集められた面々の中で、1番に声を上げたのはデイダラその人である。腕を組み、呆れた様に眉を顰めながら、前に立つ小南を見つめる。相変わらず冷静な小南は、あくまでも落ち着いた様子で補足した。
「なかなか起きてこないから部屋を見に行ったら、もぬけの殻だった。誰か心当たりはない?」
「またデイダラちゃんと喧嘩して家出でもしたんじゃねぇのかァ?よく言うじゃねぇか、実家に帰るとか何とか」
「こ、今回は違う!………と思う、うん」
「あんな小娘1匹、大して遠くへは行けないだろう。わざわざ騒ぐ事ではない」
「アイツの脱走癖なんとかならねぇのかよ」
いつもの様に無関心な不死コンビ…、飛段と角都は、大して心配をしていないようだった。どうせその内帰ってくるだろう、というのが2人の意見である。放っておけ、と冷たく言い放つ2人に対して、その隣にいたイタチと鬼鮫のコンビは、心配そうに目を合わせている。
「ななしは、小南のことや、記憶を無くした事に対して責任を感じているようだった。変な考えを起こしていなければいいが…」
「心配ですねェ。探したい所ですが、我々はこれから任務なので…」
優しさを滲ませる2人の傍では、ずっと静観していたサソリが、ヒルコの中から低い声を響かせる。
「そういや、ななしが使った術の事は、何か分かったのか」
ななしが使った術。鎖のようなもので敵を縛り付け、動きを封じ込める術。それは、一種の封印術のようなものだった。デイダラ、トビ、そして小南も、意識を手放す前に彼女がそれを使っていた事を目の当たりにしている。今まで、ななしは戦いに使えるような術を持っていなかった。彼女自身も驚いていた事を考えると、隠していた訳でも無さそうである。
「オイラたちがその術の事を問い詰めた後ぐらいから、なんか妙に考え込んでるようだったな、うん」
「何でもない、ごめんね、って言いながら、ずっと思い詰めた顔をしてましたね」
先日の戦いの後。デイダラとトビが、術のことや、ななし自身のことを問い詰めてから、彼女の様子がおかしくなった。思えば、暁はななしのことをあまり知らない。知っていることと言えば、特殊な治癒能力を持っていることや、あの村でその力を利用されていたこと、そして膨大なチャクラの量を有していることぐらい。普通の人間ではないことは分かってはいたが、ならば彼女が何者なのかという部分は、分からないままであった。利用できればそれでいい。そんな考えの元連れてきた人物だ。ななし自身も、自分の事についてあまり疑問に思っていなかった様だったし、嫌なことに態々触れることもないだろうと、ずっと遠ざけてきた問題でもある。
しかし、今回の件はそれを改めて考えさせられるきっかけとなった。自分のせいで小南を傷付け、みんなに迷惑をかけたと思い込んでいるななしは、あれからずっと上の空。こうなると人の話を聞かず、自分の世界に入り込んでしまう頑固なところがある彼女は、案の定、何か声を掛けても「大丈夫」「ごめんね」しか言わず、また自分の中に閉じこもってしまう。様子がおかしいのは明らかではあったが、時間が解決するしかない、とそっとしておく事にしていたのだ。
そんな最中での、彼女の失踪。心配にならない筈がない。それに、ななしが大した術を自分の意思で使う事が出来ない事実は、何ら変わっていないのだ。もし1人で放浪しているところを、何者かに襲われたら……。
「………あの」
みんなが黙り込む中、1人控えめに手を挙げた男がいた。橙の仮面を付け、いつもふざけて騒いでいるトビである。彼もまた、ななしの術を目の当たりにして、何か心当たりを感じている1人であった。
「ななしさんが行きそうな場所に心当たりがあるんです。僕は任務も無くて暇ですし、探させて貰えませんか?」
「ほう」
「トビだけに行かせるのは心配だ。オイラも行く」
「はぁ?お前はオレと任務だろうが」
名乗りを上げたデイダラに、横から口を出すサソリ。残念ながら、今日はサソリの言う通り、これから任務に向かわなくてはならない。デイダラたちも、飛段たちもイタチたちも、こういう日に限って任務が入っていた。……いや、まさかななしは、この日を狙っていたのだろうか。
「ななしの捜索はトビに任せよう。角都の言う通り、ななしの行動範囲はそう広くない筈だ。トビ1人でも十分だろう」
「ちっ……」
「任せて下さいよ先輩!俺だってやる時はやるんですから!」
「やれた時が今までに一度もねぇだろうが、うん」
納得いかない様子のデイダラだったが、任務と言われたらどうしようもない。暁はツーマンセル行動が基本。ここは、余っているトビが行くしかない。
それぞれが任務の準備に取り掛かる為に散らばっていく中、デイダラはトビの背中を呼び止めた。
「トビ」
「はい?」
「………頼む」
「………はい。必ず連れて帰ります」
そうして、トビがななしの捜索に出発したのであった。
長閑な木々や草花に囲まれた、静かな山の麓。近くからは、川のせせらぎと鳥の鳴き声も聞こえてくる。ここにいると、自分のことや難しいことも全て忘れて、心が安らぐ。本当の実家のような安心感。時が流れるのが遅く感じる程だ。
「ねぇ、ななし」
そんな事を考えながら、ぼーっと雲の流れを目で追う私を、凛とした声が呼んだ。視線をそちらに向けると、どこか心配そうな顔をしているヨツユの姿がある。手には沢山の薬草を抱えていた。
「本当に大丈夫なの?アイツらに黙って出てきたんでしょ?」
「だって言ったら絶対着いてくるし」
「そりゃそうだけど…。きっと今頃心配して、騒いでるんじゃないの?」
「……………」
来ちゃった、と笑う私を出迎えた一刻前のヨツユは、大して驚きはしなかった。何かあるとすぐここへ帰ってくるので、こんな事は今更珍しい事ではないからだ。その時は嬉しそうな顔をしたヨツユだったが、おじいちゃんの「みんなにはちゃんと言って出てきたのか」という質問に対して黙り込んだ私を見て、黙って出てきた事を察したのだろう。心配そうにするヨツユに、私は小さく笑みを零す。
「ヨツユってば、最初は暁のこと嫌ってたのに。今では随分信頼してるんだね」
「ち、違うわよ!そんなんじゃなくて…、後から何か言われたら嫌だなって思っただけ!凄いめんどくさそうな集団でしょ、アイツら。きっと地の果てまで追いかけてくるわよ」
早口で誤魔化すヨツユに益々笑いが溢れると、彼女はムッとした顔で私の隣に腰を下ろした。
「ねぇ、ななし。暁で何かあったの?」
「…ううん。違うの、喧嘩して出てきたとか、そういうのじゃなくて」
「じゃあ一体どうしたのよ」
「……………」
頭の中に浮かぶ、母親の姿。記憶の中の母親は、確かに言っていた。『おじいちゃんを頼りなさい』と。実際、父と母を亡くした私の面倒を見てくれたのはおじいちゃんで、そういう面ではもう十分に頼ってきた。でも、おじいちゃんは今まで、1回も私のことについて話してくれた事はない。私は、それを知るために来たんだ。
「私のことを、知るために来たの」
「え?」
「ほら、私ってなんか変な力持ってるでしょ?この間任務について行った時もね、不思議な術を使ったの。あんなの、いつ覚えたのかも、どうやって使ったのかも、全然分からないけど。私、普通の人とは違うんだよ。そのせいで敵に狙われる事も多かったし、その度にみんなが私の代わりに戦って、傷付いてた」
「ななし……」
「今までみんなの強さに甘えて、守られて、考える事をやめてた。別に私が何者だっていいって。みんなが居てくれるから、そんなの関係ないって思ってた。…でも、知ることは、強くなることなんだって気付いたの。もう私のせいでみんなを傷付けたくない。自分のことを知って、もっと力を使いこなせる様になりたい。…だから、1人で来た。私のことを知るのに、仲間の力を借りてちゃ何も変わらないもん。自分で歩いて、調べて、掴まないと。私の問題なんだから」
結果的に、そのせいでヨツユには心配をかけてしまったが、自分の選択に間違いはないと思っている。これは、自分自身で解決しなければいけない問題。自分で掴まなきゃ、きっと納得できない。まあ、そんな大きな事を言っておきながらも、自分の力だけでは限度があるので、結局おじいちゃんを頼りに来ている訳ではあるのだが。
「ここに来れば、ななしが求めている答えが見つかるの?」
「うん。お母さんが、ここを訪れなさいって言ってたこと思い出したんだ」
「お母さん…、あの綺麗な赤髪の」
ヨツユは幼い頃からの友人なので、彼女も私の母親のことは知っている。あまりいない、印象的な赤い髪を持っていたので余計かもしれない。
「不思議だよね。今までずっと、お母さんの言葉を忘れてたのに、急にふと思い出したの。それでここまで来たんだ。おじいちゃんなら何か知ってるかもって」
「まあ、あのエロじじいも、歳だけは誰よりも長く生きてるしねぇ。何か知っててもおかしくはないわね」
事情を知ったヨツユは、私の行動に納得してくれたようで、それ以上何か心配するような事は言わなくなった。本当にいつでも私のことをよく理解してくれる。かけがえのない存在である。ヨツユがいるからこそ、私もこうして頑張れるのかもしれない。
「ななし」
「うん?」
「…貴女が何者でも、私の気持ちは変わらないからね」
「え………」
「貴女を大切に思う気持ちは変わらない。だってななしはななしだもの。それはきっと私だけじゃ無くて、暁の奴らもみんな同じ気持ちなはず。だから……、知る事を怖がらなくてもいいから」
「ヨツユ………」
「さあ、そろそろ戻りましょう。おじいちゃんに聞く事があるんでしょう?」
……やっぱり、全部お見通しだったんだ。ここに来て、ヨツユとおじいちゃんと対面した時、私は本題に入れなかった。本当はおじいちゃんに私のことを聞きに来た筈なのに、目の前にすると何だか聞くのが怖くなって、喉まで出かかった言葉を飲み込んでしまった。真実を聞いたら、私が私じゃなくなってしまうかもしれない。みんなと一緒にいられなくなるかもしれない。何故かそんな事が頭に浮かんで、ここまで来たというのに怖気付いてしまったのだ。
私がここに来た理由を知ったヨツユは、最初に顔を合わせた時の、私の言いづらそうな様子にも合点がいったのだろう。だからこうして、言葉を掛けてくれたのだ。貴女は変わらない、貴女は貴女だ、と。
「ありがとう、ヨツユ」
「何言ってんのよ。お礼を言うような事じゃないでしょ」
頼もしく笑う彼女の笑顔は、何よりも私の心を奮い立たせてくれた。いつも彼女は私を救い、背中を押してくれる。暁とはまた違った支え方をしてくれる、かけがえのない存在。
「ヨツユも、一緒に聞いてくれる?私のこと」
「聞いてもいいの?」
「むしろ知ってほしいの。私の大事な人だから。私のこと、知って欲しい」
「………分かった。私も一緒に聞く」
ぎゅっと手を握りしめて、お互いに決意を固めながら歩くおじいちゃんの家までの帰り道は、いつもよりもずっと短く、早く感じられた。庭で薪を割るおじいちゃんが、いつもの笑顔でおかえりと迎えてくれる。そのおじいちゃんに対して、私はようやく勇気を振り絞ったのである。
「…おじいちゃん。話があるの」
「儂もその昔は、随分と色男じゃった。そう、ななしが前に連れていたあの黒髪の青年と同じくらい」
「……イタチのこと?」
「そうそう!儂もそのイタチとやらに負けないぐらいのいい男でな、そりゃあもう村の娘たちが儂を巡って喧嘩する程であった」
パチパチと燃える囲炉裏を囲って繰り広げられているのは、私の話では無く、おじいちゃんの昔の話だ。それも、どこまで信憑性があるか分からない。大体ご老人というのは、自分の武勇伝を何倍にも盛って話す生き物だと、誰かが言っていた気がする。
「娘らは別嬪揃いで、毎晩毎晩儂の家の前に行列を作っては……、」
「ねぇ、何の話?」
「こら、黙って聞かんかヨツユ。お前はいつもそう……、」
「おじいちゃん」
ぴしゃり、と遮ったヨツユの低い声に、おじいちゃんだけではなく隣にいた私ですら震え上がった。にっこりと笑うヨツユの笑顔は、ヒクヒクと口端が震えている。怒っている事は一目瞭然で、流石のおじいちゃんもそれ以上は話すのをやめた。
「お、おじいちゃん……緊張を解そうとしてくれたんだよね…」
「……そ、そうじゃ、ななしとヨツユがあまりにも怖い顔をして話があるなんて言うもんだから……。儂はてっきり、ヨツユまでこの家を出て行くのかと…」
「そんな訳ないでしょ!おじいちゃんの面倒見れるのは私しかいないんだから」
もう、と呆れるヨツユに対して笑みを深めるおじいちゃん。……おじいちゃん、本当は分かってるんだよね。私がどうしてここに来たのか。そして、今から何を話そうとしているのか。
「おじいちゃん」
「うん?」
「教えて欲しいの」
酒を口に運ぶ手を止めて、でも変わらず優しげな眼差しを向けてくるおじいちゃんを見つめ返しながら、私は深く息を吸った。
「私のこと…、私のお母さんのこと…。おじいちゃんが知ってる事、全部教えて欲しいの」
「…………」
おじいちゃんの柔らかな表情は、決して崩れなかった。いつもと変わらぬ態度、変わらぬ声音でいてくれる。それが私の緊張する心を落ち着かせてくれていた。持っていた盃を床に置いて、おじいちゃんは火を見つめる。その瞳は、遠い過去を思い出しているようだった。
「……そうか。この日が来たんだなぁ…。いつかは来ると思って、今日まで待ってたよ」
「おじいちゃん…」
「儂が死んだら、ななしを知る者がいなくなってしまう。くたばる前に、お前が来てくれて良かった」
何から話そうか、と顎の髭を触るおじいちゃんは、やがて遂に、本題に入ったのである。私に、1つの問いを投げかけながら。
「渦の国、を知っているかい?」