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 耳を疑ったというべきか。私はその言葉を聞いた瞬間足の底を糸で縫い付けられでもしたかのように動けなくなった。

「だから俺のいた国の名前は日本なんですって」
「だからちゃんと探してますって」

 思わず廊下の影からその様子を伺うと、学園長と一人の男子生徒がいた。正確には一人と一匹だろうか。猫のような魔獣は暇そうに彼の足元で欠伸をしていた。
 「日本」——その一語に胸がぎゅっとなる。私以外の誰も知らないはずの呼称に、体の奥が反応してしまったのだ。
 そういえば。クラスで囁かれていた噂がよみがえる。今年、魔法が使えない生徒が入学した、魔獣と二人で一人の生徒と認められたという――あの生徒に違いない。
 逃すわけにはいかない。考えるより先に私は飛び出し、学園長たちのいる場所へ向かった。
「待ってくださいっ!」
 驚く二人の前で、私は彼の腕を掴んだ。久しぶりに大きい声を出したからか声が掠れていたが気にすることなく続けた。
「日本って──今、言ったよね」
 彼は一瞬驚いて、それから小さく頷いた。
「私、私は、そこを知ってる」
学園長に訝しげな目を向けられたが、私には死活問題だった。
「お願い、少し話させて」
学園長は人を退かせ、学園長室へと私たちを案内した。
「どういうことですか?」
 部屋に着くなり学園長はそう切り出した。
「……信じてもらえないと思いますが」
 今から言うことは本当に誰にも開示したことがない。深呼吸を一度、二度してから私は再度口を開いた。
「私、前世の記憶があるんです」
 そうして私は一年前思い出したことを包み隠さず話した。

 話し終えた後、長いような短いような沈黙が訪れた。信じてもらえない信じてもらえなくても仕方がないと思ってはいた。それでも、学園長はともかく彼には分かってほしかった。
「あの、先輩」
 顔を上げると彼はどうしようか思案したような顔のあと、意を決したとでも言うように口を開いた。
「西暦何年生まれですか……?」
 彼――ユウくんと私が真に打ち解けた瞬間であった。



 西暦とまで言えばお互い本当のことなのだと分かり合えたが、ここでまた疑問が生じた。
「私が死んでから5年しか経ってない……?」
 前世の私の生年月日と命日を比べても計算が合わなかった。するとそこまでじっとただ私たちの話を聞いていた学園長がふむ、と魔法で紙とペンを出した。
「つまり1年で3年半弱のズレが生じていますね」
 言うや否や学園長は紙にペンを滑らせる。
「一度計算してみましょう」
 私たちは一緒に学園長の手元を覗く。すらすらと計算式を書いていく学園長に少し驚いたが、そういえばこの人は教職者だったなと思い直した。数分経った後、学園長は「ふむ」と一息ついてから私たちに向き合った。
「ざっくり計算してみましたがこちらの1日は向こうでは約7時間、1週間は約2日、1ヶ月は約9日経つみたいです」
「え……それじゃあ」
「戻れるとなった際、そこまで時間が経っているのを気にしなくてもよさそうですねぇ」
 いやあ元の世界を探す情報になりますよ。学園長が笑いながら話した。それに対してユウくんはほっとしたように胸を撫で下ろしていた。
「ありがとうございますナマエ先輩」
「ううん、役に立ててよかった」
 その瞬間、私はボロボロと涙を溢していた。