不死身と不死者D

げほ、ごほ、と激しく咳込む角都が、目の前で真っ赤な血を吐き出す。大丈夫だと分かっていても、その光景を目にするのは辛かった。反射的に駆け寄りそうになる体は、側にいた飛段に抑えられて叶わない。私も先程あの奇妙な卵を吐き出したが、腹が破られなくて良かったとつくづく思う。破られても平気なのは、この2人だからこそ。いくら治癒能力を持ってたって、只の一般人と変わらぬ身体能力しかない私にとっては即死級だ。

角都が吐き出した卵は、ぴき、ぴき、と音を立ててヒビ割れて、私の時と同じ様に殻を破って男が現れた。相変わらず人間離れしたその能力は、何度見ても吐きそうになる。見守る飛段もどうやら気味が悪いようで、

「ったく…、何度殺しても死なねェとか気持ち悪ぃ男だな」
「それ飛段が言うの?」

窓の方を振り返れば、後もう少しで日が昇りそうだ。それまで何とか時間を稼げれば、日光でこの男の動きを封じる事が出来るかもしれない。後は暁に入ってくれるよう説得するだけ…。まあその説得が一番の難関な様な気もするが、その時はその時だ。まずは目の前で殺意を剥き出しにするコイツを、何とかしなければならない。

「角都!いつもの行くぜ!」
「気を抜くなよ飛段」

お互いを鼓舞し合う2人の様子を見ていると、何だかんだで息はピッタリなんだなあと改めて感心した。手に持つ鎌で斬り掛かる飛段と、己の血で作った刀で応戦する男。戦いに巻き込まれないようにと窓際へ退避しながら、ゆっくり登る朝日を焦ったく感じていた。

(まだ日が登り切るには時間がある…)

開け放たれた窓から差し込む日光は、まだ弱々しくて効果があるとは思えない。それまで飛段と角都が無傷でいてくれればいいのだが、やはり2人がどれだけ不死身で強かろうと心配になる。目の前で繰り広げられる死闘を、ハラハラとしながら見つめて、祈るように手を合わせた。

「おいおいおい!避ける一方じゃねェか!ゲハハハハ!!」
「調子に乗るな飛段!」

高らかに笑う飛段を嗜める角都であったが、確かに男は、飛段の攻撃を必死に防戦する一方に見えた。元々、人の中に巣食ってじわじわと殺すタイプの彼だ、もしかしたらこうした肉弾戦は得意ではないのかもしれない。外野で冷静に分析しながら、徐々に明るくなってきた外に、私は表情を綻ばせた。

「飛段、角都!あと少しで太陽が…!」

私のその言葉に弾かれるように、窓の外に目を向ける2人。同時に、飛段と角都の猛攻を受け止めていた男も、そこで漸く私たちが画策している手の内を知る事となった。外の明かりを見るなり、焦った表情を浮かべたかと思えば、みるみるその顔を怒りに染めて私を睨んだ。

「このクソ女、余計なことを!」
「えっ…」

さっきまで飛段らと戦っていたその男の意識は、突如こちらに向けられて狼狽えた。飛段を振り払ったかと思えば、窓際で眺めていた私の元へ、一直線に向かってくる。「ななし!」と叫ぶ飛段の声を耳に挟む中で、私はやって来た男に抱きしめられて、身動きが取れなくなった。

「お前の体の中に逃げさせて貰う。さあ、1つになろう…」
「ひ……っ、」

どういう原理なのかは知らないが、男の手がズプズプと背中から私の中に入ってきた。体内に何かが侵入してくるような気持ち悪さに、思考が回らない。どんどんその体を私の中へと埋めていく男の背後で、飛段と角都が珍しく焦った様な顔をしているのが見えた。このままでは、体を乗っ取られる。そうしたら飛段と角都は、私を殺さなければならなくなる。後ろから太陽の光に当てられる中、私はぐっと闘志を奮い立たせた。

(思い通りにさせて堪るか…!)

忍び服に仕舞い込んでいた苦無を取り出して、無防備なその背中に力の限り突き刺す。この攻撃が効くか効かないかは分からないが、何も抵抗せずにこの男を受け入れるよりはマシだ。しかし、雀の涙程度だろうと思っていた私のその反撃は、予想に反して男に大打撃を上げたようだった。耳をつんざくような悲鳴を上げた後、苦しげに吐息を漏らしている。先程まで、どれだけ飛段に斬られても平気そうだったというのに、たかが苦無に刺されただけで、この変わり様は何だろう。

「もしかして……、光……?」

窓際で繰り広げられる私と男の攻防は、しっかりと太陽の元に晒されている。もしかして、光を浴びている間は攻撃が有効なのかもしれない。切り口を見つけて、何とかこの状況を打開できるかもしれないと期待を浮かべたその矢先、男は一層私の体と融合しようとし始めたのだった。もう既に、私の体の中に、男の体が半分は入りかけている。

「もう遅い!俺の勝ちだ!」
「や、やだっ…!ひだ…、かくず…!」
「ななし!刺した苦無を寄越せ!」

背中に突き刺したままの苦無を抜いて、力を振り絞って飛段の方へと投げる。べっとりと血の付いたそれを拾う飛段の横で、角都は静かに言った。

「……飛段」

ちらりと横目で見た飛段は、少しだけ驚いていた。確かに角都は短気で、容赦なく人を殺すような男だが。でも決してこの男は、仲間の為に怒りを感じたり、人に執着するような奴では無かった筈だ。だがその時の角都は明らかに…、




「もういい。殺せ。見ていて不愉快だ」
「……、ほんと短気だなァ角都も」



面白くなさそうに吐き捨てた角都の苛立ちは、彼のツーマンセルの相棒である飛段が一番感じ取っていた。苦無に付いた血をゆっくりと舐めて笑う。


「さァ、儀式を始めよう…」











ーーーー・・・・






『任務に失敗しただと?』


全てが終わったその部屋で、私たちはそんなリーダーの声を聞いていた。脳裏に響き渡るその声に、角都と飛段が今回の任務の結果を報告している。

結局あの後、太陽の光で弱る男に、飛段の無慈悲な儀式が決行された。体を乗っ取られる間際だった私は、何とか難を逃れて腰を抜かす。こうして、この男を仲間にする、という任務は失敗に終わり、息絶えた死体を何とも言えない顔で見下ろしながら、リーダーのお叱りを受けて肩を落としのだった。




「んっ……、ぁ…、かくずっ…、痛…」
「……我慢しろ、あと少しで終わる」

血で濡れ、男の死体も転がったままのその部屋で、私は角都と飛段に外套をひん剥かれた。戦いの最中で負った彼らの傷を、私の力を使って癒そうとしているのだ。書院のへりに座る角都に跨って、ちくりと噛まれる痛みと擽ったさに、変な声が漏れる。はー…、と深い息を吐いて、だらしなく口を開けて蕩けた表情をする私に、思わず角都も面食らって。

「…何て顔をしているんだお前は」
「だ、だって………」

唾液で光る舌を仕舞って、慌てて口を閉じる。毎度の事ながら、私の体は敏感に出来すぎているようで、いちいち過敏に反応してしまうようだ。恥ずかしくて、その顔を隠すように角都に抱き付いていると、今度は隣の飛段に腕を引かれ、子供を抱えるかのように脇下に手を入れられた。

「次俺の番な」

よっこらせ、なんて言いながら、今度は飛段の膝の上に移動した。はだけたままの肩…、角都が噛んだ方とは反対側に、遠慮なく噛み付いてくる飛段。ゾクゾクと背筋が震えて、思わず背を逸らした。

「ひっ……!あ……、ぅ……」
「お前……、毎回そうなのか?」
「し、仕方ないでしょ!いいから黙って済ませてよ!」

いちいち突っ込んでくる飛段の耳を軽く抓って、羞恥心を誤魔化すように先を急かす。事が終わると、私はまたしても脱力するように飛段の体に凭れ掛かった。彼らも、そんな私を突き放す程鬼ではないようで、されるがままに受け止めてくれている。

「角都も飛段も、思ったより優しく噛んでくれるよね」
「あ?なんだそりゃ」
「2人とも短気だし、思い遣りとかなさそうだし、こう…遠慮なく思い切り噛みそうなイメージだったんだけど」
「心外だな。流石に俺らだって気が引けんだよ。そういう趣味無いしな」
「殺しは平気なのに、噛むのは戸惑うんだ」
「……何だ、文句があるなら望み通り思い切り噛んでやろうか」
「え、遠慮しておきます!」

あっけらかんと話す2人の姿を見ながら、私は暁のみんなを治療する時のことを思い出していた。噛み方1つでも個性が出て、それぞれ微妙に違うのが面白いと言えば面白い。例えば、噛むまでの動作や私の服に手を掛ける仕草も、人によって違う。

「イタチは?」
「イタチはとにかく優しくて、私に気遣ってくれるよ。噛んだ後も、痛くないかって聞いてくれたり」
「サソリは」
「サソリはちょっと意地悪で…。私の反応見て楽しんでるみたいなとこあるし」
「デイダラ」
「デイダラ……は………、」

デイダラは、強引で、いつも横暴だけど、でも私が嫌がる部分や痛がる部分を分かってくれているのか、彼なりに気を遣っていることはしっかり伝わっている。多分癖なんだろうけど、噛む前に必ずそこに舌を這わせ、軽く甘噛みすることも、知っている。そうされると私は、段々体が変に……、


「………………」
「………………」
「………………」


突き刺さる飛段と角都の視線の前で、私は全身を一気に真っ赤にした。デイダラに噛まれた時のことをリアルに思い出して、何だか恥ずかしくなってきてしまったのだ。そんな私を、2人はじっとりとした目で睨むように見ていて、何だか居心地が悪い。

「…なんかイラッとしたな今の」
「な、なんで!?」
「もう一回服脱げ、納得いかねェ」
「は!?もう傷は治ったでしょ!?」
「あのデイダラに負けてんのかと思うと腹が立つ」
「ちょ、ちょちょ、やめて服引っ張らないで!!助けて角都!!」
「…………………」
「角都!?!?」

結局その後も私は2人の気が済むまで噛まれ続け、体中に赤い痕を刻まれることとなった。負けず嫌いというか何というか。デイダラへの対抗心だけで、普通ここまでやるかとも思うのだが、あまり文句を言うのはやめておいた。また倍になって返ってきたら今度こそ体が保たない。



村を出る頃には、すっかり太陽は真上に昇っていて、起き出した村の人たちが神妙な顔付きで私たちを送り出そうとしていた。正義のヒーローのつもりであの男を始末した訳ではないので、飛段も角都も鬱陶しそうに背を向けていたが、私はどうしても一言だけ伝えたくて、一番世話をしてくれたあの男の人の元へ駆け寄る。私は今回の件で思ったことを、そのままに伝えたのだった。

「今回の恐ろしい出来事は、過去の貴方達が引き起こした事でもあります」
「……………」
「今更私みたいな他所者が、貴方達に説教をくれるつもりはありませんが…。今回の被害を受けた方たちも、貴方達が殺したあの男性も、どちらもこの村の住人です」

それを忘れないで下さい。それだけ告げると、村の人たちは、バツが悪そうに視線を下に落としたのだった。私はそれを見届けた後、先に進む飛段と角都を追い、帰路に着いたのである。








「ま、臭い物に蓋をしたいって気持ちも、分からなくはねぇけどな」

帰り道。ポツリと呟いた飛段は、空を見上げていた。私はそんな彼の横顔を見上げながら、切なげに眉を寄せる。

流行病にかかったあの男性は、必死の訴えも虚しく孤立し、そして死んでいった。その無念が今回の殺戮を引き起こしていたのかと思うと、どうにもやるせない。勿論、村の人たちも、病を蔓延させないようにという、必死の措置だったのかもしれないが、それでも、だ。きっともっと、他のやり方があった筈だと、そう思わざるを得ない。

「面倒ごとは抱えたく無いからな」
「同感だ」

私とは対照的に、飛段も角都も冷酷で、面倒ごとは切るべきだと考えているようだ。冷たいなぁ、なんてその背中を見つめつつ、ふと思い出す。

「…でも2人とも、私のこと守ってくれたよ?」
「……………」
「……けっ」

素直じゃ無い2人は、お互いに顔を背けたまま何も返さないけれど、私は知っている。戦いの最中、私を見捨てようと思えば幾らでもそのタイミングは合ったのに、ちゃんと助けてくれた事を。足を引っ張ったら殺す、なんて言いながらも、自分の目的以外は面倒事だと感じる2人が、何度も何度も救ってくれた事を。

「お前に怪我をさせると煩い奴が多いからな。その方が面倒だ」
「デイダラとかイタチとか小南とかな」
「はいはい。そういう事にしとく」
「しとくんじゃなくて、それ以外の意味はねぇんだよ!」
「もー、耳元で怒鳴らないでよ煩いなぁ」
「うるせぇのはお前だろ!くだらねぇこと言いやがって!」
「ほら、帰ったら2人の好物晩御飯で作ってあげるから」
「……その前にリーダーの説教だがな」
「そうだった……」

はあぁぁ…、と3人同時に溜息をつく。勿論帰還後は、みっちりとペインからのお叱りを受けるのであった。