は一応片想い中の相手。下着なんかを見られたらそれこそ恥ずかしさで爆死だ。彼の芸術のように。

「ねぇデイダラ。変なお願いするんだけど、あんまりこっち見ないでくれる?」
「は?お前喧嘩売ってんのか、うん」
「いや、変な意味じゃないけど、こっち見て欲しくないの」
「いや変な意味じゃなけりゃどんな意味なんだよ、うん」

失礼なお願いをしていることは百も承知だ。しかし理由なんか言えるわけが無い。とりあえず、こっち見ないでとお願いするしかないのだが、当然デイダラも納得いく訳がなく、こちらにくるりと振り返って眉間に皺を寄せている。確かに、突然こっち見んななんて言われたら、誰だってそんな反応になるだろう。私だってイラッとするもの。

「ちょっと、こっち見ないでって言ったじゃん!」
「どこを見ようが俺の勝手だ」
「もーお願い言うことを聞いて!今は喧嘩してる場合じゃないの!」
「喧嘩売ってきてるのはお前の方だろうが!うん」

ヒートアップしていく口論。いつも顔を合わせれば口喧嘩ばかりの2人なのだ、こうなることは簡単に予想がついた。私も私で、こんな言い合いしているような状況じゃないのに、と頭の片隅で思いながらも、段々デイダラとの言い合いに夢中になり始めていた。自分が裸に外套なんて格好をしていることも忘れて、だ。

「大体デイダラは意地悪だしデリカシーないし女心も全然分かってないのよ!モテないのも頷けるわ」
「けっ。女心なんて一欠片もない奴がよく言うな」
「なんですって!?」

デイダラの一言が、私の堪忍袋にトドメを差した。怒りに任せて立ち上がった私を、胡座をかいたデイダラが見上げている。あ、と思った時には既に遅かった。タイミングよろしく吹き上げた突風が、慈悲なく私の外套を捲り上げた。更に、神様とは意地悪なもので、それだけじゃ飽き足らず、私の捲れ上がった外套がデイダラの頭にすっぽり引っかかり、彼は私の服の中に頭を突っ込んでいるような状況になってしまったのだ。

最早悲鳴すらあげられない。デイダラも同じなようで、無言で固まったままである。当然、デイダラには見えているだろう。私が外套の下に何も着ていなかった事を。上を脱げば、下着姿になってしまう事を。しばらくそうして固まったいたが、ようやく我に返った私が、外套を手繰り寄せてデイダラの前に座り込んだ。しばらくそうして無言の時間を過ごした後、ぽかんとしていたデイダラが口火を切った。

「………お前、誘ってんのか」
「アホか!そんな訳ないでしょ!」
「なら何で下に何も着てないんだよ!」

デイダラの指摘はごもっともである。しかし私だって好きでこんな格好をしている訳じゃない。いつも着ている服が、ここ連日降り続いている雨のせいで底を尽きてしまったことを説明した。仕方ない事情があるのだと何度も強調して彼に伝えた。こちらの事情を把握したデイダラだったが、「だからってお前…」と赤くなった顔を片手で覆いながら深い溜息をついている。泣きたい。事情がどうであれこんな格好で任務に出てきてしまった自分を呪う。冷静になって考えてみれば、小南に服を借りるとかもっと方法があったのに。

「…ごめんね」
「何がだ、うん」
「見苦しいもの見せちゃって」

好きな人にパンツを見せた挙句、ごめんねと謝る羽目になる。デイダラは無言のままだ。その間、俯きながら色んなことを考え過ぎて、逆に何かを通り越してどうでも良くなってきた。開き直ったとも言えるか。元々デイダラには女扱いされていなかったし、この恋もほぼ百パーセント叶うことはないだろうと諦めていたものだ。私のパンツの1つや2つ見たところで、彼が動揺することはきっと恐らく絶対に…無い。無言の時間が耐えられなくなった私は、デイダラの返事も待たずに捲し立てた。自分の羞恥心を隠すかの様に。

「まあでも、別に今更パンツくらい、どうって事ないでしょ!」
「お前な、」
「デイダラとは毎日同じ場所で生活してる訳だし、最早家族みたいなもんだから」
「………、へぇ」
「兄に見られたのと同じでしょ!へっちゃらよこんなの!全く気にしない!うん!」

自分を無理矢理納得させているかのようだ。最後はデイダラの口癖まで移ってしまっている。でもこう言った方が、見てしまった側も気が楽になるのでは、という私なりの気遣いだったのだが。向かいのデイダラは思い切り不機嫌そうな顔になっていた。もしかして、お姉ちゃんとか妹とかの下着もあんまり見たくないタイプだった!?なんて的外れもいい所な勘違いをしていると、デイダラの手が私の外套に伸びた。呆気にとられてその滑らかな動きを見ていたが、デイダラはあろうことか外套のボタンを外そうとするものだから、私はそこで慌てて彼の手を掴んだ。

「何してんの!?」
「見られても平気なんだろ、うん」
「いやいやいや!だからって!」
「家族なんだもんなぁ、俺たち」

口端を吊り上げて無理矢理作ったような彼の笑顔が怖い。何に怒っているというのか。ボタンを外そうと指を動かすデイダラの手首を必死に掴む。だめだ、これを脱がされたら下着しか無いのだ。見られるかもしれないという羞恥心で顔は真っ赤になり、私の心の余裕は無くなる。あまりの必死さがデイダラにも伝わったのだろう、彼は鼻で笑いながら私の外套から手を離した。

「そんな必死な顔しといて、見られてもいいなんて嘘付くんじゃねぇよ」
「なっ……」

怒りで肩が震える。やはりこの男はデリカシーが無い。しばらくの間の後、ばちーん!空に乾いた音が響き渡る。そしてこれ以降、任務中に私とデイダラが言葉を交わすことは無かった。というより、一方的に私がデイダラを無視した。任務から帰ってきた時、リーダーがデイダラの顔を見て驚く。

「デイダラ。何だその左頬の手形は」
「…別に」

外は再び雨が降り始めていた。