オビトはこの時既に、異変を感じ取っていた。突如姿を消したななしを追う為、かつて自分たちが崩壊させた村・ななしの故郷へ向かう道中、ふと感じた不吉な血の匂いにその足を止める。この強烈な血の匂いと、不快な腐臭は何だろう。
それに、この森に入ってから、オビトはなかなか目的地に辿り着けずにいた。本来なら、もうとっくに到着している筈だったのに。かつてカカシとも遭遇した、あの霊山の麓にある、小さな村。そこは、暁のアジトからそう遠くはない。ななしは、恐らくそこにいる。というより、彼女が独りで向かう先など限られている。
「マズイよオビト」
「……ゼツ」
にゅるりと地面から生えてきた同じ暁の一人に、オビトは視線を移した。どうやらゼツも、この異変を感じ取っているらしい。
「ななしが襲われてる。このままじゃ危ないよ」
「分かっている。だがこの森……、妙な術が掛かっているのか、一向に抜け出せる気配がない。一体誰の仕業だ…?」
ざわざわと、風に揺られて不気味な音を鳴らす木々は、延々と続いている。本当にこの先に村などあるのかと疑いたくなるくらいだ。オビトも、方角や場所を間違える程方向音痴ではない。確かにこの先で合っていた筈だった。
「……ななしの母親の術が残っているのか…?」
「ななしのお母さんを知ってるの?」
「俺はアイツの父親と母親に会ったことがある。あの村は、妙な術を使う連中が沢山いたからよく覚えている」
そっと木に近付いてみると、やはり何か術のようなものを施されている気配を感じた。オビトは、この術によって森に閉じ込められているらしい。
いよいよ焦り出したオビトとゼツの前に、今度は離れた場所からけたたましい爆発音が聞こえた。間違いなく村の方角だ。ななしの身に、何かが起こっている。そう確信するには十分だった。
「デイダラの爆遁…、な訳ないよね。別の任務に行ってるし。だとすると、」
ゼツがまだ話している途中で、オビトは神威を発動させた。あ、ちょっと、と制止を掛けるゼツの声も無視して、オビトは向かう。その爆発音がした方へ。
(ななしのチャクラはしっかりと感じる、まだちゃんと生きている。だが…)
ななしと共に感じるこのチャクラ………、一体誰だ?
オビトにとって、そのチャクラは懐かしい感じがした。オビトは、そのチャクラの正体を知っている。だがしかし、その人物は『今ここに存在する筈がない』人物なのだ。だからこそ、オビトは混乱していた。突然出てきたその気配に、何故だと焦らずにはいられなかった。
は、は、と荒い呼吸を繰り返す私は、後ろを何度も振り返りながら森の獣道を走っていた。木の枝や草が肌と服を引っ掻き、既に身なりはボロボロである。先程まで隣にいたヨツユの姿は無く、私はただ1人、必死に目的の場所まで走っていた。まるで何かから逃れる様に。
事が起こったのは、ほんの数十分も前だ。ヨツユにあの不思議な洞窟に案内され、色々な話を交わした後、私たちは共におじいちゃんの待つ家へと戻った。道中、特に違和感を感じる事は無く、でも今思えば、やけに静まり返っていたかもしれない。しかし私とヨツユはそれに気付く事無く家へと帰ったのだった。
そんな私たちが、家の前まで辿り着いた時。感じたのは、鼻をつく強烈な血の匂いと、ばり、ぼり、と何かを貪っているような音。それを家の中から感じて、私とヨツユは顔からさーっと血の気が引いた事を覚えている。何かが起こっている、と頭の中で理解するのと同時に、私たちは家の中へと飛び込んだ。
目に飛び込んできた光景は、壁も床も一面に真っ赤に染まった家の中と、此方に背を向けたままバリバリと音を立てる、見知らぬ男。そして、その男の背中に隠れて誰かが倒れていた。倒れている人物は足元だけが見えたが、それだけでも誰なのかがすぐに分かった。その見知った服と、痩せ細った足首は、一人しかいない。
「おじいちゃん!!!!」
ヨツユが悲痛な叫びを上げて、倒れるおじいちゃんに駆け寄ろうとした。が、それを私が咄嗟に止めた。未だに背中しか見えない謎の男が、異様な雰囲気を醸し出していたからだ。間違いなく、この男がこの惨状を生み出したのだろう。
興奮するヨツユを必死に押さえながら、その背中に問いかける。貴方は一体誰ですか、と、その正体を。
「あ。いたいた、女。お前を探してたんだよ」
口からはみ出す、人の一部だった『何か』。それは、その向こうで力無く倒れるおじいちゃんの、体の一部だった。骨ごと噛み砕き、口周りを真っ赤に染めながら振り返った男は、只ならぬ腐臭を漂わせた、まるで死者の様な風貌をしていた。ヨツユはその姿を見た途端、その顔を青くさせ、ヒュ、と喉の奥を鳴らした。
「…霊……、怨霊だわ………」
ここの土地柄、こういった悪い霊も呼び寄せてしまう事があると、ヨツユは静かに言った。近くにある霊峰は、黄泉に一番近い場所だと言われている。地獄行きの霊たちは、霊峰から逃れる様にこの周辺にやってきては、生きた人間のチャクラを喰らうらしい。
ソイツは私とヨツユを交互に見た後、めんどくさそうに首を捻った。
「…美味そうなチャクラの匂いを辿って来たんだが……。どっちの女だ?」
「………!」
そこでヨツユは、この男の狙いが私であることに勘付いた様だった。咄嗟に私の前に出て、背中に隠す。
「この老いぼれに聞いても口を割らなかったからな。少しお仕置きしたんだ」
「アンタ…、この世の人間じゃないわね。霊力を持った私たちには分かるわ」
「へぇ…。ここら辺、不思議な力を持った連中が住んでるっていうのは、本当だったのか。確かにさっきから、ピリピリと肌を刺すような嫌ぁな感じがしてたんだよな」
ここは神聖な力を宿した土地。この男の様な存在にとっては、居心地の悪い場所なのかもしれない。
やがて男は、爛々とした目で私たちをジロジロと眺めた。まるで、腹を空かせた猛獣が、餌を狙っているかのように。当然、いつも守ってくれる暁のみんなはいない。ヨツユも多少は戦えるとはいえ、この男相手にどこまで通用するのか分からなかった。おじいちゃんだけじゃなく、もしヨツユまで傷付いてしまったら……。おじいちゃんも、あの怪我の具合を見ると一刻の猶予もない状態だろう。
「………ななし」
そうして色々な思考を巡らせている内に、ヨツユが前を見据えたまま小さく私を呼んだ。何となくその言葉の先の予想がついて、私は敢えて返事をしなかった。したくなかった。
「……逃げて」
「嫌だ!そんなの……、そんなのできる訳ない!ヨツユを置いて行くなんて、」
「相手の狙いは貴女よ。何を考えてるか分からない。ここは私が時間を稼ぐ」
そう説得されても尚、私は首を縦には振らなかった。私だって大した力は無いけれど、多少はヨツユを手伝える筈だ。まだ完全に会得した訳ではないが、過去には封印術も使えた。傷も治すことができる。もうおじいちゃんや暁のみんなの様に、ヨツユまで傷付く所を見たくない。縋るようにその背中にしがみ付くと、ヨツユは前を見据えたまま、静かにこう言ったのだ。
「ななし。多分私たちじゃ、コイツには敵わない。せめて暁の誰かがいれば話は違ったけど……、私が出来るのも、精々ほんの少しの時間稼ぎ程度…」
「だったら尚更、私もここに残って一緒に、」
「だから、ななしに頼みたい事があるの」
ー霊媒を、して欲しいの。貴女のお母さんか、或いはお父さんか。戦える人なら誰でもいい。お願い。
そうして私は一人、先程までいた洞窟に向かって走っていたのだった。早く、早くと焦れば焦るほど、足がもつれて転びそうになる。そもそも私は霊媒なんてした事がないし、やり方も当然分からない。洞窟に行った所で、ちゃんと出来るかどうか。
でも1つだけ分かっている事がある。私が霊媒を成功させなければ、ヨツユは死ぬ。そして、私もあの男に捕まって、殺されるか、囚われるか。どちらにしても、私のこの霊媒が全てを握っていると言っても過言では無かった。
(でも……どうやって……!)
辿り着いた洞窟の入り口で、私はぎゅっと胸を握り締めた。緊張とプレッシャーで、心臓が口から飛び出そうだ。
「迷ってる暇なんてない…!やらなくちゃ……」
ヨツユを助けたい。おじいちゃんも、私の力を使えば治るかもしれない。ただそれには、一刻も早くこの状況を打開する必要がある。
とりあえず洞窟の中に駆け込んだ私は、よく分からないままに色々な遺品を物色し、それを手に取った。亡くなった人の意思が宿る物を使って魂を呼び降ろす、と先程ヨツユは言っていた。この遺品に念じれば、霊媒が成功するのでは無いだろうか。
早速物は試しだと、適当に掴んだ遺品を胸に添えて、ぎゅっと目を閉じて祈ってみた。心の中で何度も「助けてください」とお願いする。しかし当然、何かが起こることは無かった。しん、と静まり返る洞窟に、私の焦りは募っていく一方だ。
「時間が無いのに…!どうすれば……!」
とにかく遺品を掴んで、祈る。それを繰り返していくうちに、私の足元には色んな人の遺品が散らばっていった。ごめんなさい、全てが終わったらちゃんと片付けるから、と心の中で無礼を謝りつつ、何度も何度も同じことを繰り返す。それでも何も変化が起きない事に、私はどんどん冷静さを欠いていく。
「お願いだれか…!誰でもいいから!」
「…こんな所まで逃げ込んでたか」
半ば叫ぶように懇願した私の背後で、土を踏む音と男の声が反響した。はっとして振り返ると、そこには外の光を背に影を伸ばす、あの亡霊の男が立っている。返り血を浴びたその男の風貌を見るなり、私もまた顔を真っ青にした。
「……ヨツユは…………」
「あの老いぼれよりは手応えがあったが、全然だったな。所詮は脆い生身の人間。しかも女だ。敵うわけがない」
鼻で笑った男は、どんどんと洞窟の中に足を踏み入れ、私に近付いてきた。もう逃げ場はない。ここで何とかしなければ、私も殺される。
「よくも……おじいちゃんとヨツユを………」
「そんな事はどうだっていい。それより俺はお前のチャクラに興味があるんだ」
ペロリと舌舐めずりをする男は、光悦とした表情で私を見下ろした。すんすんと鼻を鳴らしながら、何か匂いを確認している。
「やはり噂通りだ。上質な匂いがする。お前みたいな良いチャクラは、俺たち死人にとってはご馳走みたいなものなんだよ」
「こ、来ないで!」
「大人しくしててくれよ。いい子にできたら、痛くないように一瞬で殺してやる」
不気味な笑顔を貼り付けて、一歩、また一歩と近付いてくる男。その手から逃れようと、必死に狭い空間を逃げ回る。しかし、こんな狭い中で逃げたって、捕まるのも時間の問題だ。男も「いつまで逃げ切れるかなぁ」と、最早楽しんでいる始末。そうしてしばらく鬼ごっこを続けた後、それも段々と飽きてきたのか痺れを切らしたソイツが、一気に距離を縮めてきた。
男の手が、私に伸びる。掴まれる、そう覚悟した瞬間、たまたま私は、背後にあった物を手に取って、
「触らないでー!!!!」
固く目を閉じた向こうで、何故か男が苦しげな呻き声を上げた。それと、ミシミシと骨が軋むような音も。私が狙われていた筈なのに、一体何が起こっているのか。同時に背後から肩を掴まれて、漸く私はその目を開いたのだった。
「……随分とやかましいな。一体何の騒ぎだ」
もしかしたら、暁の誰かが来てくれたのかな、と少し期待した部分もあった。しかし、そこに新たに姿を現したのは、暁の誰でもなく、
「だ……、誰……?」
「誰、だと?お前が俺を呼んだのだろう」
不機嫌そうに眉間に皺を寄せる男の人。黒くて長い髪に、赤い鎧。何処と無く、この人もこの世の存在ではない事を悟った。格好がいかにも一昔前という感じだし、この人から感じる雰囲気は、今この人の手によって苦しんでいる亡霊の男と似ている気がする。
「よ、呼んだって……私は…何も…」
してない、と言いかけて、我に返った。男に襲われる寸前、私が咄嗟に掴んだもの。それは、大きな団扇のような、不思議な遺品だった。またしても私は、あの鎖の封印術と同様、命の危機に面して漸く力を引き出す事が出来たのか。何はともあれ、霊媒が成功したようである。
(それにしても………)
問題は、この人が誰なのかという事だ。ここに遺品があったということは、この村に住んでいた人なのだろうか。
不思議そうにマジマジと見る私の視線に気付いたその人は、はぁ、と1つ呆れた様に溜息を吐いた。握り締めていた亡霊の男の頭を地面に投げ捨て、私が掴んでいた団扇を奪い取る。目の前に堂々と立つその姿は、どこか貫禄さえ感じていた。
「まあいい。お前が俺を知ろうが知らまいが、俺には関係のない事だ」
「か、関係ないって……」
「さあ、チャクラを寄越せ」
「え」
ずい、と近寄ってきたこの謎の男は、あろう事か私の腰を掴み、体を引き寄せてきた。一気に体は密着して、顔が直ぐそばまで迫ってくる。ずっと呆然とされるがままになっていたが、私はそこで漸く、弾かれたように手を振りかざし、
「な、何すんのよえっちー!!!」
ばしん、と派手な一発を、その頬にお見舞いしたのだった。
「…………………」
「…………………」
真っ赤に咲いた紅葉は、綺麗に男の頬に刻まれている。殴られた当の本人は、キョトンと驚いて固まっていて、地面に転がっていた亡霊男ですら、目の前で起こったその光景に開いた口が塞がらない様だった。静まり返る洞窟の中で、私だけが慌てていて、未だ動かない謎の男に対し、一方的に説教をした。
「あ、あのね!女の人にそんな強引に迫ったら、誰だってびっくりするでしょ!?」
「……………………」
「しかもお互い名前すら知らないのに!自己紹介くらいしなさいよ!」
「……………………」
「私は名無しななし!貴方は?」
そこまで一気に捲し立てた後、ずっと黙っていた謎の男が突然ぶわりと殺気を醸し出した。私の方を目で射殺すかの如く睨んでいる。突然の変貌に、え、え、と戸惑う私の前で、男は漸くその名を口にしたのだ。
「……よく覚えておけ小娘。俺の名はうちはマダラ。この俺を殴った事……、地獄の果てまで後悔させてやろう」