「この内の誰かと子を作りなさい。彼らはとても優秀な血筋の者です」

村の人が連れてきたのは、四人の男。世継ぎの儀式と呼ばれるこれは、村の巫女なる者が20の歳になった春、必ず行われる。連れてこられた男たちは、儀式用の黒い装束に身を包み、顔を隠すように被られた笠の下から、狐のような鋭い瞳を光らせている。私はその目を見つめながら、居間の奥でただ静かに正座をしていた。

私が産まれた村には、昔ながらの風習があった。巫女の血筋を引く者は、村の奥にある小さな社に幽閉され、選定された男たちとの間に子を授からなければならない。それは、巫女の血を絶やさぬように、後継ぎを作る為の儀式。20の誕生日を迎えた私にも、遂にその役目が回ってきたということだ。私の母も、こうしてやってきた男たちとの間に私を授かり、産んだのだろうか。私を産んですぐに、母は亡くなってしまったので、その真意は分からない。でも村の人は口を揃えて言う。貴女の母はとても偉大な巫女だったと。

でも私は、例え母が偉大な巫女であろうと、儀式が村にとってどれだけ重要だろうと、知らない男と子を作れなんて馬鹿げている、と思っていた。子供は、愛し合う男と女の間に産まれるもの。儀式のためにとか、世継ぎの為にとか、そんなの絶対に間違っている。

…なんて、そんな風に面と向かって言えたら良かったのだけど。生憎私にはそんな勇気などない。結局こうして、仕来り通りに社に篭り、大人しく男たちを出迎えている自分が情けない。

「北信介や。ほら、お前らも挨拶せえ」
「………宮侑」
「宮治」
「角名倫太郎」

本当にそれぞれ名前だけ告げて終わってしまった、手短な自己紹介。この北と名乗った男が、彼らを付き従えているようだ。がらがらと後ろ手で戸を閉めた彼らは、被っていた笠を取って中にいる私を見据えた。これから私は、この内の誰かと子作りをしなければならないのか。

「……名無し名無しです。よろしくお願いします」

床に手を揃えて置いて、深々と頭を下げる。これから私は彼らと、奇妙な共同生活を送ることになるのだった。




ーーーー・・・・




子を作れと言っても、会ってすぐにその行為に及ばなければならないという訳ではない。猶予は2年。2年もの長い月日を、私は彼らと共に過ごし、その間に子を産む事が義務付けられている。もしその間に恵まれなかったら、どうなるのだろう。いつの日かそんな疑問を抱いて和尚さんに聞いてみたら、未だかつてそんな巫女はいなかったから分からない、と返ってきた。これはもしかしたら、私が初の失敗例になるのではないだろうか。

「出来たで」

台所から、ほかほかと湯気を立たせた料理を運んできてくれた北さん。囲炉裏をぐるりと囲むように座っている私たちの前に、一つずつ手料理が配られていく。見栄えも良く美味しそうな匂いを漂わせている味噌汁に、つい腹が鳴る。北さんは女の私よりも料理ができるかもしれない。

「飯を食いながら、お互いのことを話そう。まずは知ってなんぼや」

出会ってからずっと会話の無い私たちの中で、北さんだけは唯一親しげに会話を試みてくれていた。今もこうして、食事というきっかけを作り、何とかみんなが打ち解けるようにと配慮してくれている。しかし実際は、ただ無言でかちかちと食器が音を立てているだけ。折角気を遣ってくれたのに、これでは北さんに申し訳ないと、私は小さく口を開いた。

「あ、あの、私、」
「俺はお断りやで」

開きかけた口は、目の前の男によって閉ざされた。さっきまでずっと無言を貫いていた癖に、私が喋ろうとした瞬間に声が被るなんて、なんとも間が悪い。お断り、とはっきり口にした男、確か宮侑と言ったか。彼は私に対して遠慮することもなく、思っていた事を直球で吐き捨てていった。

「いきなりこんな所連れてこられて、知らん女と子を作れとか笑えんわ」
「ツム、言葉を慎め。巫女様やぞ」
「そんなん知らんわ。巫女とか儀式とか、俺らには何も関係ないやろ」

そこまで聞いた時、私は気付かされた。巫女という血筋のせいで、こんな所に押し込められてよく分からない儀式を強いられて…私ばかりが被害者なのだと勘違いしていた。でも、そうではない。彼らもまた、その血筋のせいでここに連れてこられ、儀式を強いられている。私と彼らは、同じ立場にあった。

それに気付いた時、何だか心に掛かっていた靄が晴れ渡っていくような気がした。巫女様になんて口を、と窘める北さんや治を前にして、私は小さく吹き出した。堪えきれず、そのままクスクスと笑みを零していると、四人皆が揃ってぽかんとしている。

「私も侑さんと同じ気持ちです。儀式とか血筋とか、そんなの私たちには関係ない。私たちだって、一人の人間です。愛する人を選びたいじゃないですか」
「名無し様…」
「だから、儀式や血筋は忘れましょう。お互い一人の人間として、どうか私と一緒に過ごしてはくれませんか。どうせ2年は、ここから出られないのです」

侑も、私のその提案には驚いているようだったが、やがてその頬をゆっくりと綻ばせた。「話が分かる女で良かったわ。改めてよろしく、名無し」差し出された手を握り、握手を交わす。その隣にいた北さんも、同意するようにこくりと頷いて。

「名無しがそれでええっちゅうんなら、お言葉に甘えさせて貰おか」

儀式が失敗した時、果たしてどうなるのかは予想がつかないけれど。まずは友達として、彼らと共同生活を送っていこう。なに、まだ時間はたくさんある。その間に何が起こるかも分からないし。

なるようになる!たかが儀式よ!そんな風に思っていた私は、知らなかった。この儀式が持つ、本当の意味と、隠された使命に。そして既にその時は、刻一刻と迫っているということに。