夜行遊女@

※今回のお話には、通じて『妊娠』『赤子』といったワードが多数出てきます。(夢主が妊娠する訳ではありません)。苦手な方や嫌悪感を抱く方は、バックしてください。

























産女。またの名を、姑獲鳥(うぶめ)。それは、日本の妊婦の妖怪である。

死んだ妊婦をそのまま埋葬すると、「産女」になるという概念は古くから存在し、多くの地方で子供が産まれないまま妊婦が死亡した際は、腹を裂いて胎児を取り出し、母親に抱かせたり負わせたりして葬るべきと伝えられている。胎児を取り出せない場合には、人形を添えて棺に入れる地方もあるのだとか。恐ろしい伝記ではあるが、それだけ母親は我が子に恋い焦がれ、産まれてくるその瞬間を渇望するのだろう。それを果たせぬまま死んでしまった時の母親の無念は、きっと私には計り知れない。



「…少し前にさ、こんな噂を聞いたのさ。小さな村で、とある妊婦が死んだ。その遺体の腹を開いて中の子供を取り上げたら、奇跡的に子供は大きな産声を上げて、命を取り留めたんだ。だが母親は死んじまってるから、誰がこの子を育てようかって話になってね。話し合いに話し合いを重ねた結果、同じ村に住む人で、子供が欲しかったけどずっと恵まれなかった女性に任せることにしたんだと」
「う、うん…。それで…?」
「女は大切に育てた。そりゃあ我が子の様に、毎晩毎晩抱っこして添い寝して。そうやって可愛がっていたら、ある晩に、コンコンと家の戸を叩く音がしたんだ。こんな遅くに一体誰だと、どなた様ですか?って問いかけたら…」
「問いかけたら…?」
「私の子を返せ…って、血濡れた女が…」
「いやああああああ!!!!」

そこまで聞いて、私は悲鳴を上げた。思わず隣にいたイタチにしがみ付いてフルフルと震える私を、黒髪の端正な顔立ちをした男が呆れたように笑って見つめてくれている。ただの作り話ですよ、なんて言って、イタチと同じように笑う鬼鮫を、私は情けない顔で見上げたのだった。

今日の私は、イタチと鬼鮫コンビの治療担当。任務自体は、難しくも何ともない、いつもの資金稼ぎ。二人の実力ならば、私なんかおらずともあっという間に片付けて、アジトへ向かって歩き出したのが1時間程前の話だ。途中、買い足しておきたい物を思い出した私は、通りかかった町に立ち寄って、二人に付き合って貰いながら買い物を楽しんでいたのである。

ここの所、ずっと任務やら戦闘続きだった私にとって、この買い物はいい気分転換でもあり、ストレス発散にもなっていた。街にずらりと並ぶ品物や、活気ある人々の声を聞いていると、何となく気分も弾む。暁のアジトは、お世辞にも快適とは言えない、薄暗い洞窟を必要最低限に改造したような場所だし、毎日毎日血を浴びるような仕事ばかり。お陰で犯罪者として名を馳せる暁は、いつも人目を忍んでこっそりと生活しなければならない。こうやって賑う町並みを見ていると、自分が人間であることを思い出すような感覚に陥るのだ。

そうして買い物を楽しむ私に声を掛けてきたのは、魚屋の店番をする女性だった。快活なその女性は、私に捕れたての魚を数匹オマケしてくれながら、冒頭のそれはそれは怖いお話を聞かせてくれたのである。怖いもの見たさという言葉があるように、決してそういった方面の話が得意ではない私も、ついつい結末が気になって先を促してしまったが、今になって夜一人で眠れるだろうかと後悔していた。

「いい反応をしてくれるね、お嬢さん。こっちも話し甲斐があるってもんだよ」
「だって怖くて怖くて…。イタチ、夜トイレ行きたくなったら着いてきてね…。姑獲鳥が出たら、豪火球で焼き尽してよ…」
「それは構わないが…。そもそもそういう類の者に、忍術は通用するのか?」
「さあ…私も遭遇した事がありませんから、よく分かりませんねェ…」

大真面目な顔をして首を捻る男二名は、強い癖に偶に天然を発揮する。幽霊とはどういったカラクリなのか。そもそも幽霊は本当に存在するのか。そしてそういった存在に遭遇した場合、どう対処するのが正しいのか。そんな話を二人して真面目に語り出す傍らで、女性はまた明るく豪快に笑い飛ばしながら、魚が入った籠を私に持たせてくれたのだった。

「安心しな!姑獲鳥は、子供のいる女性のところにしか出ないんだ。アンタ、子供いるのかい?」
「い、いえ…、子供は、まだ…」
「なら大丈夫さ。まあでも、これから子供を産む予定があるなら、気を付けなよ。油断したら、愛しい我が子を姑獲鳥に掻っ攫われるからねェ」

で、どっちが旦那だい?なんて言いながら、イタチと鬼鮫を交互に見る女性に、私は顔を赤くしながら慌てて否定した。私たちはただの仲間であって、子供を作るような間柄ではないのだ。その点に関しては、はっきりと否定しておきたい。でも…。でも、いつか。私も、そんな時が来たらいいな、なんて夢を見ながら、自分のお腹を見下ろした。ここに人の命が宿るなんて、全く想像が付かない。よく鼻からスイカを出す痛みだとか何とかって聞くけれど、そんな壮絶な痛みと戦いながら我が子を産むなんて大業、私に出来るのだろうか。考えるだけでも恐ろしくなるが、その痛みを乗り越えた先には、新しい命が待っている。きっと計り知れない感動と、この子を一生かけて守ろうという母親の決意が、子供と共に生まれるのだろう、……なんて。その前に、そんな場面が私に訪れてくれるのかどうかは、また別の話なのだが。

そうして想いを馳せる私を、イタチはただ静かに見守っていた。その黒い瞳は優し気に細められている。特別何かを言うことはなかったが、彼は確かに、私のそんな未来を願ってくれていた。普段は殺伐としている暁集団の一員である三人だが、今だけは和やかな雰囲気に包まれていて。戦いの中に身を置いていることを忘れてしまいそうになる程、平和な一時を噛みしめていたのである。

「実は、私もさ…」
「え…、もしかして…!」

不意に、女性が己の腹を優しく擦った。照れくさそうに笑う女性を見て、私は全てを察する。どうやらおめでたの様だ。少しばかり膨らんでいるそのお腹に顔を近付けて、小さな命の息吹を感じた。すごい、ここから赤ちゃんが産まれてくるんだ…。幸せそうに笑う女性を見ていると、益々子供の願望が強まって、私は思わず隣にいたイタチの腕を引っ張った。

「ねえ、赤ちゃん欲しいねイタチ」
「なっ…、」

あのクールなイタチが、冷静沈着なイタチが、私の発言を受けて思わず動揺した。目を白黒させて、私を凝視する彼。何か不味いことでも言ってしまっただろうか。あまり深く考えずに発した言葉だったが、イタチはそれ以降、ぴしりと固まって動かなくなった。鬼鮫が懸命に揺すって、出かけた魂を呼び戻している。変なイタチ、なんて他人事のように横目で眺めながらも、私はゆっくりと、活気づく周囲の景色を見渡して。目に入った光景に対して抱いた思いを、そのまま口にした。

「この町…、子供が多いですね」
「そうなのよ。最近多くって」

辺りには、赤子を抱いた母親がたくさんいる。それはもう、どこか違和感を感じる程には、殆どの女性が赤ん坊を布に包んで抱いているのだ。あちらこちらで聞こえる赤子の泣き声。普通に見れば幸せな光景なのだろうが、何だろう、この違和感。素直に素敵だと思えない私の心が、汚れているだけなのだろうか?

「私とちょうど同じ時期に出産する妊婦さんも沢山いるのよ。この町の将来は安泰ねぇ」
「そう、なのですか…。…あの、つかぬ事をお聞きしますが、旦那さんは…?」
「ああ、旦那はね」

…いないのよ、数年前から。そう笑った女性に、いよいよ私の違和感はざわつき始める。いない?数年前から?だとしたら、今そのお腹に身籠っている子供は、別の人との子供という事なのだろうか?膨らむ一方の疑問を胸に、私は再度町を見渡してみる。実はこの町に来た時から、何となく抱いていた疑問。…見当たらないのだ、男性の姿が。この町に来てから、一人も見ていない。今ここに存在する男は、イタチと鬼鮫だけなのではないだろうかという程、殆どが女性。そこに違和感を感じたが故の、旦那さんは?という質問だった。

「数年前からいない、というのは…、あの…、聞いてもいいのか分からないんですけど…、」
「ああ、いいのよいいのよ、そんな気にしてないし。気を遣わなくても」

手をヒラヒラとさせながら、相変わらず人の良い笑顔を浮かべたままの女性は、『数年前から旦那がいない』という言葉の意味についてを、私たちに詳しく説明してくれた。

「数年前に突然ねぇ…、旦那が行方をくらまして。どんだけ探しても見つからないのよ」
「行方不明という事ですか」
「まあ、そういうことになるかねえ。しかもうちの旦那だけじゃなくて、この町に住む男性の殆どが、忽然と姿を消したのよ」

困るでしょお?なんて言う女性ではあるが、その事の重大性にはあまり気付いていないようだった。数年前から、町の男性たちが続々と消えている。どう考えてもおかしい。何かが起こっているとしか思えない。イタチと鬼鮫も、みるみるその表情を険しくさせて、鋭く睨むようにその女性を見つめている。…数年前から、男性が消えた町。だとすると生まれてくる、また新たな疑問。私の代わりに、イタチがその疑問を女性に切りこんだ。

「では、そのお腹の子は一体」
「これはねぇ、きっと私の子供が欲しいって願いが通じたんだと思うわ!この町の女性はみんなそうよ。子供が欲しいってお願いすると、数か月後、本当に妊娠するの!まるで神様が与えてくれたみたいに…」

愛おしそうにお腹を撫でる女性の顔を見て、私は確信した。この町で、何かが起こっている。女性は幸せいっぱいに、神様が恵んでくれた命だと語っているが、現実的に考えるとそれは絶対に有り得ない。子供は、女性だけの力ではその命に恵まれることはできない。男性がいて初めて、ほんの小さな命が誕生する、奇跡のような出来事なのだ。しかし、その女性のお腹を見つめる目は、それを信じて疑わない様子だった。神様が、頑張っている私にご褒美をくれたんだ、と一心にそう何度も告げてくる。その姿は、どこか盲信さすら孕んでいる。

「ねえ、イタチ……」
「ああ。……何だか様子がおかしい」
「どうします、イタチさん。我々の任務は終わっています。関わる必要はありませんが」

私と鬼鮫に見つめられて、判断を一任されたイタチは考え込むように目を伏せた。何度も確認するようだが、私たちは犯罪者集団である暁。決して、人助け集団ではないということは、色んな人から耳がタコになるぐらいには、煩く聞かされている。元々超が付くほどのお節介である私は、ついこういった出来事に直面すると、『何とかしなくちゃ』という謎の使命に駆られてしまうのだ。しかしそれは、決して義務ではない。ここでこの町を調べようが、放っておこうが、私たち暁の知った事ではない。…そんな風に、冷たくなれれば簡単なのに。

「…放っておけないのだろう?」
「……!」

イタチにそう言われて、ゆっくりと顔を上げる。小さく溜息をつきながらも、私の思っていることを二人は分かってくれているようだった。…放っておけない。目の前で、幸せそうな女性の顔を見ていると、何だか心が痛くなる。もしかしたらその幸せが、誰かの陰謀によって作られた地獄なのかもしれないと思うと、胸が締め付けられるようだ。とても人のいい女性だったし、この町自体も明るくて素敵なところだ。ここで見捨てたら、この人は…この町は、一体どうなってしまうのだろう。そう考えると、今さら知らなかった振りをして通り過ぎる事など、私には到底できそうになかった。

「…調べたい。この町で、一体何が起こっているのか」
「ななしさんなら、そう言うと思っていましたよ」
「でも…、イタチも鬼鮫も、いいの…?私たち、人助け集団じゃないのに…」
「何を今さら。お前の世話焼きに振り回されることなど、これが初めてじゃないだろう」

微笑んでくれる二人が頼もしくて、私も釣られて頬を弛ませた。やっぱりイタチと鬼鮫は、いつも優しくて紳士的で頼りになる存在だ。私の我儘に巻き込んでしまう事に対しては申し訳ないと思いいつつも、殆ど戦えない私には、二人の力が必要不可欠。協力してくれるというのなら、それ程頼もしい事はない。

「リーダーには俺から連絡を入れておこう。何が潜んでいるか分からない。くれぐれもオレと鬼鮫からはぐれないように」
「分かった。よろしくね、二人とも」
「そうと決まれば、早速この町のことをもっと調査しないとですね」

事をより深く理解する為には、町の人への聞き込みや、数年前に何が起こったのかを、改めて確認する必要がある。私たちは、この謎の解明を決意するのと共に、潜む敵の陰謀と、来る戦いに向けて、少しずつ準備を進めていくのである。…そう、この出来事には、古くから伝わる女の妖怪の話が、深く関わっていたのだ。








産女、またの名を、姑獲鳥(うぶめ)。それは、日本の妊婦の妖怪である。