羨慕と月夜酒C

男と女で賑わう夜の街。その一角にある店を目指して、しゃん、しゃん、と鈴の音を鳴らす一行。みな同じ衣を羽織り、笠を目深に被って歩くその姿は、すれ違う人たちの視線を集めた。異様な雰囲気の彼らには、誰も声を掛けられない。そうして辿り着いたその店は、少し前にも訪れた、まだ記憶に新しい場所だった。

「……まさかここが、鬼灯って組織のアジトだったなんて」

被っていた笠から目を覗かせて、建物を見上げながらボンヤリと呟く私の隣には、不満げな表情のデイダラが立っている。

「……おい。何着いてきてんだよお前は。うん」
「え、何って、なにが」
「オレはお前に留守番してろと言った筈だ、うん」

それは、1時間程前の話。鬼灯のアジトを目指して出発する前、私は、準備を進めるみんなに混じって張り切って支度をしていた。みんなをサポートして、今回の任務を成功させなければ、と私なりに張り切っていたのだ。そんな私の前に現れたデイダラは、こう言った。

「危ねぇからお前は待ってろ、うん」

戦えない私は危険だから待っていろ。そう言ってデイダラが聞かないのだ。邪魔しないから、とか、自分の身は自分で守るから、とか、迷惑はかけないから、とか、とにかく必死に縋って一緒に行きたいことを伝えたが、それでも彼は結局、首を縦には振らなかった。だが私だって、みんなの事が心配だ。怪我した時、側にいなければすぐ治療してあげることができない。これに関しては、私も譲れなかった。



「お願いリーダー!」



デイダラにお願いしても返ってくる言葉は同じなので、私はリーダーことペインに頼み込んでいた。同行することを許してほしい、と必死に、それはもう涙ながらに訴えた。リーダーは、意外にも私のこういった押しに弱いことは今までの経験上知っている。そうして作戦通り、『必ず誰かしらと行動を共にすること』という条件付きで同行を許可された私は、現在に至るという訳だ。

「お前…毎回危ない目に遭う癖に懲りない奴だな、うん」
「だって…デイダラが守ってくれるでしょ?デイダラ強いもんね!」
「ななし、お前最近あざとくなってきてないか」

うるうると目を輝かせて、押し黙るデイダラを見つめていると、そんなやり取りを見ていたサソリが呆れたように溜息をついていた。だってだって、みんなは仲良く任務に出かけるというのに、私だけお留守番だなんて寂しいじゃないか。芸術家の二人に挟まれてそんなやり取りを繰り広げていると、先頭を立っていたペインが振り返った。いよいよ任務が始まるという訳だ。軽口を叩き合っていたデイダラも表情を引き締めて前を見据える。その横顔に釣られて、私もペインを見つめた。

「お前たちの任務は、奴らを一匹残らず排除することだ。放っておけば後々厄介な存在になる。情けはいらん。全員殺せ」
「丁度いい。そろそろジャシン様に祈りを捧げる所だったんだ」
「飛段。あまりはしゃぐなよ。うるさくて敵わん」
「んだよ角都よぉ。せっかくの祭りだぜぇ?騒がなきゃ損だろうが!」

「他の奴らに遅れを取るなよ鬼鮫」
「ええ、分かってますよイタチさん」

「…ペイン。あまり無茶はしないように。相手はどんな奴か分からないから」
「ああ。しっかり付いて来い、小南」

「サソリの旦那。オイラの芸術をたっぷり見せてやるぜ、うん」
「おい。木っ端微塵にすんなよ。爆破なんてしたら、中にいる俺たちまでお陀仏だ」

それぞれお互いのツーマンセル相手に声を掛け合っているみんなを、少し離れたところからぼーっと眺める。いいなあ、みんな相方がいて…。私だってこう、ツーマンセルとか組んでペアの人と息の合った掛け合いとかしてみたい…。途端に仕事スイッチが入ったみんなは、普段の時の柔らかな雰囲気は消え失せ、暗躍組織暁の顔になる。その度に私は、改めて思い出すのだ。彼らが、世間から恐れられているS級の犯罪者集団なのだと。その光景を遠目から見つめていると、とんとんと叩かれた肩。一体誰だろうと振り返った先には、ぐっと親指を立ててグーサインを作るトビの姿があった。

「ななしさんは、俺とツーマンセルッス!」
「…………」
「あ、あれ?何その反応。この僕が相棒ッスよ!?もっと喜んでくれても…」
「一番頼りないじゃんトビ……」

私の相棒は、この奇妙な面を被った能天気男か。あからさまにガックシと肩を落として落胆する私に、トビも拗ねた様に指と指をツンツンと突き合わせている。戦え無さそうな私と、お気楽なトビのツ―マンセルなんて、相手も鼻で笑うレベルだろう。みんなが任務の時に見せる、あの『泣く子も黙る暁』感は一切感じられない。まあ、お互い余り物同士、相手を選んではいられない事は事実。トビと組むしか無さそうだと渋々顔を上げれば、そこには私を見下ろす赤い目が。

「俺では不満か?ななし」
「い、いえ!とんでもございません!大変光栄でございます!」
「…フン」

すっかり縮こまった私を鼻で笑った後、「きゃ〜!ななしさんとツーマンセルだなんて、僕ドキドキしちゃ〜う!」とクネクネと体を動かすトビを、私はじっとりとした目で睨む。こんな風に瞬時にスイッチの切り替えができるこの男は、ある意味この暁の中で一番不気味で恐ろしい存在なのではないだろうか。よくもまあ、全く正反対の人格を自分の中でコントロールしているものである。一体どっちが本物の彼なのか、と言えば、恐らく今見せた怖い方の人格が本当の彼に近いのだろうが、いちいちその本性を表に出されて脅されたら、こっちは堪ったものじゃない。トビには聞こえないように小さく溜息をついて、子供のようにはしゃぐその姿を眺める。

だが確かに私は、オビトバージョンの彼には今まで何度も助けられていた。トビの人格でいる時は、逃げ腰で頼りない印象が強いが、オビトとして本領を発揮した時の彼は、もしかしたらこの中で誰よりも強いのではないかと思う程の実力を発揮する。彼が私とツーマンセルを組んでくれるというのなら、とりあえず身の安全は確保されただろう。これから起こる戦いに、私も心を引き締めた。

「行くぞ」

ペインの一声を合図に、私たちは歩き出す。そうして、黒い衣を羽織った一行は、その建物へと足を踏み入れたのだ。鬼灯という組織を壊滅させる為。彼らはまたその衣を血に染めるのだ。





ーーーー・・・・





目の前でどさりと倒れ込んだ女性に、私は小さく「ひっ」と悲鳴を上げた。振り返ると、そこには折り重なるようにして倒れる無数の死体。廊下には転々と赤い血が続いていて、それを滴らせているのは紛れもない、前を歩くデイダラとサソリのコンビだった。

「いちいち怖がってんじゃねえよ、うん」
「お前らそれでも暁か」
「だ、だって…」
「怖いものは怖いッスよ…」

ここで働く女性たちを見境い無く殺していくデイダラとサソリは、振り返り様に呆れたように私たちを見た。手を握り合ってふるふると小さく震える私とトビは、終始ずっとこんな調子だった。

鬼灯のアジトと思われるこの店に突入後、暁メンバーはそれぞれツーマンセルのペア毎に別行動となった。店はそれなりに大きく、どこに誰が潜んでいるか分からない。各々別の場所を担当し、一人残らず始末する。それがペインからの指示であった。その指示通り、ペイン小南、角都飛段、イタチ鬼鮫、デイダラサソリで持ち場に分かれた訳だが、私とトビだけは何故かデイダラサソリのコンビに同行するように命じられ、

「お前たちは戦闘に不慣れだ。デイダラとサソリのコンビに付いていけ」

とリーダーに言われるがままに、二人の後ろを引っ付いて歩いていたのだった。

「何も全員殺さなくたって…。もしかしたら、鬼灯とか関係ないただの従業員かもしれないじゃん…」
「だったら一人ずつ確認してくのか?アホらしい。うん」
「一人残らず始末しろというのがリーダーの命令だ」
「さすがはデイダラ先輩とサソリさん。容赦がないッスね……」
「ってか…くっつくんじゃねえよトビ!鬱陶しい!うん!」
「え〜〜だって怖いんだもん!!」
「…ななし、お前も引っ付いてくんじゃねえ。歩きづらい」
「え〜〜だって怖いんだもん!!」

デイダラの背中にしがみつくトビと、サソリの背中にしがみつく私。二人はとんだお荷物を抱えさせられたものだと溜息をついている。今のところ、これと言って実力者らしき人物とは遭遇していないので、戦闘というよりは殺戮と化しているが、果たしてこの先に鬼灯の連中は潜んでいるのだろうか。もしかしたら、他の場所を担当している人たちが既に戦闘を始めている可能性もある。願うことならば、遭遇せずにこのままこの任務が終わってほしいところだ。

そうして、すれ違う人間を容赦なく始末しながら、どんどんと奥へ進んでいくデイダラとサソリを先頭に、私とトビも恐る恐るその足を進めていたのだが、私はふとあるものに目が奪われた。ピン、とどこからか伸びている、細く赤い光の線。それが、私たちを捉えるように、こちらに向かって伸びている。一体この光は何だろう、と伸びている先を目で追うと、隣の建物の窓から、私たち目掛けて照射されていることが分かった。もう一度前を向くと、デイダラとサソリとトビはそれに気付いていない様子で、どんどんと前に進んでいってしまう。「危ない!」と叫んで、デイダラの体に飛びついた時には既に遅かった。

光が伸びている先から、窓ガラスを突き破り、発射された忍術。風遁と思わしき術が、デイダラ目掛けて飛んでくる。まるでスナイパーの様に遠くから狙われたその忍術は、的確にこちらを狙って放たれ、デイダラを庇った私の肩を貫いた。あの赤い光は、狙いを定める為のものだったのだ。

「ななし!!!」
「う……っ、く……」
「ななしさん!!」
「チッ…、隣からか…!」

肩に突き刺す猛烈な痛みと熱さに呻き声を上げ、デイダラの腕の中に倒れ込む。私の体を抱きとめるデイダラと、その前を庇うようにして立つサソリとトビが、術が発動された隣の建物へと窓越しに視線を向けた。確かにそこには、きらきらと光る何かが見え隠れしていて、誰かがこちらの行動を見張っていることが分かった。こんな遠距離でも攻撃が当たるとは、大した術の使い手のようだ。

「遂に鬼灯の連中とご対面って訳か」
「遠くからコソコソ狙うとは、随分腰抜けじゃねえか!うん!」

素早く印を結んだデイダラの手から、鳥の形を模した起爆粘土が生み出される。あの遠く離れた距離にいる敵を狙うには、デイダラの爆遁しか有効な技がない。それを向こう側目掛けて放とうとした瞬間、今度は今いる店全体の明かりが突然消え、真っ暗闇に包まれてしまった。それに気を取られている内に、確かにいた筈の敵はどこかに隠れて姿を眩ませてしまい、完全に向こうのペースに呑まれてしまっている。

「くそっ…!今度はなんだ、停電か!?」
「ど、どうするんですかデイダラ先輩、サソリさん!」
「とりあえず窓がない場所へ移動するぞ。外から狙われたら厄介だ」
「移動した先でななしの怪我も…、」

倒れる私の体を抱き上げたデイダラが立ち上がり、暗闇の中を手探りで進み始める中。トビが、手で壁を伝って何とか前に進んでいると、嫌な音が耳に木霊した。カチッと何かボタンを押した時のような音。「あれ」と額に冷や汗を浮かべるトビが、間抜けな声を上げたのも束の間。床の扉が大きく開かれ、地に着いていた足には何の感触も感じられなくなった。自分たちが宙に浮いているのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。

「お、おい、これって…」
「トラップ…!?」

一気に急降下していくデイダラと、そのデイダラに抱えられている私。サソリとトビは、偶然にもそのトラップが仕掛けられた床の上に居なかったようで、トビの手によって発動された罠には巻き込まれなかった。かなりのスピードで落ちていく体は浮遊感を覚え、離れそうになる私の腕を引っ張って、デイダラが必死に抱き締めてくれている。そのまま片手で、先程不発のまま終わってしまった起爆粘土の鳥を取り出すと、器用に印を結んで巨大化させ、その上に着地した。

(上は……、)

脱出口を確認する為、自分たちが先程までいた上を見上げる。こちらを覗き込むトビと、チャクラの糸を慌てて伸ばすサソリの姿が見えたが、間に合わぬまま天井は閉ざされ、真っ暗闇に包まれてしまった。どうやら来た道を引き返す事は出来ないらしい。幸いにも、デイダラには飛空する術がある。このまま鳥に乗って下へと降りていくしか方法は無さそうだ。

(それに…一刻も早くコイツの手当てをしねぇと…うん)

先程敵の技を受けて肩を貫かれ、未だに朦朧とした意識の中呻き声を上げる私を見下ろす。デイダラの腕の中で顔を歪める私を長時間連れ回すよりも、今は早く落ち着ける場所に足を付けて治療を優先するべきだと、デイダラは考えていた。結局そのまま、私たちを乗せた粘土はゆっくりと下降していき、しばらく空中を彷徨った後、ようやく私たちは地下へと辿り付いたのだった。

さっきまで真っ暗だった店内も、私たちが落とされたこの謎の一室だけはほんのりと灯篭が灯されていて、お互いの姿を認識することが出来た。私を抱えたまま起爆粘土から飛び降りたデイダラは、警戒するように辺りを見回しながら、腕の中で痛みに耐える私に声を掛けた。

「…ななし、自分の腕を噛めるか、うん」
「…う…、で…いだら……」
「…待ってろ」

屈んだデイダラが、私の体を膝に置いて袖を捲り上げ、腕を口元まで持ってきてくれる。出血と痛みによって意識が朦朧とする中、私は何とか自分の腕に噛みついた。弱々しく噛まれたそこから、自分の力が流れ込んで傷が癒えていく。徐々に消えていく痛みに、ようやく私の意識もはっきりと覚醒して、目の前にいるデイダラにしがみついた。

「…デイダラ、怪我はない…?」
「それはこっちの台詞だ。無茶しやがって…。だから留守番してろって言ったのにお前は、」
「だって、私だってみんなの事守りたいし…」

デイダラが傷付かなくて良かった、と笑う私に、デイダラは少し怒っているような表情を浮かべている。私に怪我をしてほしくないというデイダラと同じで、私だってみんなには不必要な怪我をしてほしくないのだ。それに、私がああやって飛び出さなければ、あの術はもしかしたらデイダラの心臓を貫いていたかもしれない。そうしたら、私の力を使うまでもなく、デイダラは命を奪われていたかもしれない。

「それよりデイダラ…、ここは……」
「どうやら大きな落とし穴に引っかかったみたいだな、うん」
「早く脱出して、サソリたちと合流しないと」

私が立ち上がったのを確認して、デイダラもゆっくりと立ち上がる。広々としたその広間を見渡すが、出口のようなものも無ければ、何か不思議な仕掛けがあるようにも思えない。とにかく何か探索して、ここから出る為の手がかりを探さなくては。ここは敵の巣の中。ばらけて行動するのは危険だ。上に残されたままのサソリとトビも心配である。

そうしてしばらくの間、私とデイダラはその部屋を隈なく探索した。隅から隅まで調べては、お互いに声を掛け合う。しかしその探索は思ったようには進まず。一行に脱出の手掛かりなど見つけられないまま、時間は過ぎていく一方だ。敵はどうしてこんな所に私たちを閉じ込めたのだろうか。出口も無いこの部屋はまるで監獄のよう。だがこれといって、襲ってくるような気配もない。

「ま、まさかここで私たちを飢え死にさせるつもり…!?」
「んな面倒臭ぇことするよりさっさと殺した方が手っ取り早いだろ、うん」
「それもそうか……」

だったら、尚更分からない。この部屋に何の意味があるのか。敵は何を考えているのか。

結局、これといった収穫がないまま探索に疲れてしまった私は、離れたところで同じように部屋を調べているデイダラに近付いた。薄暗い部屋の中、足元を確認しながら彼の背中にいつもの様に歩み寄る。「デイダラ、」と名前を呼びながら手を伸ばしかけると、そんな私を制したのは、紛れもないデイダラ本人だった。

「来るな!」
「え…」

突然叫んだデイダラが、背中を丸め、苦しそうに呻き声を上げた。よく見ると、呼吸は荒く大量の汗をかいている。勿論、探索でそんな状態になった訳ではない。尋常じゃない苦しみ方に、私はデイダラの忠告も無視して駆け寄った。一体彼の身に何が起こっているのか。敵の術か、それとも体調不良…?なんて考えながら、壁に手を付いて胸元を抑えるデイダラに寄り添う。

「デイダラ!?一体どうしたの…!?」
「来んじゃねえ…!うん……!」
「デイダラ!」

何度離れてろと言われてもいう事を聞かない私を、いよいよデイダラは力を振り絞って突き飛ばした。小さく悲鳴を上げながら尻もちをつく。床に倒れ込みながら上を見上げると、ざわざわとデイダラの雰囲気が変貌していくのを目の当たりにして、私は言葉を失う。感じたことのない、異様な雰囲気。何だろう、この感じ。凄く嫌な予感がする。どくどくと胸はざわつき、私はただ固まって、そんなデイダラを見上げていることしかできなかった。

「…でい…だら……?」

恐る恐る彼の名を呼ぶ。振り返った時のデイダラは、既に彼であって彼ではなくなっていた。鋭い殺意を抱いた目。任務の時にターゲットに向けるようなその目が、真っ直ぐ私を射抜いている。私の目の前にいるデイダラは、私が知っているデイダラではなかった。