「あの…私、てっきりもう貴女とは会えないと思ってたんだけど」
「思ったより早く再会できたね!」
「…ななし、一体どうしたの」
呆れた顔で私の前に立つのは、ヨツユだった。彼女は、私がまだ里にいた頃の友達で、良き理解者である。そしてついこの間…、私のことや、里のことでイタチやデイダラと交戦し、過去と決別して新たな人生を送っている最中でもあった。そんな彼女に永遠の別れを告げてから、今日こうして再会するまで随分と早かったものだ。私は大きな荷物を抱えて、かつての生まれ故郷、その少し外れに建つ小さな小屋を訪れていた。
「ヨツユ、おじいちゃんのところに住んでたんだ」
「まあね。あの里にはもう誰も住んでないし…頼れるのはこの人だけだったから」
ヨツユが後ろを振り向くと、おかえり、と笑いながら出迎えてくれるおじいちゃんの姿。おじいちゃんもまた、私が里にいて、この力を無理矢理使わされていた頃に何度も庇ってくれた味方である。少し前には、敵の術にかかった私を助けてくれた事もある。私が暁を出て唯一頼れる人…、それがこの二人なのだ。突然の私の帰還に驚きを隠せないままでいるヨツユは、ずかずかと中に入っていく私の後を追ってきた。
「ねえななしってば!」
何も話さないままの私の腕を掴んで引き止める。でも、ヨツユを振り返ることができなかった。私はきっと今、すごく酷い顔をしているだろうから。
私は少し前に、ヨツユに言った。暁のみんなの傍にいたいと。暁のみんなの為に力を使いたいと。それは嘘ではないし、今もその気持ちは変わらない。でも、私は今こうして逃げ出してきてしまった。明確なきっかけならある。私がここにいる理由…、それは紛れもない、暁のみんなの事や、自分の立場に悩んでいるからだ。だけどそれをヨツユに打ち明けたら…この感情が止まらなくなってしまいそうで…。一度決めたことに対して弱音を吐くことを躊躇っていた。だけど、ヨツユにはそれすら全てお見通しで、私の体を後ろから抱きしめてくれた。
「何かあったんでしょう。暁で」
「…ヨツユ………」
「話してよ、今更隠すことなんてないでしょ。私たちの仲なんだから」
優しいヨツユの腕、声。それに窘められて、私はついに我慢していた想いがあふれ出した。おじいちゃんがほっと息を吐きながら、人数分のお茶を淹れようとしてくれている。こんな風に突然帰って来たのに、二人はいつでも私の味方でいてくれる。寄り添ってくれる。弱り切った私の心には、それが痛い程に染みた。
私はヨツユの温かさに触れ、ここに帰って来ようと思った経緯をぽつぽつと話し始めたのだ。
ーーーー・・・・
シラユキ、という名の新しいメンバーがやってきた。彼女はとても美しくて優しくて、気が利くし料理も上手。何より、私と同じ、傷を癒す術を持っていて、強力な医療忍者として暁に貢献していた。最初から彼女に対して、私は何となく焦りのようなものを感じていたのかもしれない。…"私の居場所がなくなるかもしれない"という焦りを。
戦う術を持たない私は、常にみんなに対して劣等感や罪悪感を抱いて過ごしていた。戦いの場になれば、みんながいないと自分の身すら守れない。そのせいで、今まで何度も危険な目に遭ってきたし、私を庇ってみんなが怪我を負うことも少なくなかった。私の存在はみんなの負担になっている筈なのに、それでも彼らの傍にいれたのは、私に『噛むと傷が治る』力があるから。この特殊な力が無ければ、私はそもそも暁に居るどころか、彼らと出会ってすらいなかったかもしれない。
そんな折、突然やってきた女性。彼女の使う医療忍術は、私よりも負担が少なく且つ素早く力を発揮できる。反対に私は、いちいち噛まなければその力を発揮することが出来ない。どっちの力が重宝されるかなんて、一目瞭然だ。戦闘の場に置いて、一瞬、一秒のその時間が命取りになることもある。噛む、という動作を挟まなければならない私の力は、シラユキの存在がある今、わざわざ使うことも無いのだ。…というのは、私の勝手な思い込み。実際に暁の誰かにそういった事を言われた訳ではない。でも、あそこにいると、どんどん自分が苦しくなった。
不死身だからっていつも突っ込んでいく飛段は、よくシラユキの力のお世話になっていた。元々騒がしい飛段の性格もあって、二人はすぐに打ち解けていた。飛段と打ち解ければ、自然と角都とも過ごす時間が多くなって、あのコンビはあっという間にシラユキに絆され、彼女をよく任務に連れていくようになった。
イタチと鬼鮫は、元々物腰柔らかい優しい人だから、よく彼女が作る料理に感想を言っていた。特に甘味が好きなイタチは、シラユキの手作りスイーツに舌鼓を打っているところを何度も目にしている。そうしてイタチの胃袋を掴んだシラユキは、あのコンビとも比較的早く馴染んでいった気がする。今では、彼女の作るスイーツを楽しみに、早めに任務を終わらせて帰ってくる始末。
デイダラとサソリのコンビが唯一の生き残りであったが、結局彼らも陥落した。私がまさに目の当たりにした、シラユキがデイダラの傷を癒す光景。あの任務の後、デイダラは彼女に心を許したような気がする。シラユキ、と名前を呼び捨てで呼ぶようになったし、他のコンビ同様デイダラがそうなれば、彼と一緒に過ごすことの多いサソリも、彼女との時間が増えていく訳で。
元々ペインはシラユキを連れてきた張本人であり、彼女の力を買っていた。任務にも慣れ、それ以外でもテキパキと家事をこなして暁をサポートしてくれる彼女にはよく感謝しているのを知っている。「少し休め」などと気遣えば、シラユキは「いいえ、そんな…。私にはこれくらいしかできませんから…」なんて甘い雰囲気を醸し出す彼らを、小南が恐ろしい顔で眺めていたのを思い出した。あの時の小南は誰よりも恐ろしかった。
トビは論外。あんな感じだから、「シラユキさーん!買い物お供しまーす!」なんて言って、よくシラユキの食材の買い出しに同行しているところを見た事がある。元々トビは距離感が異様に近い男だ。恐らくシラユキの護衛を兼ねて付き添っているのだろうが、私が買い物に行くときはこっちが頼まないと付いてきてくれないのに!
そんな具合で、みるみるシラユキ色に染まっていく暁に、私はいよいよ居場所が無くなってしまって、…というか、見事にシラユキにデレデレな奴らに怒りを覚えて、書置き一つ残して出てきてしまったのだ。いくらシラユキが美人で優しくて気が利いて治療もできてお淑やかだからって…、とシラユキのいいところを並べていく内に、あれ?私何1つ勝ってないんじゃないか?なんて考えに至り、また自分で落ち込んでしまう。それらを全て、息もつかずにヨツユに打ち明けると、少しだけ心が軽くなったような気がした。こうして相談する相手がずっといなかったのだ。
だが、こんなものは言ってしまえば私のヤキモチみたいなもの。自分でもこの程度で暁を出てくるなんて、馬鹿げているなとは思っている。今さらヨツユの反応が心配になった。
「ご、ごめん、ヨツユ…。くだらないって、思ったでしょ…」
「ええ、全くだわ。くだらない」
「だ、だよね…。ごめん…」
「くだらない男たちだわ、暁の連中!!!!」
ヨツユの反応は、私が予想していたものとは180度違った。怒りにその目を燃え上がらせ、勢いよく立ち上がる。握りしめられた拳は殺気で震えていて、友達である私ですら、その迫力には驚いて何も言えなくなってしまった。
「ななしへの恩も忘れ、新しくやってきた女に現を抜かすとは…。やはりあの時、アイツらを殺して貴女を引き止めるべきだった!!!」
「よ、よつゆ…?」
「安心しなさい、ななし。貴女はとても美しくて強くて可憐な女よ」
よしよし、と抱きしめて私に頬擦りをするヨツユ。そんな彼女に呆気に取られていると、今まで黙って見ていたおじいちゃんが豪快に笑っていた。
「ヨツユは昔からななしの事になると周りが見えなくなる所があるからなあ」
「そ、そうなの…?ありがたいけど…」
「ななし、大丈夫よ。今日からここで三人で暮らしましょう」
貴女の良さが分からないなんて、私にあんな大口叩いといて、やっぱりアイツらは信用できない、と、私の何倍も暁に怒りを燃やすヨツユを見ていると、何だか笑えてきてしまって、思わず吹き出した。そんな私を見て、ヨツユもきょとんとしている。ああ、こんな風に心から笑ったのはいつ振りだろう。やっぱりここに来て正解だったかもしれない。暁のみんなは心配しているかもしれないけど、あのままあそこにいたら、黒い感情に飲み込まれてしまっていたかもしれないから。
一頻り笑った後、私はヨツユの『三人で暮らす』という提案に首を振った。先程彼女には、暁を出てきたと説明したが、それは一時的なもので、落ち着いたら戻るつもりなのだ。それに、ここにこうして一人でやって来たのは、もう一つ気掛かりな事があったからである。
「私、暁を抜けた訳じゃないの。だから、自分の気持ちが落ち着いたら戻るつもり」
「でも、シラユキって人がいたら、貴女はまた悩むんじゃ……」
「その、シラユキの事なんだけど…」
ここからは、全て私の憶測…言い換えれば女の勘、だ。確たる証拠がある訳ではない。私の個人的な感情が、シラユキという人物を歪んで見せているのかもしれないが、とにかく私は彼女に対して『信用してはならない』と警鐘を鳴らしていた。そう思う根拠は、暁のみんなに不可解な出来事が起こり始めていたからだった。
「彼女が暁に来てから、みんな倦怠感を感じたり、体調を崩す事が多くなったの。今はまだ軽度なものではあるけど、あんなにみんな揃って体の不調を訴えるなんておかしい」
「その事と、シラユキって女が関係してるの?」
「証拠はないけど…、ヨツユも女だから分かるでしょ?こういう時の女の勘って結構バカにならないのよ」
シラユキはただの医療忍者ではない。私はそう睨んでいる。みんなが体調を崩し始めたのも、何かカラクリがある筈だ。シラユキに完全に絆されてしまった暁の中で、唯一この謎を解けるのは私だけ。最悪、もしシラユキに裏の顔があったとするならば、戦闘になる可能性もある。シラユキが戦っているところは見た事が無いが、その術を隠しているだけかもしれないのだ。どっちにしても、1人で彼女を探るには危険を伴う。
「私、みんなを守りたい。だから知恵を貸してほしいの、ヨツユ。その為にここに来たんだ」
「…ななし…。どうしてそこまであの連中を…」
ななしを連れ戻したかったヨツユにとって、彼女を蔑ろにして別の女性にかまけている暁は、到底許せなかった。そして、それに悩んで飛び出してきてしまった私の身を本気で案じてくれている。なのに私は、相変わらず暁の事ばかりを考えていた。もしみんなの身に何かあったらどうしよう。いつも守ってもらっているから、今度は私が守ってあげたい。そんな想いは、どんな時でも変わることはない。ヨツユに自分の気持ちを打ち明けてスッキリしたら、改めて暁の大切さを実感したのだ。
私の話を聞いて、すっかり考え込んでしまったヨツユだったが、やがてその難しい顔を上げて私を真っ直ぐ見つめた。何か思い当たる事があるらしい。しかしヨツユもヨツユで、その知識を披露するにはやけに自信が無さそうだった。
「今のななしの話を聞いていて、1つだけ思い浮かんだ事があるんだけど…」
「な、なに!?どんな些細なことでもいいの!教えて!」
「…正直、伝承の中の人物だから、本当にいるのかどうか…」
言いにくそうにしているヨツユが辿り着いた、ある1つの伝承。信じがたいが、しかし。今の暁に起こっていること、そして突然現れた謎の美女、みんなの体調不良…。それら全てが、その伝承と繋がっていたのだ。
「………夢魔。男の夢の中に現れ魅了し、生命力を吸い取るとされている女の妖怪」
ーーーー・・・・
『実家に帰らせて頂きます。すぐ戻るので心配しないで下さい。ななし』
デイダラの手の中には、一枚の紙切れと、そこに踊る綺麗な文字。そしてデイダラの手元を覗き込むようにして並ぶのは、暁の面々である。ななしの姿が見えないことにいち早く気付いたのがデイダラで、アジト内を探し回っていたところ、この置き手紙を見つけたのだ。まるで喧嘩した夫婦のような書き置きに、一同は茫然となる。
「…これ、怒ってんのか?うん」
「デイダラちゃん、また何かしたんじゃねえの」
「オレじゃねえよ、…多分。お前だろ飛段」
「俺でもねえよ!なあ角都」
「…さあな。お前はやかましい奴だ、知らぬ間に余分な事を口走ったんじゃないのか」
「えっ」
「すぐ戻るとはありますが、大丈夫ですかねぇ」
「…心配だな。鬼鮫、すぐに追うぞ」
「ってイタチ先輩!ななしさんがいる場所、分かるんですか!?」
「何となく予想は付いている」
そのたった一枚の紙切れで騒騒しくなるメンバーを前に、一連の流れを見ていたシラユキが遠慮がちに手を挙げた。「ななしさんを探すなら、私も行きたい」と。最近のシラユキは、暁のみんなにべったりで常に行動を共にしていた。どんな時も離れず、みんなの傍に…。そんなシラユキの申し出にイタチが頷こうとする、それよりも前に、同じく一連の流れを無言で見つめていた小南が口を開いた。
「迎えに行く必要はない」
「……小南。どういう事だ、うん」
相変わらず淡々とした物言いは、一見冷たさを感じさせる。だが、小南は間違いなく、この面々の中で一番ななしの心境を理解していた。そして、小南もまた、彼女…シラユキが持つ不気味さに気付いていた。
「お前たちが行けば事はややこしくなる。ななしの邪魔をするな」
「はあ!?なんでそんな事お前に決められなきゃ、」
「邪魔をするな」
飛段の抗議すら、小南は問答無用で叩き返した。その只ならぬ威圧感にシンと静まり返る。腑に落ちない彼らの顔を一瞥した後、小南はシラユキに近付いてそっち耳打ちをした。彼らを背にして立つシラユキのその時の表情は、誰にも分からない。だがシラユキ自身もまた、小南と…ここにいないななしに対して焦燥感を抱いていたのだった。
「…シラユキ」
「…………」
「気を付けて。…女の勘って意外と当たるものだから」
貴女も女なら分かるでしょう?そう笑う小南に、シラユキは何も返せず俯いていた。