夜に逃げる

うずまきナルトが、暁の狙う九尾の力を持っていることは、リーダーから聞いていた。暁の一員として生きる私は、彼と戦わなくてはならないことも分かっている。それでも私は、この男と対峙し戦いを交えた時、弱った彼にトドメを刺さず、そのまま見逃した。ナルトの真っ直ぐな目と心に触れて、私の中の何かが変わり始めていたのだ。「行きなさい」と告げた私にナルトは驚いていたが、ゆっくりと立ち上がった彼は眩しい笑顔を浮かべて、「お前は、なんだか悪い奴じゃない気がするってばよ!」なんて余分な一言を置いて、去って行った。遠くなって行く背中を見つめて、私は、自分が着ている暁の外套を見下ろす。そろそろ、潮時なんだろうか。

アジトへ戻る最中、色んな事を思い出していた。暁に入った時のこと。仲間と共に戦ったこと。その仲間が、今はもうどんどんいなくなってしまっていること。静まり返った目的地に帰って来る頃には、時刻はすっかり真夜中を回っていた。物音一つしないその場所へ、ゆっくり足を踏み入れる。

「随分と遅かったな」
「……!」

誰もいないと思っていた暗闇の先から声が響いた。大袈裟な程に肩を震わせて、その先を見つめる。闇から現れたのは、私と同じ、暁の外套を羽織った長身の男。残された数少ない暁の一員、ペインである。暁を仕切るリーダー的な存在である彼は、いつも冷静沈着で多くを語らない謎めいた人だ。かつて大蛇丸が暁を抜けて出て行った時、慈悲なく殺しに行けと命令を下したのも彼である。そして…、私が心から信頼し、ずっと一緒に血濡れた道を歩んで来た彼だ。ペインと2人きりの状況に、自然と体が強張った。

「…リーダー。いたのね」
「居たらまずかったか?」

私の反応を探っているようだ。こちらに後ろめたい事があるのは既に見透かされている。この男はそういう男だ。相変わらずの無表情で、こちらを真っ直ぐに見つめるこの男は、今何を考えているのか。一定の距離を保って警戒しながらペインを見つめていると、ペインは私の心の内を知ってか知らずか、早速核心に触れてきた。

「九尾の行方は掴めたか」
「……、いいえ。探したけど、うずまきナルトとは出会わなかった」

咄嗟に嘘をついた自分に、自分自身が驚いている。何故、私はうずまきナルトを庇っているのだろう。理由を聞かれても明確な答えを返せる自信が無い。でも、少なくとも今私が信じたいと思うのは、暁では無い。誰でもいいから、暁に代わる何かに縋りたい、そのタイミングで現れたのがうずまきナルトだったから、だろうか。大切だった仲間が1人、また1人と欠けていく今、私はこの暁に居続ける理由を失いかけている。私のその複雑な葛藤を、目の前に立つペインは察しているのだろうか。彼は、嘘をついた私を真っ直ぐ見つめて、「そうか」と一言だけ返した。案外あっさりと引き下がったペインに、拍子抜けしたのも束の間だった。

「残念だ、ななし。もっと上手く嘘が付ければ、もう少し長く生きられただろうに」
「……私を疑ってるの?」
「暁は裏切り者を許さない」

疑うも何も、私の心が離れつつあるのは事実だ。完全にそれを見透かされている。きっとペインは、私を始末する為にここで待っていたのだろう。嫌でも分かる。私はこの男には勝てない。圧倒的な実力の差を前に、情け無くも体は震えた。それでも、大人しく殺されてなんかやらない。みっともなく最期まで足掻いて足掻いて時間を稼ぐ。ペインはきっと、私がナルトと対峙したことを知っている。そして、私を始末した後、ナルトの後を追うだろう。そうはさせない。思い通りになんかさせるか。それが、私の最期の意地だ。その後に、私もみんなの元へ行こう。私の目を見て、応戦するつもりでいることがペインにも伝わったようだった。

「俺に刃向かうか」
「黙って殺されてたまるか…!私は、新しい時代の為にお前と戦う!」

先手必勝。向こうから仕掛けられる前に、こちらから一気に片をつける。勢いよく走り出した私を前に、ペインは微動だにしなかった。懐から取り出した短刀で、迷いなく彼の体を貫く。確かに感触はあったが、目の前にいた黒い男は消え、代わりに背後に現れたのが気配で分かった。傷ひとつ付けられずに、呆気なく私は殺されるのか。死への覚悟は出来ているが、目の前にそれを突き付けられるとやはり恐怖心が出てくる。背後から羽交い締めにされるように、腕が喉に食い込んで咳き込んだ。

「何故だ」
「う…ぐっ……」
「何故暁を裏切った」

ペインの声音にハッとして、後ろを見上げた。あの感情を表に出さないペインの目が、動揺、迷い、悲壮に揺れていた。初めて見る彼の顔に、私は何も言えなくなる。どうして、そんな顔をするのだろう。かつての仲間だろうと、裏切り者だと判断すれば容赦なく殺せる、それが彼…ペインだと思っていたのに。そんな瞳を見てしまったら、私も心が揺らぎそうだ。気付けば、喉を締め付けていたペインの腕は弛み、代わりに後ろからきつく抱き締められていた。その腕に手を添える。彼も今、迷いの最中にいるのかもしれない。

「ペイン…、私を、殺すの?」
「それが…トビからの命令だ」
「…そう…」

それでも答えは変わらないか、と諦めて眼を閉じた。先に行ったサソリやデイダラたちの元へ行くのも、悪くないかもしれない。どうせ生きていたって、戦い殺し、血に濡れる毎日。私はただ、争いや戦争の無い世界を夢描いていただけなのに。そしてペイン、叶うならば、その争いが無くなった平和な世界で、密かに温めてきたこの想いを告げ、共に静かに暮らしたかった。いつからこうなってしまったのだろう。人を殺したくなくて、殺し続けた。返り血で真っ赤に染まった体は、どれだけ洗ったって綺麗にはならない。

「…うずまきナルトを見逃した時に、既に覚悟はできていた。貴方の手で死ねるなら、私は…、」

その先は言えなかった。ぐいと掴まれた肩を引っ張られて振り返った瞬間、ペインの唇が、私の唇を塞いだからだ。まるで、その先は言わせないと言うかのように。唇が離れた一瞬の隙間から、「ペイン、ちょっと、」と彼を止めようとするも、それすら阻まれる。離れては重なり、離れては重なるを繰り返し、何度目か分からないキスを交わした後、彼はゆっくりと顔を離した。息が上がった私は、すっぽりとペインの腕の中に収まっている。突然のペインの行動には動揺したが、それでも唇を重ねている間、全てを忘れられた。ほんのひと時ではあるが、確かに幸せを感じていた。

「俺にはお前を殺せない」
「ペイン…」
「最初から殺すつもりなど無かった」
「…それだとペインも裏切り者になってしまう」
「別に構わない。お前が信じた者なら、俺も信じよう」

暁から逃れることは、きっと出来ない。裏切った私たちを地の果てまで追いかけ、殺そうとするだろう。今から私とペインが選ぼうとしている道は、これまで以上に険しく、血に濡れた道なのかもしれない。でも今よりも違う事実が一つある。この道の先には間違いなく光があるという事だ。私は、今日出会ったあのうずまきナルトの背中に、その光を見た。もしかしたら、私が思い描く世界は、夢や幻想じゃなくて、現実になるかもしれない。その為の架け橋になりたい。1人では成し得ない事も、きっと隣にリーダーが…、ペインがいてくれたら、何でも出来そうな気がする。そんな勇気が、私の背中を押してくれていた。

「暁は、元々俺たちが立ち上げたもの。今こそ、俺たちは暁として、闘う必要がある」
「私の覚悟は決まってる。最後まで暁に…ペインに添い遂げる。貴方の夢を果たすまで…それが私の夢だから」
「俺もお前に誓おう。これから戦いの渦中に身を投じる事になるが、必ず、お前を守り通す」

月の光を背に、再び影が重なる。来るであろう、粛清の手から逃れる為。そして、未来の為、光の為に、私とペインは闇の中へ溶けていった。