新年会を終えた翌日から、私の戦いは始まった。あの時デイダラに伝えられなかった想い。それを今度こそ告げる為、私は何度も何度もデイダラに接触した。
ある時は、任務の無い昼下がりの午後。
「デイダラ!」
「なんだようるせぇな。こっちは芸術活動に忙しいんだ、遊ぶ相手が欲しいなら他所へ当たってくれ。うん」
「デイダラに伝えたい事があるの!」
しっしと手を払うデイダラを無視して、私はずかずかと彼の部屋に上がり込む。伝えたい事だあ?とじっとりとした半目でこちらを振り向いてきた彼だったが、私のその真剣な表情を見ると、みるみるその顔つきが変わっていった。椅子に座るデイダラに歩み寄り、赤く染めた頬で顔を覗き込む。ぐっと距離を縮めると、デイダラもほんのりと顔を赤くして、「な、なんだよ…」とたじろいでいた。
「新年会の時…、言えなかったこと…」
「え…」
「それを、どうしても伝えたくて」
ごくり、とデイダラの喉仏が上下する。恐らく彼は、大体の予想がついているだろう。私が一体何を言おうとしているのか。その証拠に、デイダラの目は期待に輝いていて、じっと私を見つめている。早く言え、と言わんばかりのその表情に、私も緊張が高まって。最早お互い、何となく同じ気持ちであることは察しがついていた。多分、デイダラも私と同じ気持ちでいてくれている。だけど、それをちゃんと伝えなければ、この関係から脱却することはできない。静かなこの部屋の中で、誰にも邪魔されないまま、二人の世界へと溶け込んでいく。
「デイダラ…。私…、」
「……早く言えって」
「意地悪だけど、いつも守ってくれて、たまにむっつりスケベだけど、でもかっこよくて強くて、」
「所々余分だな、うん」
「だけど私は、そんなデイダラが…!」
「お、オレが…?」
「デイダラが、す、」
「あ!!ななしさん発見!!そぉれスカート捲りならぬコート捲りー!!」
「きゃああああ!?」
突然後ろから響いた、第三者の声。新年会のあの時と同じ。またしてもトビが、絶妙なタイミングでデイダラの部屋の前を通りかかり、彼に詰め寄る私の姿に目を輝かせてずかずかと中に入ってきた。挙句の果てには、背を向けていた私の外套をばさりと一気に捲り上げてセクハラをしてくる始末。トビの前には、忍び服を纏った私のお尻が。デイダラの前には、露出された太腿が晒されて、思わず悲鳴を上げる。真っ赤な顔のまま、舞い上がった外套を慌てて押さえている内に、背後では『ミシッ』と骨の軋む音が聞こえた。
「……何してんだトビ」
「で、でいだら先輩…。もう少し手加減してください…」
デイダラに殴られてタンコブを三つ作ったトビが、降参ですと言わんばかりに白旗を振っている。私が鉄槌を下すまでもなく、デイダラの手によって制裁が加えられたようだ。ぎゃあぎゃあと喧嘩が始まって、一気に騒がしくなったこの部屋では、とても先程のようなムードを作り直す気にもなれず。結局、私の想いはこの時も邪魔されて伝えられぬまま、チャンスは逃れていってしまったのだ。
(諦めるのはまだ早い…!チャンスなら幾らだってあるんだから…!)
何度邪魔されようとも、私は決して諦めない。揉めるデイダラとトビの傍らで、密かに闘志を燃やす。そんな私を、胸倉を掴まれているトビが、仮面の奥の瞳を赤くして睨むように見つめていることなど気付かずに。
ある時は、デイダラが任務から帰って来た時。
夜中に帰ってきたデイダラとサソリのコンビを待ち構えていた私は、アジトの入り口でおかえりなさいと笑顔で出迎えた。私のこのお出迎えは、最早暁メンバーの中では恒例の行事となっていて、できる限り任務から帰ってくる人たちには『おかえりなさい』の言葉を掛けるようにしている。こうして、私は彼らに怪我がないかどうかもチェックしているのだ。
デイダラとサソリのコンビは、あまり素直に『ただいま』と返事をするタイプではない。無言のままコートの汚れを払ったり、帰ってくるのに使った鳥の粘土細工をしまったりするのだが、それは決して無視をしている訳では無く。必ず二人は、『ただいま』の言葉の代わりに、私の頭を数回軽くぽんぽんと撫でるのだ。この日も、サソリは私の頭を撫でた後、後ろにいたデイダラに向かって、「先に戻ってるぞ」と言い残し、アジトの中へと消えて行く。残された私とデイダラは、無言でお互い見つめ合って。
「……ん」
「え」
「ん!」
「だから何だよ、うん」
私は周囲に誰もいないことを確かめると、目を閉じて『ん』と言いながら唇を差し出した。最初こそ、一体何の真似だと眉を顰めていたデイダラだったが、痺れを切らした私がうっすらを目を開き、恥ずかしさを押し殺して彼を睨んだのだった。
「……ただいまのチュー」
「は!?」
早く!ともう一度目を閉じて、唇を差し出し、少しだけ背が高いデイダラの為に首を上へ傾ける。一気に顔を真っ赤にしたデイダラは、動揺して一歩後ろに後ずさった。なかなかやってこない温もり。だけど私だって簡単に引き下がるつもりはない。もう私とデイダラは、新年会の時に散々キスを交わしたんだ。それだけじゃない、今までにだって何度も…。今さらこんなキスくらい、簡単じゃないか。
最初のうちは動揺していたデイダラだったが、彼も彼で、先程の私と同じように周囲をきょろきょろと見渡して人の気配がない事を確認すると、ようやく私の元へ近付いてきた。じゃり、と地面を踏む音が聞こえて、デイダラが傍にいることを感じ取る。ごくりと生唾を飲み込んだ彼が、がしりと私の肩を掴むものだから、驚いてびくりと大きく体を震わせてしまった。
「…後から殴るのは無しだぞ、うん」
「そ、そんな事しないから」
「お前人の顔しょっちゅう叩くじゃねえか、うん」
「しないって言ってるじゃん!早く…また誰かに邪魔されちゃう」
キスして。と上目遣いでお願いすると、デイダラはくらりと軽く眩暈を起こした。訝し気な顔をしている私を睨むように見下ろして、再び肩に手を置いてくる。
「目ェ閉じろ、うん」
「あ……、うん……」
私から誘った癖に、いざその時になると緊張して声が震える。胸の前でぎゅっと手を握って、固く瞼を閉じた。閉じた目の向こうでは、真剣な顔をしたデイダラが、僅かに顔を傾けながらそっと私に近付いてくる。嫌という程高鳴るこの心臓の音がデイダラにも聞こえてしまうのではないかと不安になった。
このキスを交わせば、きっと私とデイダラの想いは繋がる。何となくそう確信していた。デイダラとのキスは、優しくて温かくて、でもどこか彼らしい強引なキス。私はそのキスが、大好きだ。
二人の間にある距離は、どんどん縮まっていく。もう、私とデイダラの邪魔をする人はいない。私たちを見下ろしているのは、空に浮かぶ綺麗な満月だけ……、
「ななしちゃん、ちゅー!!」
「んぐっ!?」
聞こえてきたのは、デイダラの声ではない。ちゅー、という言葉と共に、何かが唇に押し当てられる感触を感じて、私は慌てて目を開けた。眼前に広がるのは、橙色をした渦巻く何か。無機質な冷たい異物が、ぎゅううと口に押し当てられているので、息苦しさにくぐもった変な声が漏れてしまう。じたばたと暴れる私の体を、そいつは逃すまいと固く抱きしめてくるものだから、みしみしと骨が軋んで一気に顔が真っ青になる。ようやく唇が離れた頃には、私の意識は遠のきかけていた。
「と……、とび……!?」
「いやあ、デイダラ先輩があまりにもななしさんを待たせるものだから、僕が代わりにチューしちゃいましたよー!あははは!」
朗らかに周囲に花を飛ばしながら笑うトビ。「もう!キスして欲しいならいつでも言ってくださいよ〜!」なんて言いながら、再び私にその面を付けた顔を近付けてくる。「ひいいい!」と悲鳴を上げて目に涙を浮かべる私の肩を背後から掴んだデイダラが、己の後ろに私を隠してトビの面をがっちりと掴んだ。めりめりと軋む音を響かせるトビのお面。
「え。ちょ、ちょっと、デイダラ先輩?」
「…死に方選ばせてやるよ、トビ。どんな風に殺されたいか言ってみろ、うん」
「ええ!?そんな事言って!どうせ爆死でしょ!」
喝!!とデイダラ渾身の叫びが満月の夜に響き渡る。大きな爆発音と、吹っ飛ぶトビの悲鳴に起こされた鬼鮫やイタチに、何故か私まで説教を喰らってしまうのだった。
(ま、まだまだ…。まだめげないわよ私は…!!)
ある時は、デイダラがお風呂に入っている時。
バスチェアに大股を開けて座る彼が、ごしごしと髪を洗っているのを見つめ、私はそっとその場に足を踏み入れた。デイダラは未だに忍び寄る私に気付いていない。ゆっくりと背中に近付き、泡立つ彼の髪から見えるその耳に口を近付けた。
「デイダラ」
「うお!?!?」
驚いて飛び退いたデイダラが、鏡にべったりと背中を付けて私と距離を取っている。「な、な、な、」と震える指で私を指差している彼。その慌てっぷりには私も少し笑ってしまった。予想以上にいいリアクションを取ってくれて気を良くした私は、調子に乗ってデイダラに近付く。
「お背中流します、あ・な・た」
「ばっ……!おまっ、ここ男湯…っ!」
真っ赤な顔を逸らして、必死にこちらを見ないようにしていたデイダラだったが、立ち込めていた湯気が段々と晴れて来た頃、ちらりと私に視線を向けて。
「……って、服着てんのかよ、うん」
「はぁ?当たり前でしょ!誰がすっぽんぽんで来るのよ」
どこか拍子抜けしたような顔のデイダラに、今度は私が顔を赤くしてそっぽを向いた。
「………何期待してるのよ、えっち」
「……うっせ」
つまらなそうに吐き捨てたデイダラが、再びこちらに背を向けて髪を洗い始める。間近で見てみると、彼の背中は、今までの戦いで付いた傷跡がいくつも残っていた。無意識のうちにその傷跡を指で触れてなぞっていると、じっとりとした視線が私を振り返っている。
「……お前。いい加減にしねぇと本気で怒るぞ、うん」
「え、何が?」
「……………はぁ」
分かっていない私に対し、わざとらしい盛大な溜息を漏らすデイダラ。風呂場なら流石に誰にも邪魔されないだろうと睨んで、彼との二人きりの時間を作ろうかとやって来たのに、なぜそんな溜息をつかれるのか。ムッとしてデイダラを睨むと、いきなりシャワーのお湯を掛けられて、私は服ごと全身ずぶ濡れになってしまった。突然のことにぱちぱちと瞬きを繰り返して呆然とする。
「な………」
「服着て風呂入る奴がいるか、うん」
脱げ、と一言。完全にスイッチが入った様子のデイダラは、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて私を見下ろしている。オイラが体洗ってやるよ、とこちらに近付いてくる彼の、程よく筋肉がついた体に、ツーと水が滴っている光景が眼前に広がって目に毒だ。いつもは髷を結っている髪も下ろされて、毛先からポタポタと雫が落ちている。その妖艶な姿に目を奪われた私は、うわ言のように口を開いた。
「デイダラ、私……!」
「デイダラ先輩。お風呂でタオル巻くなんて邪道ですよ邪道!後の人の事も考えなくちゃ」
またしても響き渡った、私でもデイダラでも無い声。いつの間にかデイダラの隣に現れたトビは、何の躊躇いもなくデイダラの腰に巻かれていたタオルを取り去った。ばさりと空を舞うタオル。まるで時がスローモーションのように流れていく。「え」と間抜けな声を漏らすデイダラのソレが、私の前に惜しげも無く晒されて。その隣には、これまたトビの一糸纏わぬブツ。2つ並ぶそれを交互に見ていた私だったが、ぐんぐん顔の熱は上昇していき、終いには目を回し、鼻血を噴出してぶっ倒れてしまった。
「あっ、おいななし!!トビ!テメェゴルァ!!!」
「あれ、ななしさんには刺激が強過ぎました?」
「俺のタオルを勝手に取ってんじゃねぇ!ってかお前のそのお面の方がどう考えても邪道だろうが!うん!」
「このお面は僕の体の一部なので」
「ふざけんな!取りやがれ!!」
うーん、うーん、2つのキノコが……、と魘される私を他所に、風呂場で追い掛け逃げ惑うデイダラとトビ。遅れてやってきたイタチと鬼鮫のコンビが、ようやくこの事態を収拾したのである。
「邪魔しないでよトビ!!」
私の怒りは遂に爆発して、自室でスヤスヤとお昼寝をしていたトビに怒鳴り散らした。突然の怒声に飛び起きたトビは、寝惚けながら辺りを見回し、「あれぇ、そんな怖い顔をしてどうしたんすかななしさん」なんて呑気に笑っている。この男のせいで、私は尽くデイダラへの告白に失敗している。いつも後少しというところで、決まってコイツが現れるのだ。
「私とデイダラの邪魔して!楽しんでるんでしょ!性格悪いわよ!」
「一体何の事っすか!僕分かんな、」
「トビ。仏の顔も三度までよ。いい?次邪魔したら許さないからね」
あくまでも惚けるトビの言葉を遮って、その胸倉を掴む。前後に揺さぶりながら、渾身の低い声で脅しを掛けると、私の手を突然トビが握ってきて。
「…俺にそんな口を利くとは、随分と生意気になったものだなななし」
「……出たなうちはオビト」
トビの本性。それを露わにした彼が、がっちしと私の頭を掴んでいる。私がオビトの人格に弱い事を知っている彼は、こうして二人きりになると頻繁にそれを出してくるのだ。全くもってタチが悪い。だけど今日という今日は、私だって負けるものか。うちはオビトで脅せばいう事を聞くと思っているのなら、大間違いだという事を証明してやる!
「お、オビトバージョンで脅してきたって、私には何も通用しな、」
「ほう?」
「通用、…しな……」
「それは残念だな、ななし」
「し……な……」
「……………」
これぞ無言の圧力というものか。眼力で私を黙らせたオビトは、ふん、と鼻を鳴らしながら腕を組んだ。強さを振りかざして威張るなんて狡い。恨めしそうにじっとりと睨む私の視線を受けながら、彼はトビに逆戻りして。
「残念ですけど、ななしさん。貴女と一緒に地獄に堕ちるのはデイダラ先輩じゃなくて、……この僕ですから」
え、と呆気にとられる私の顎を掴んで、オビトは熱く口付けてきたのだった。
「鬼灯?なんだそりゃ」
「お前たちがこの間新年会を行った場所があっただろう」
この場にいないトビとななしを抜いて、全員が集合しているその場では、ペインが前に立って全てを打ち明けていた。ペインは、何も適当にあの店を選んで、新年会を開いた訳ではなかったのだ。そこには明確な目的があり、その目的の為、新年会と称して何も知らない暁のメンバーを投入した。
「あの店は、鬼灯と名乗る犯罪者集団の表の顔だ。奴らはああやって飲み屋を経営している傍ら、裏では悪事や犯罪に手を染めている」
「何だよ。オイラたちはその偵察に行かされたって訳か。うん」
「フン、行かなくて正解だったな」
不満顔のデイダラの隣で、サソリは鼻で笑っていた。面倒事に巻き込まれるのはごめんだと言わんばかりの態度だ。ペインはそんな二人の言葉を聞き流したまま、先を続ける。
「ただのチンピラの集まりだと思っていたが、ここの所急速に組織を拡大し、活発に行動している。奴ら鬼灯の狙いはただ1つ。…尾獣を集めること」
「尾獣、ですか」
「俺たちと見事に目的が被っているな」
鬼鮫とイタチの言葉の後、小南が口を開いた。
「彼らは私たち暁を邪魔と見做した。同じ尾獣を狙う者…相容れないのは必然」
「最近では、ご丁寧に監視まで付けてくれている」
突然クナイを取り出したペインが、それをある一点目掛けて投げつけた。地面に突き刺さったそのクナイの先には、潜んでいた小さな蛇が突き刺さり、赤黒い血を流して息絶えている。それを見た面々は、殺気だった表情を浮かべてペインに向き直った。
「……奴らを殺す」
ーーーー・・・・
「あら。監視がバレたみたい」
「ほお。流石は名高い暁だ。こちらの目論見は既にお見通しですか」
「でも平気。先手は打ってあるから」
「先手?」
「ええ。この間この店に来た連中の一人…、金髪の…、」
「爆遁使いの少年ですか。確かビンゴブックに載っていましたね」
「そうそう、ソイツ。ソイツに仕込んでおいたの、アレを」
「ああ。貴女の得意なアレですか」
「うん。チューした時に、ばっちりとね」
フー、と煙管から離した口から白い煙を吐く女。それは、新年会の時にデイダラに口付けた、あの女であった。彼女は悪い笑みを浮かべながら、煙と共に小さく呟いた。
“存分に利用させてもらうわ。あの男のこと”