幽霊の正体見たり枯れ尾花A

…渦の国。それは、かつて確かに存在していたとある忍一族が住む国であった。渦潮隠れの一族は、赤い髪と強い生命力を持っていることが特徴で、封印術に長けていたのだという。しかし、その強力な力は他国に恐れられ、やがて滅亡し、一族は離散。故郷を失った彼らは放浪し、各地へと散らばったのである。

「赤い…髪……」
「お前の母親は、この渦の国で生まれた人だった」

母は、国を失った後、命からがらこの里へと逃げのびてきた。頼る人もおらず、たった一人、孤独の中で訪れたこの里。やっと、やっと住む場所を見つけた。きっと助けてもらえる。同じ人間だもの。そう思った母親に降りかかる災難は、それだけでは止まらなかった。よそ者だと蔑まれ、赤い髪を気味悪がられ、この里でも母の居場所は無かったのだ。里を歩くだけで、「出て行け」と暴言を投げられる。…その時の母の気持ちを想像するだけで、心は痛み、苦しくなった。

「誰も彼女を受け入れようとしなかった中で、たった一人、孤独な彼女に手を差し伸べた男がいた。…それが、お前の父親だ」

里一番の実力を誇り、人望も厚い一人の男。それが、後に私の父親となるその人である。彼だけが、私の母親の孤独に寄り添い、そして救ってくれた。お父さんのお陰で里での居場所を得たお母さんは、その明るく優しい性格もあって、徐々に里の人たちとも打ち解けていき、認められていったのだった。共にいる内に惹かれ合った二人は、結婚し、子供を持つ。そして…私が生まれる。お母さんの一族の血を受け継いだ、この私が。

「だからななしは、うずまき一族の特徴を持っているんだ。強い生命力…膨大なチャクラの量。そして、噛んだ者の傷を癒すという力も、渦の国の一族ならではの力だろう」
「私が…渦の国の一族の血筋…」

初めて聞いた事実に実感が沸かなくて、私は自分の手の平を呆然と見つめた。この力は、私が一族の血を持っているからなんだ。


「あの頃は、各地で戦争や小さな争いが絶えず起こっていた。この里も例外なく、お前の父親は毎日戦場へと駆り出され、母親も貴重な医療忍者としてその力を使う様になった。始めは母親自らの意思で、村の人を救いたいと適度に治癒能力を使っていたが、戦況が激しくなるにつれて、まるで奴隷のような扱いになっていったんだ。勿論その事は、父親には内密で行われていた」
「酷い………。ななしのお父さんにバレたら絶対に反対されると思って、敢えて隠してたんだわ」

私の記憶に父親との思い出があまりないのは、戦争のせいだった。当時戦争ばかりで、里の忍びの者たちは殆どが戦場にいたからだ。父親が随分立派な忍であった事は、母親の口から何度か聞いている。ごく稀に帰って来た時は、そのごつごつとした手で、傷だらけの体で、私のことを強く抱きしめてくれたことだけは覚えている。優しくて強くて頼もしい、私の自慢の父親である事は違いない。

「ただ、お前の父の死には、不思議な部分も多かった」
「え…。私の父は、戦死したって聞いてたけど…」
「確かにあの日、彼奴はいつもの如く戦線へと向かって里を出た。だが里の者の中に、彼を里の奥の神社で見かけたと言っていた者がいたんだ。戦線にいる筈の彼が、見知らぬ誰かとまるで人目から隠れるようにして話し合っていたと。……そうだったな、ヨツユ」

その名に弾かれる様にして、隣に座るヨツユを振り返ると、ヨツユもまた、その時の事を思い出すかのように、視線を遠くへと投げていた。そうだ……ヨツユは、この里がデイダラの爆撃によって壊滅した時も、唯一暁の姿を目撃した生き残りの1人だ。私の父が生きていた、最後の姿を見ていたのが、まさかヨツユだったなんて。

「あの頃の私はまだ幼かったから、何の話をしてるのか、ななしのお父さんが何をしているのかは分からなかったけど…。でも幼心にも何となく、これは見てはいけないものを見てしまったと思ったの。真剣な顔で誰かと話すななしのお父さんを、私は木の陰からこっそり覗いてた…」
「私のお父さんは、一体誰と話してたの…?」
「……赤い雲の衣…、オレンジ色の不気味な仮面。あれは……、今なら分かるけど、確かにトビだった」



かつてヨツユが、村の仇の為にイタチやデイダラと戦った場所。里の奥にある長い石段を登った先の、由緒正しき神社。そこで私の父は、トビと言葉を交わしていた。

過去にイタチと共にここを訪れた時、この里に起こった真実を聞いた。あの時起こっていた戦争は、全て裏で暁が糸を引いていたのだと。ならば、父が暁の人間と面識があった事は何ら不思議ではない。恐らくその時既に父は、暁に騙され、そして利用されていた。

「あの時きっと、ななしのお父さんは暁に踊らされていたんだわ。だから私は仇を討とうと、イタチやデイダラと戦ったんだもの。この里は戦争で滅んだんじゃなくて、暁によって滅ぼされたんだから」
「うん……。でも…そもそもどうしてこんな、小さな村を狙ったんだろう。それに、イタチやデイダラに聞いた話だと、最初は村を壊滅させるつもりじゃなかったみたいだし…。村が燃やされたのは、デイダラの気まぐれだった筈だから…」
「え……、暁は私たちを殺すつもりじゃなかったの…?」

驚いたようにこちらを見るヨツユに、私も頷く。デイダラは言っていた。あの時、リーダーから『里の人間をあまり殺すな』と命じられていたと。しかし、それは何故だったのだろう。ただの資金稼ぎの為ならば、里の人の命にそこまで拘る必要があったのだろうか。そもそも、

「お金を稼ぐためだけに、わざわざ小さな村同士を争わせて、戦争にするなんて…。もっと手っ取り早くて簡単な方法があると思わない?」

ふと頭に浮かんだ疑問を、そのまま言葉に乗せた。難しい顔をするヨツユや、何かを考え込む仕草をするおじいちゃん。流れる沈黙の中で、その答えを知る人はいない。…やはり、暁の人を連れて来るべきだっただろうか。まさか私の話から、この村に残る謎に繋がるとは。

リーダーやオビトの性格を考えると、たまたま気紛れにこの村を選んだとは考え難い。何か理由や目的があって、敢えてここを選んだのではないか。…そして何となく、その理由が私にも関係があるのではないか。どうしてかは分からないが、直感的に感じるのだ。


「暁の目的は分からないが、お前の父親と接触していた事は確かだ。そして、ヨツユがその光景を見たのが最後、お前の父親は死んだ。遺体は、火遁をもろに食らって全身焼かれた状態だった」
「火遁…?」

火遁という単語に違和感を感じたのか、身を乗り出したヨツユに対し、私は小さく首を捻った。その私の視線に気付いて、ヨツユが口を開く。

「私たちが戦争をしてた相手の村は、水の性質のチャクラを持つ、水遁使いしか居なかった筈よ…。火遁を食らって死ぬなんて、そんなの有り得ない…。そこに誰か、戦争とは関係ない人が介入しない限り…!」


火遁、と聞くと、何故か数名頭に浮かぶ人がいる。イタチ…、オビト…。2人は確か、火遁が得意だった…。どちらもうちはの名を持つ者だ。頭に手を添えて、考え得る可能性に思考を巡らせる。イタチは私の里の件に関わってはいなかった筈。…ということは、まさか…。



(オビト……違うよね……?)

嫌な考えが、脳裏を過る。

お父さん……、あの時一体何が起こったの…?貴方は誰に殺されたの…?









『戦争を終わらせたいんだ。これ以上、大切な人や里の皆が傷付くのは耐えられない』
『終わらせたい、か。なら圧倒的な力で捩じ伏せるしかない。少しでも早く相手を根絶やしにして、戦争を終わりにするんだ』
『そ、そんなの、どうやって…!』
『俺に考えがある。お前の里の人間に伝わる、あの力を使えば』




ななしを探す為、森の中を駆けるオビトの脳裏には、懐かしい記憶が蘇っていた。何故今こんな事を思い出したのだろう。今から向かおうとしている先が、まさにこの記憶と所縁のある地だからだろうか。


村の奥に位置する、小さな神社。そこである男と交わした会話。一字一句、鮮明に覚えている。その男のことを、俺はきっと、永遠に忘れる事はない。



……他でもない。ななしの、父親本人だからだ。






◇◆◇◆






「ここは………」
「霊峰の近くの洞窟。昔は結界を張って、人が近付けないようにされてたの。村が滅んでからは、完全に放置だけどね」

おじいちゃんと話した後、私はヨツユに連れられてとある場所を訪れていた。かつて、ヨツユとカカシとオビトと共に登った、霊峰の麓。そこにひっそりと存在していた、薄暗い洞窟である。中を覗き込んでみると真っ暗ではあったが、何故だろう、不思議と怖くはない。中から、何か神聖な空気を感じる。

「私たちの村はね、霊峰の近くで生活してた事もあって、昔から霊力っていう力を信じてきたの。神様とか仏様とかを信仰して、重んじてた」
「霊力……?」
「村の人全員が霊力を持ってる訳じゃなかったけどね。私なんか、せいぜいお化けの気配を感じるくらい。両親もそんなに霊力が強くなかったから、遺伝かも」
「知らなかった…。自分の故郷のことなのに…」

ヨツユに手を引かれて、私たちは中へと足を踏み入れる。岩壁に貼られた、幾多ものお札。ぴちゃん、ぴちゃんと一定のリズムで刻む水の音。ヨツユが持つ提灯の灯りを頼りに、奥へ奥へと進んでいく。

「ななしのお父さんは、霊力がとても強かった人なの。この洞窟も、ななしのお母さんが封印術で結界を張り、ななしのお父さんが清めて守ってた。貴女の両親が、2人で守ってたの」
「守るって、そんなに大切なものがここにあるの…?」
「この洞窟は、神様や仏様が降りてくる場所だって言われてたの。神様を怒らせると、村に恐ろしい厄災が降り注ぐって言い伝えられていたから、代々村の強い霊力を持った人がここを守り、神様にお祈りをしてた」
「それが私のお父さんだったんだ…」

洞窟の一番奥には、沢山の物が置かれていた。恐らく、村で亡くなった人たちの遺品やお供え物だろう。ここで供養し、極楽への旅路を神様にお願いする事で、亡くなった人たちの未練を消し去り成仏できると言われていたそうだ。お父さんもお母さんも、本当に凄い人だったんだ…。



「ななし」

ヨツユに名を呼ばれて振り返る。中央に置かれていた水壺から、ある首飾りのようなものを取り出して、私に差し出していた。綺麗な石が並んだ、不思議な首飾りだった。

「これは、貴女のお父さんが付けていたものよ。とても強い力を宿してるって聞いたけど…、素質がある人じゃないとこの首飾りの力は引き出せないみたい。お父さんは、この首飾りの力を借りて、すごい技を使っていたって」
「すごい技?」
「………霊媒。亡くなった人の魂をこの世に呼び、一時的に召喚できる技。遺族の希望を受けて、貴女のお父さんが亡くなった人たちの魂を呼び降ろし、最後に会話する機会を与えていた……。私たちの里では、ななしのお父さんだけが唯一、霊媒をする事ができた」

驚いて言葉を失う私を他所に、ヨツユも「私も見た事はないんだけどね」と笑った。霊媒はかなり高度な術らしく、私の父のように強い霊力を持った人にしか扱えない技らしい。半端な霊力を持った者が無理に行おうとすると、呼び降ろした霊に魂を乗っ取られてしまうのだとか。

霊媒には、呼びたい人の魂や意思が強く宿った物が必要になるのだという。形見や、その人の髪や爪などでもいい。だからこの洞窟には、亡くなった人たちにまつわる物が沢山置かれているのだろう。父はここでひっそりと霊媒を行い、亡くなった人たちの未練や遺族の悲しみを、少しでも無くそうとしていたのだ。


「霊力って、遺伝するの。両親が強い霊力を持った人なら、強い霊力を持った子供が生まれる。勿論例外もあるけど、私なんかはさっきも言ったように、お母さんもお父さんも霊力が弱かったから、大した霊力は持ってない」
「わ、私は…霊力を持ってるの、かな……」
「……………」

今まで生きてきて、そんな力を感じたことは無かった。そもそもそんな力があって、それが私の村の独自の文化だったなんて、今初めて知ったことだ。初めて……、





…初めて、知った……?







『ななしも霊媒が出来ることを知られたら、それこそこの子は悪い力に狙われ、利用されてしまうかもしれない…。私は、この子には普通の女の子として生きて欲しい…。この子自身が、自分の事を知りたいと思うまでは…、渦の国の一族の力も、この村の力も、全て隠していたい。…そして願わくば、ずっと自分の力を知らぬまま、普通の人として生きていてほしい…』
『お前も私も、自分の力のせいで色々な苦労を強いられてきた。私もお前の考えに同感だ。娘には、普通の生活を送ってほしい。何にも脅かされることなく、狙われることもなく、平穏な日々を……』
『私の封印術で、この子の力に関する記憶に蓋をします。この子が知りたいと強く願えば、術は解け記憶が蘇る。でも、そう願う日が永遠に来なければ…、ななしはずっとその真実を知らぬまま生きる』



うずまき一族と、この村の強い霊力を宿した、二つの血を持つあどけない寝顔の少女を…、2人の男女はそっと抱きしめた。母が死ぬ間際に私に残した、『真実を知りたければここを訪れなさい』という言葉。そして、自分自身の力のこと。全てを忘れていたのは、母の…うずまき一族の強い封印術によるものだったのだ。娘には、力の事を知らないまま生きていって欲しい。親としてそう願いながらも、もし私が自分を知りたいと思った時は、その手助けが出来るように。親として、私にどちらの選択肢も残してくれていた。






「…ななしは、霊媒が出来るかもしれない」
「…………」
「私は、そう思ってる。だから、この首飾りを渡すべきだと思った。暁がこの村を狙ったのも、もしかしたら霊力を利用する為だったんじゃないかって思うの。私がななしのお父さんを最後に見た時…、この洞窟に向かっていったのを覚えてる。その後は怖くて逃げだしちゃったけど…、もしかしたら貴女のお父さんは、あの時何かを霊媒して、そこで殺されたんじゃないかしら…」

嫌な胸騒ぎがする。徐々に分かっていく真実に、胸はバクバクと煩く騒いで落ち着かない。

(私が……、霊媒……。お父さんが……、殺された……)



ふと、並べられている遺品の中に、一際目を引く物があった。大きなうちわの様な、不思議な物。なんだかそのうちわから、強大な気配を感じる。これも、無念の死を遂げた誰かの物なのだろうか。引き寄せられるようにそれに近付いて、そっと触れてみる。無機質な冷たい感触が、指から伝わってきた。




…お父さん。貴方は一体、誰を霊媒していたの…?