目の前にズラリと並ぶ、豪華な食事。きらきらと眩しい装飾が施された部屋に通された私たちは、その豪勢な食事を目の前に感嘆の吐息を漏らしていた。不可解な死体の事を何とかすると約束したとはいえ、こんなに豪華なもてなしをされるとは全く思っていなかった。広々とした広間に3人並んで座る前には、踊り子と見られる美しい女性たちが踊りを披露していて、さあどうぞどうぞ、と営業スマイルを貼り付けた村の者たちが、私たちに酒を勧めてくる。
「何だか落ち着かねぇな…」
「す、すごい歓迎されてるね私たち…」
「…騒々しい」
目の前で繰り広げられる大歓迎ムードに、私たちはただただ圧倒されるばかり。ぽかんとする私に御猪口を持たせた男の人は、徳利を傾けて透明なお酒をそこに注いだ。さあさあ、とその言葉を繰り返し口にされて、私が仕方なしに御猪口を口に運ぶと、すかさず隣の角都からぱしんと手を箸で叩かれて、思わず御猪口を膳の上に落とし、中身を溢してしまった。
「いだっ!何すんのよ角都!」
「馬鹿かお前は。俺がさっき言ったことを忘れたのか」
ぎろりと隣から鋭い視線を寄越されて、まるで蛇に睨まれた蛙のごとく縮こまる。それは、こうしてこの広間にお呼ばれする前、寝室として分け与えられた一室にて交わした会話のことを指していた。
「村の連中を警戒しろだあ?」
首を傾けて、耳に小指を突っ込む飛段が忌々しそうにそう口を開いた。私と飛段の前に立つ角都が、静かに目を伏せながら私たちにそう忠告したのだ。この村の人たちを信用するな、と。それはつまり、今回の一連の事件に、この村の人たちが関わっているということなのだろうか。それともただ単に、暁としての自覚を持った行動をしろ、という意味なのか。まあ後者に関しては、角都もそこまで暁に献身しているとは思えないので可能性は低そうだが。
「お前たちはすぐに人に騙される。常に警戒は怠るな。この村の連中を信用してはならん」
「何だよ、もしかしてあの死体は村の連中の仕業だって言うのか?」
「村の人たちの様子を見てる限り、そんな特殊な力を持っているようには見えなかったけど…」
「まだ確証はない。だが警戒するに越した事はない。お前たちに足を引っ張られて、余計に面倒なことになったら俺は切り捨てるぞ」
とか言いつつも、こうして忠告してくれるだけ優しい。なんて言ったところで、その発言は余計に角都の怒りに触れるだけなので敢えて口には出さないが、私も飛段もいまいちその忠告に対してピンと来てはいなかった。でも、長い年月を生きてきて色んな修羅場を潜り抜けてきた角都がそう言うのだ。大人しく従うのが正解なのだろう。飛段は隣で「めんどくせーなー」なんて言いながら不満げだったが、私は素直に分かったと頷いた。警戒する、とは一体どうすればいいのか、具体的にはよく分かっていなかったが、とりあえず飛段と角都から離れないようにしよう、と心に誓ったのである。
そんな会話を、少し前に交わしたことを思い出して、私は「あぁ」とぼんやりした返事を返した。この食事に対しても、気を許してはならないということか。もしかしたらここに、変な薬とか毒が仕込まれていて、それがあの遺体の謎に繋がっているのかも…。そう考えると途端に恐ろしくなって、箸に手を付けることすら躊躇われる。こんなに美味しそうなご飯が並んでいて、しかも程よく空腹だと言うのに手を付けられないなんて。
「角都…。ご飯どうすればいいの…。私餓死するよ…」
ひもじい思いを噛み締めながら、懇願するように角都を見つめる。いくら警戒しろとは言われても、ずっと何も飲まず食わずでは、事を解決する前にこっちが死んでしまう。ここにいる間の食事はどうするんだと抗議をすれば、角都は小さくため息を付きながらも、私の向こう側にいる飛段に視線を投げた。
「飛段」
「あ?」
「先に食え」
「は!?」
私と角都のやり取りを聞いていた飛段が、突然食えと促されたところで、素直に食べ物を口に運ぶ気になんてなれないだろう。言ってしまえば、これは毒味をしろという意味なのだ。なんで俺が、と勢いよく立ち上がる飛段だったが、確かにこの中で一番その役目に適任なのは、間違いなく飛段だろう。彼の特殊な体質故、こんな損な役回りを任される羽目になっている事に対しては、少しだけ同情した。だがこちらとしても、何とか飛段にお願いする他なかった。
「お願い飛段、私の命を助けると思って」
「ふざけんな!俺はどうなってもいいって言うのかよ!」
「お前は不死身だろう。万が一毒が仕込まれていたとしても、何も問題はない」
「問題はそこじゃねえ!っていうか、俺の力は毒味する為にあるんじゃねぇぞ!」
人に使われるということが大嫌いな、プライドだけは一丁前の飛段だ。どれだけお願いしても、彼が納得してくれない限りはずっとこの攻防が続くだろう。埒が明かないこの場にケリを付ける為、私は、非常に、とてつもなく、もうめちゃくちゃに、何なら死んだ方がマシ!という程に嫌だったけれど、…いやそれは言いすぎか。とにかく、それなりの覚悟を胸に、交換条件を提示したのだった。
「飛段、お願い。その代わり、私も飛段からのお願い何でも聞くから」
「な…、なんでも…?」
等価があれば、飛段もきっと納得してくれる。そう考えた私の、苦汁の決断である。なんでも、というのは少し怖い気もしたが、こうまで言わないと多分飛段は受け入れてはくれないだろう。少しだけ考えるそぶりを見せた飛段は、頭の中での損得勘定を済ませて、「仕方ねぇな…」と了承してくれた。やっと場が収まったことと、ようやく食事にありつけることにほっと息を吐いて、再び膳の前に腰を下ろす。隣では飛段も胡坐をかいて座っていて、私にしつこく念を押してきた。
「今の言葉、忘れんなよ」
「分かったから…もうお腹ぺこぺこなの。早く毒味して」
「うるせぇな食えばいいんだろ!」
乱暴に箸を引っ掴んだ飛段が、お世辞にも行儀がいいとは言えない食べ方で、膳に並べられたご馳走に手を付けていく。その様子を私も角都も黙って見ていたが、何か様子がおかしい素振りも見せなかったので、飛段が綺麗に平らげた後、私たちも遠慮なく夕ご飯をご馳走になった。その間も、相変わらず広間では舞踊と音楽が披露され、すりすりと手を拱く男が隣から話しかけてくる。
「いやあ、貴方たちが不気味な例の一件を片付けてくれると言ってくださったので、久々にこんなに明るい宴が開けましたよ」
「あの…、食事中にこんな話をするのもアレなんですけど…、あの遺体って、いつから…?」
「思えば、数年前からです。と言っても、こんなに頻発するようになったのは最近なので、それまでは我々もそこまで深くは考えていませんでした」
近くにある森には、凶暴な野生の獣なども棲んでいるらしく、当時はその獣たちにやられたんだと軽く考えていたらしい。人間が食の為に家畜を殺すのと同じで、動物も自分の腹を満たす為に人間を殺し、食っている。そう思っていた彼らは、たまに森から発見されるその遺体を見ても、特段何か不審に思う訳でもなく、村のしきたりに乗っ取って埋葬していたようだ。しかしここ最近、数か月程前から、村で不思議な出来事が起こり始めたのだった。
「あまり大きな声では言えないのですがね…。数か月前から、村に異変が起きていて」
「異変?」
「ええ。なんでも聞いた話ですと、夜、眠っていた筈のその人が突然起きだして、ふらふらと外を彷徨い歩くらしいんですよ。何かに飢えているかのように…」
「俺たちが探している標的の仕業か」
今の段階では、何とも言えない。聞いている限りでは、とても現実に起こっているような話には聞こえない。まるで小説のような話だ。しかし、実際不可思議な死を遂げている人がたくさんいる。そう考えると、その謎に包まれた現象も、一連の殺戮を繰り返している者の仕業なのかもしれない。重要な手がかりになるかもしれないと、真剣に耳を傾ける私と角都の横では、飛段が呑気にぺちっと自分の首元を叩いて、叩いた後の手のひらを訝し気に見つめている。
「夜に出かけていった人たちは、もう二度と帰ってくることはありませんでした…。数日後、森に無残な姿で放置されているのです。昼間に見せたあの遺体のように、血を抜き取られ、干からびた妖怪のような姿で…」
「標的が、何か術を使っておびき寄せてるとかかな?」
「さあな。今の時点では何とも言えん」
角都に顔を向けて自分なりの見解を告げてみるものの、当然角都にもまだ答えは分からない。有力な情報を手に入れることは出来たが、現時点ではまだ謎が広がるばかりであった。こればかりはしっかり腰を据えて、時間を使って真相を探していくしかないだろう。何せ、『その男を暁に勧誘しろ』というのがリーダーの命令なのだ。任務をきっちり果たさなければならない。謎の死体についての話もそこそこに、私は一旦考えるのをやめて、再び箸を持った。途中だった食事を再開させようとすると、飛段の方から、ぺち、ぺち、と何かを叩くような音が響いてくる。話している最中も思っていたが、彼は一体さっきから何をしているのか。手を止めて飛段を見やると、今も彼は忌まわしそうに自分の体をぺちぺちと叩いている。
「…何してんの飛段」
「蚊が鬱陶しいんだよ!くそ!」
「蚊?」
夏でもないこの時期に?と眉を顰めながら、空間に視線を彷徨わせてみた。あの、夏に人々を脅かす、人間の血を好んで吸い取っていく小さな虫。飛段に言われてその存在を探してみたものの、とくに見当たらない。しかし確かに飛段は蚊の気配を確認しているようで、刺されたらしい首元を痒そうに爪で引っ掻いていた。そこは既にぽつりと赤みを帯びて小さく腫れている。どうやら健闘も虚しく、美味しく戴かれてしまったようだ。
「飛段、あんまり掻いちゃだめ。塗り薬塗ってあげるから」
「んな事言ったって痒いんだよ…」
ぽりぽりと掻く手を止めない飛段の腕を掴み、手荷物から塗り薬を取り出す。それを人差し指に適量掬い取って、彼に膝立ちで近寄った。ん、と首に下げられた額宛をずり下ろしながら、差し出されたそこに薬を塗っていく。その間も飛段は痒みを我慢しているのか、イライラと眉を寄せながらも大人しく身を委ねていた。一応暁の治療係として、色んな種類の薬を常日頃から携帯していて良かった。虫刺され、痒み止めの薬が役に立つとは。
「旅人の皆さま、お風呂の用意もできました。食事の後はゆっくり湯に浸かって、疲れを癒してください」
「ありがとうございます!やった、お風呂でさっぱりしたかったんだ!」
「おいおい…。オレたちゃ任務でここに来てんだぞ、はしゃいでんじゃねぇよ」
「分かってるわよ、そんなこと。はい、薬塗り終わったよ」
呆れたようなじっとりとした目でこちらを見る飛段のおでこを一回ぺちんと叩いて、薬が塗り終わったことを告げた。サンキューとずらした額宛を戻す飛段の首、そこに付けられた小さな赤い虫刺され。ふと、この村に来た時から、私たちに親切に世話を焼いてくれている村人の男に目を戻すと、その男の首元にも似たような虫刺されの痕があることに気が付いた。森も近いし、この辺りは虫が多いのだろうか。ぱたぱたと忙しなく広間を駆けていくその男の首元をじっと見つめながら、私は残りの食事を口に運んだのだった。
ーーーー・・・・
「もー、絶対覗かないでよ?」
「うるせぇな興味ねぇんだよお前の裸なんてよォ」
扉の向こうに声を掛けると、至極めんどくさそうな間延びした声が帰って来た。湯煙が立ち込める風呂の中で、髪も体も洗い終えた私がのんびりと湯船に浸かっていると、再び扉から「出る時声かけろよ」なんて言葉が聞こえてくる。扉一枚隔てた向こうに、見張りと称した飛段が胡坐を欠いて座っていて、私が入浴を終えるのを待っているのだ。というのも、何故こんな事態になっているかと言えば、またしても角都の提案から始まったのである。
「風呂も見張りを立てる」
「はあ!?」
夕飯を終え、意気揚々と風呂場へ向かおうとした私を引き止め、告げられた角都の台詞。村人に対してかなりの不信感を募らせている角都は、風呂中すら一人で行動するのを禁じた。とはいえ、角都と飛段は同じ男同士だからいいとしても、私は女。一緒にお風呂に入ることなんてできない。という事で提示されたのが、私が入浴中、飛段と角都が1日交代で見張りに立つというもの。いくら壁と扉で隔たれて中は見えないとしても、外で男性が待っているのだと思うと落ち着いて入れない。それに関しては私も不満たっぷりに反対したのだが、角都は有無を言わさぬ様子で、というか、私の意見は丸無視で強引に決定してしまったのだ。こういう時に限って何故だか飛段は大人しくて、「めんどくせぇなァ、ったくよォ」なんて言いながらも渋々了承している。なんでお前は肝心な時に聞き分けがいいのだ。
(でもまあ…、それだけ心配してくれてるんだよね、二人とも…)
ぼんやりと湯船の温かさに身を預けつつ、天井を見上げる。任務前は、足を引っ張るなとか、自分の身は自分で守れなんて言われて不安だったけれど、思い返してみると、遺体を見た時に怖がる私を庇ってくれたり、食事の時に毒味をしてくれたり、今もこうして風呂場を見張ってくれている。文句や小言が多いのは難点だけど、私のことを心配し守ってくれている二人の不器用な優しさに、小さく笑みを溢した。素直じゃないだけで、あの気難しいとされる角都と飛段も、いいところや優しいところはいっぱいあるのだ。それをこうして実感することができて、何だか嬉しい。飛段にバレないように笑みを溢しながら、今も向こう側にいる彼に声をかける。
「飛段、ありがと」
「あァ?何がだよ」
「守ってくれて」
「別に守ってねェよ勘違いすんな」
「でも今だってこうして見張ってくれてるでしょ?」
「……いいからさっさと済ませろ!オレだって早く風呂に浸かりてェんだよ!」
都合が悪くなると、とりあえず怒って誤魔化すところ、何だかデイダラに似てるかも…。普段よくいがみ合っている飛段とデイダラは、似ている部分があるからこそ揉めるのかもしれない。そう考えるとちょっとだけ可愛いところもあるな、なんて。ちゃぷんと湯船に口元まで浸けながら、束の間のリラックスタイムを堪能しているその時であった。
がらり、と勢いよく開けられた扉。音に釣られて顔を向ければ、そこでずっと見張りをしてくれていた筈の飛段が立っていて、私を見下ろしている。興味ない、と言い張っていた奴が堂々とした覗きをするものだから、一瞬思考が固まってぽかんとしていたが、ようやく状況を理解した頃には、慌てて自分の体を抱きしめて湯船の中に身を潜めた。開けられた扉から逃げていく湯煙が、徐々にこの場を明るく鮮明にしていく。
「ちょ、ちょっと飛段!!どういうつもり!?」
「………ななし」
私の怒声に対して返って来たのは、吐息混じりの、飛段の低い声。彼の様子が何だかおかしい、と気付いた時には、既に彼は浴室に一歩踏み出していた。
「…飛段…?」
飛段の目は、真っ直ぐ私に注がれていた。…まるで、何かに飢えているかのように。
『なんでも聞いた話ですと、夜、眠っていた筈のその人が突然起きだして、ふらふらと外を彷徨い歩くらしいんですよ。何かに飢えているかのように…』
脳裏には、先程の食事の時に、村人から聞いた会話が浮かび上がっていた。