『お前を宿主にしよう』
私の体内から突如現れた男は、床に這い蹲る私を見下ろしながらそう吐き捨てた。名を名乗らずとも分かる。きっとこの男こそが、全ての元凶。村の人たちを殺し、血とチャクラを抜き取った犯人。驚いたままそいつを見上げる私の前に膝を付き、ゆっくりと此方に手を伸ばしてくる男。捕まる、と目を見開いた瞬間に、隣から黒い繊維状の触手が伸びてきて、目の前で男の腕を突き刺した。
「………何だお前」
「ななし、どけ、邪魔だ」
掴まれる寸前で、角都の触手により何とか難を逃れた私は、言われた通りフラフラの体を引きずって部屋の片隅へと避難した。対峙する男と角都は、お互いを静かに睨み合っている。男の腕に突き刺さっていた触手を引き抜くと、ぶわりと真っ赤な血液が吹き出して畳を染めていった。
「お前…随分と俺のことを嗅ぎ回ってたみたいだな。目的は何だ?」
「お前を暁に勧誘しに来た。大人しく俺たちに従え」
「はぁ?暁?」
初めて聞いたと言わんばかりの反応を見せた男は、私と角都を交互に見やった後、フンと鼻で笑って一蹴した。様子を見る限り、どうやら素直にこちらの言葉に耳を傾けるつもりは無いらしい。まあこんな展開になるだろうという予想は、とっくに付いていたのだが。今暁に所属しているメンバーも、大体は一度加入することを拒み、実力行使で連れて来られた者ばかりだからだ。強い奴ほど癖が強い説を、私は信じている。
「揃いの服着てるのは、その暁ってとこにいるからか。くだらない。俺は1人でも十分生きていける。…今までだってそうだった」
「やはりお前は、数年前この村から八分にされたという男か」
「ほう…。そこまで調べ上げていたとは」
感心するような声を上げながらも、男はその表情をみるみる憎悪に変えていった。昔、この村から受けた仕打ちを思い出すかのように、怒りに拳を震わせ、瞳の奥の瞳孔を開いている。村八分にされたら、それだけ深い憎しみを抱くのも無理はないのかもしれない。だからと言ってこの男がしている事を肯定する気にはなれないが、彼が昔受けた深い痛みは、同情するには十分だった。
「村の奴ら…、俺が流行病にかかった時から、俺の事を隔離して村から追い出そうとしたんだ…!病気は治ったんだって言っても、誰も聞いてはくれなかった…。畑も取られて、食料も水も奪われて、飢えに飢えて、だから…俺は……、」
…墓荒らしをした、と。村の外れにある小さな墓を荒らして、彼は死体を食べた。腐敗してとても食える代物では無かったが、男は夜な夜な寝静まった村を歩き、墓を荒らし、死体を食い続けたのだ。そんな行為を繰り返していく内に、男は感染病を発症する。不衛生な人間の肉を食べていたのだ、当然と言えば当然だろう。体はその病に蝕まれ、やがて人としての生を終えたのである。しかし男は、村の人たちの手によって森に埋められた後、亡霊として蘇ったのだった。新たな力と共に、村の人に復讐をすることを誓いながら。
「俺は不死者になったんだ!例え斬られても、心臓を貫かれても死なない!これはきっと、俺に復讐をしろという神からのお告げなんだ!」
「…へぇ。お前、なかなか信仰深い奴なんだな。その点においてはオレと気が合いそうだ」
興奮気味に話す男の傍らで、部屋に響き渡ったのは、さっきまでそこには居なかった新しい声。風呂から上がった飛段が、ようやくそこに姿を現した。また新しい人物が登場したことによって、男は忌々しそうに舌打ちを零す。その視線は、片隅で大人しくしている私に再び戻されて。
「昔話はどうでもいい。その女を俺に寄越せ。宿主にする」
「俺の言葉を忘れたか。暁に入れ。お前に拒否権はない」
「お前こそ俺の言葉を忘れたか?その誘いは断った筈だ。女を置いて帰れ。お前たちは相手にするとめんどくさそうだ」
さ、おいで、名前はなんて言うのかな。そう不気味に笑いながら、私に一歩ずつ近付いてくる男の顔が、狂気に満ちていて小さく悲鳴を上げた。チロチロと覗く赤い舌がなんとも不気味で、思い切り嫌悪感を顔に出してやる。さっきから上から目線で、『宿主にする』だの『女を置いていけ』だの、随分好き勝手な事を言ってくれる。戦えないのに度胸だけは一人前な私が、一言物申してやろうと口を開きかけた時だ。私の台詞は、角都の声に被せられて。
「雷遁、偽暗!」
ばちばち、とけたたましい音を帯びた雷が、槍状に光を放ちながら男の頭を貫いた。目の前で恐ろしい叫び声を上げ、血が吹き上がる光景に体が固まる。容赦のないその攻撃を受けた男は、痛みなどものともせずに、怒りに満ちた顔で角都と飛段を振り返っていた。
「何しやがる!!痛ぇだろうが!!」
「…応じる気が無いのなら、実力で連れて行く。それがリーダーからの命令だ」
「本当は生殺しは戒律に反するんだけどな…。仕方ねぇ、行くぜ角都!」
「人間風情が……ぶっ殺してやる!」
いよいよ双方が対峙して、戦いの火蓋が切って落とされた瞬間を、固唾を飲んで見守った。威勢良く駆け出した飛段が、背負っていた鎌に手を掛け、そのまま抜いた刃を男に向かって振り下ろす。対面した時から感じていた、この男の只ならぬ雰囲気。そのオーラに圧されて、なかなか手強い相手なのだろうと警戒していた私たちだったが、それに相反して男は呆気なく飛段の鎌の餌食になった。真っ二つに体を斬り裂かれ、吹きあがる血。返り血を浴びた飛段すらもぽかんと驚いている。まさかまともに喰らうとは飛段自身も思っていなかったらしく、殺さずに連れて帰るという命令に背く形になってしまった。
「おいおいおい嘘だろォ!?もう終わりかよ!」
「…飛段。貴様、リーダーからの命令を忘れたのか」
「いやいや、まさかこんな手応えのない奴だとは思わねェだろ!?」
楽しめると思ったのによォ、なんて不貞腐れながら鎌を下す飛段は、すっかり気が抜けてしまったようで、肉塊と化した男の体をツンツンと鎌で突く。それでもその男の亡骸は、うんともすんとも言わない。どうやら本当に死んだ、のか…?すっかり終了ムード漂う室内だったが、私には、何だかこれだけでは終わらない様な気がしてならなかった。こんな呆気なく決着がついてしまうなんて。ぐだぐだと角都に対して不満を垂れる飛段を傍らに、私はじっとその男の死体から目を逸らせずにいた。まだ何か、何かがある。そう直感していた私の予想は、見事に的中する事となる。
畳に染み込んでいた血が、じわじわと飛段の足元に集まり出しているのだ。男が流した大量の血が、徐々にゆっくりと、飛段の下で真っ赤な血だまりを作る。呑気に敵に背を向けている当の飛段本人は、その事に気付いていないようで、慌てて声を張り上げた。
「飛段!!危ない!!」
響き渡る、切羽詰まったような私の声。飛段が目を見開き慌てて振り向いたところで、今さら間に合いはしなかった。私は一目散に立ち上がって飛段の元へ駆け寄ると、彼の体に迷い無く飛びついた。共に勢い良く倒れ込みながら、畳から飛び出してきた氷柱状の血の刃に背中を貫かれる。前にデイダラを庇った時にも背中を針山にされた事があったが、私はつくづく後ろを刺される事に縁があるらしい。目の前で私が刺されている光景を目の当たりにした飛段は、言葉を失ったまま自分の上で力無く倒れる私を揺さぶった。
「おい!ななし!」
「ひだん…、ゆだんしないで…!まだアイツはいきてる…!」
「どうでもいいんだよンな事は!オレは別に刺されたところで何ともねェ!下手に飛び出してくんじゃねェよ!」
「……、なんともない事ないよ…」
何ともない、そう感情的に怒鳴る飛段に、弱々しく言葉を返す。そうだ、何ともない訳がない。いくら飛段が不死身で、どれだけ刺されても死なない体質だったとしても、そんな事は私には関係ないのだ。
「…仲間が傷付くところを見るのは嫌だから…」
「……お前…、」
「どんなに不死身でも、刺されたら痛いでしょ…?」
守りたいんだ、そう言って、力を振り絞って何とか笑って見せる。仲間が痛い思いをするより、私自身が痛い思いをした方が何百倍もマシだ。私のその言葉を唖然とした様子で見る飛段と角都の視線を浴びながら、私は己の腕を力強く噛んだ。みるみる癒されていく傷と痛み。私なら、ある程度の傷はこうして体を噛むだけで癒すことが出来る。他の人が刺されるよりずっと効率がいい。お陰ですっかり塞がった傷に息を吐いていると、そんな私の腕を角都が掴んで引き起こしてくれた。ふらつくままに角都の胸板に飛び込んで、ありがとうと小さくお礼を告げて。角都の目は、そんな私をまっすぐ見下ろして何かを考えているようだった。
「…おい角都」
そうして黙り込んでいる角都を不思議に見つめ返していると、飛段がその名を呼んだ。振り向けば、既に彼も立ち上がって戦闘体制に入っていて、こちらに背を向けたまま背中の鎌に手を掛けている。
「なんだ」
「……殺していいよな」
「………」
角都は何も答えなかった。それは、肯定とも取れる反応だった。駄目ならば駄目だとはっきり言う性分である角都が、そこで敢えて何も返事をしないのは、つまりそういう事だろう。逆に私は、『この男を暁に迎え入れる』というリーダーの命令が頭の中から離れず、すっかり殺意を滲ませる飛段の背中に慌てて駆け寄った。止めない角都の代わりに、私が説得するしかない。どうして角都は、こういう時に限って黙りなのか。先程までは殺すなよと言わんばかりの様子だったのに。
「駄目よ飛段!あの男は暁に勧誘しないと、」
「…………」
「……、飛段……?」
しかし、どれだけ声を掛けても返事一つ返さない彼。口から生まれたような彼が、こんなに静かなのも珍しい。ちょっと無視しないでよ、と詰め寄っても、私の説得に対して一向に反応を示さない。どこか様子のおかしい飛段に、訝し気に顔を覗き込んだ瞬間だった。飛段が、呻き声を上げながら突然その場で吐血しだしたのである。ぼたぼたと口から垂れる赤色を手で押さえて、その場に蹲る飛段に私も狼狽して。彼の名を叫ぶ私の体を、危険を察知した角都が引っ張って、無理矢理引き剥がされてしまった。おえ、げほ、と咽たりえづいたりするその姿は、まるで先程の私のようで。まさか、と嫌な予感が頭を過る。
「あれは…!」
角都が目を見開いたのと同時に、飛段の腹を突き破って、先程体を切り裂いた筈の男が飛び出してきた。さっきは私の体の中に潜んでいたが、今度は飛段の中に潜んでいたらしい。いまいちこの男の能力が掴めないままだ。蹲る飛段の前に立った角都の後ろで、私は突き破られた腹を抱える彼に駆け寄った。不死身とはいえ、彼の痛覚は生きている。その痛みの中で戦うのはかなりの体力を消耗する筈だ。一刻も早い治療が求められる。
「飛段、噛んで…!」
「クソ…、あの野郎…一体オレの体に何を…」
私が慌てて自分の外套に手を伸ばすよりも早く、飛段が襟元を掴んできた。釦など無視して強引に首元を開かれて、そこに彼の歯が食らいつく。粗暴な飛段の噛み痕がじんじんと痛むものの、治療が終わるまでの間、その痛みを彼の髪を握る事で必死に堪えた。口内から摂取される私のチャクラを、彼はこくんと喉を鳴らして取り込んでいく。やがて、傷が塞がった飛段は、口元を袖で乱暴に拭いながら立ち上がり、とろとろになった私を背に隠した。事の一部始終を見ていた敵の男は、にんまりを口の端を釣り上げる。
「お前たちも俺と同じことをしているではないか。その女のチャクラを吸ったのだろう?」
「お前なんかと一緒にすんな、気持ち悪ィ!こっちは噛めって言われて噛んでんだよ!同意の下だ同意の下!ここ大きな違いだからな変態野郎!」
「なんかその言い方誤解を招きそうで嫌なんだけど…」
男の発言に対して何倍もの怒りを言葉にした飛段だったが、その語弊のある言い方に思わず異論を唱えずにはいられなかった。しかし男は、そんな飛段の言葉など気にも留めていないのか、小さな蚊のような虫を何匹も従えて、前に立ち塞がっていた。やはり、飛段が夕食の時に刺された虫は、この男のものだったのだ。男はどこか自慢げにその虫をお披露目しながら、早口で己の力を捲し立てた。
「俺の虫に刺された者は、俺の宿主となり、その体内に小さな卵を宿す。刺された人間は吸血衝動に苛まれ、同じ人間の血とチャクラを求めるんだ…。感染者に噛まれた奴はまたそこからどんどんと病原菌が感染して、卵を宿していく。芋づる式に宿主が勝手に増えていくんだ!すげぇだろ!?」
「その卵から、お前の肉体が生まれるという訳か」
「卵として体内に潜んでいる間は、その宿主が吸った血とチャクラで飢えを凌ぐ。利用するだけ利用して、最後は宿主本人の血とチャクラを吸い尽くす!全く便利な力だ。死ぬ気がしねぇ」
「……おいお前。知ってるか。自分の能力をベラベラ喋り出す奴はな、大体その後殺されるって相場が決まってんだよ」
相変わらずどこかずれている飛段は置いておくとして、全てのカラクリが明らかになった今、私は息を呑んだ。あの時、蚊に刺された飛段に噛まれたことで、私の中にも卵が生まれ、角都に対しての吸血衝動を抑えきれなくなった。…ということは、そんな私に噛まれた角都の体内にも、今頃卵が宿っているということか。体の中にこの男が潜んでいただなんて、考えるだけでも身の毛がよだつ。そして、今目の前にいる男をどれだけ殺したところで、きっと次は角都の腹を破って新しい男が出てくるのだろう。不死身対不死者。今さらだが、これはかなりの泥仕合になるのではないだろうか。
(何か…、コイツの弱点を掴まなきゃ…)
辺りを見回したり、男の姿を見つめてみたり、必死になって打開策を探す。丁度今なら、男も自分の力に酔いしれて、角都たちに夢中で力説している。少しでも時間を稼いでくれれば、その間に何かこの男を捩じ伏せる手掛かりが見つかるかもしれない。
「特にそこの女のチャクラは凄かった…。味も上手くて、少し啜っただけでも満腹になれる。俺の宿主にピッタリなんだよ」
「うるせェ!勝手にコイツを宿主呼ばわりすんじゃねェ!」
「何だよ、そんなにムキになって。……ああ、もしかして、」
男の手は、弱点を探すのに夢中になっていた私の顎を、掴んで引き寄せた。時間稼ぎはあっという間に終わってしまったらしい。近付く顔から逃れようと顔を背けても、男の手によって無理矢理正面に向けられる。ペロリと唇を舐められて、嫌悪感が全身を駆け巡った。
「や、やだっ……!」
「いいねェ、人間は。くだらない感情に振り回されて、馬鹿な種族だ」
「テメェ!勝手に触ってんじゃねぇこの変態野郎が!」
「そうだ。ただ殺すんじゃつまらない。お前たちの前でこの女弄ぶるってのはどうだ?面白そうだと思わないか」
「思う訳ないじゃない!馬鹿じゃないの!」
威勢だけはいいな、と呟いて、男は私の首に噛み付いた。先程飛段に噛まれた時のそれと、全く同じように。ただ違うのは、凄まじい威力で血とチャクラを吸い取られている点だ。痛みと脱力感と、迫る死への恐怖に悲鳴を上げる。
「いやあぁあっ!!」
「ななし!!クソ、角都!!」
「分かっている…!」
伸ばした角都の触手が、男の頭を貫通してゴロンと畳に転がった。首元から離れたその顔を呆然と見る私を、飛段が脇に抱えて距離を取る。噛まれている間、徐々にチャクラを吸い取られて、冷たくなっていく体を感じた所為か怖くて堪らず、震える体で2人にしがみ付いた。2人が助けてくれなかったら、私はあのまま…。
「ありがと……、角都、飛段……」
「飛段、次はどうせ俺の中から奴が出てくる。ななしを持って離れてろ」
「クソ……これじゃ埒が開かねぇぞ!どうすりゃいいんだ!」
「何か、何か弱点があるはず…」
飛段と共に角都から距離を取った私は、ブツブツと言霊を並べながら考え込んだ。ふと目に入る、窓から差し込む柔らかな光。ああ、もう朝を迎えようとしているのか。一睡も出来ずに迎えた綺麗な朝焼けを、ぼーっと見つめる私の脳裏に、突然浮かぶ昔の記憶。
『吸血鬼は太陽の光に弱く……、』
「あ!!」
「うおっ…、何だよ急に大声出すな…」
「ひ、飛段!太陽!」
「あ?」
「吸血鬼の弱点!太陽の光なの!」
ぐっ、と口元を抑え苦しげに呻く角都。再び始まろうとする戦いの中で、飛段はぺろりと舌を覗かせた。
「…へぇ、そりゃいい事聞いた」