03
急に泣き出してしまったものだから、ユウくんと学園長が青ざめた。二人の焦りが伝わってきて申し訳なかったが、どうしても涙を抑えることができなかった。
「ごめんなさい。私、ずっと誰にも話せないって、理解されないって思ってた」
思い出したのはたった一年前。けれど十七年分の記憶は、断片的ではあっても、とても「思い出」として片付けられるものではなかった。二人は私の話をただ黙って聞いてくれた。
「それでもいいって思ってた。でも……実はこの記憶は偽物で、ただ私が頭おかしくなっただけなんじゃないかって、ずっと怖くて」
私がなんとなくこの世界に馴染めなかった理由はそこにあった。
「ユウくん、お願いがあるの」
「は、はい」
隣にいる彼の手を取った。男の子らしい骨ばった手だけど、温かかった。
「元の世界に戻ったら……もし覚えていたらでいい。私のお墓参りしてくれる?」
ユウくんは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに私の手を握り返してくれた。
「もちろんです」
力強いその言葉に胸がじんと熱くなる。
今の私が生きているのはこの世界。元の世界に全く未練がないわけではない。けれど、戻りたいとは思わなかった。ユウくんを介して繋がりを得られただけで十分だった。やっとこの世界に馴染めるような、そんな気がした。
翌日から何か変わったかというと何も変わらなかった。それもそうだろう。私が自分の中で区切りをつけただけで、世界に影響があるわけじゃない。ただ少しだけ息がしやすくなっただけだ。
「おはようナマエ――……?」
「おはようシルバーくん」
朝、食堂で声をかけられ返事をすると、シルバーくんは不思議そうに私を見つめた。思わず「何かついてる?」と尋ねると彼はハッとしたように目を逸らした。
「すまない、不躾だった。その……いつもより顔色が良いように見えて」
「……? そうかな」
「何かあったのか?」
「いや、うーん」
まあ、あった。私の人生に於いてこれ以上ないくらい大きい出来事が。けれどわざわざ言うようなことでもないだろう。前世云々のこともユウくん以外に伝えるつもりはなかった。
「ないよ、何も」
「そうか……」
ほんの少しだけ声が沈んだように感じたが、すぐにいつも通りの彼で「席が決まってないのなら俺たちと一緒に食べないか?」と誘ってくれた。
彼が指した席には寮長と副寮長、そこに加えてあの声が大きい新入生――セベク・ジグボルトくんがいた。なんか、睨まれてる。後輩に睨まれながらの朝食は気が進まなかったので、私は丁重にお断りを入れてから適当に席を見つけて朝食をとった。
本当はユウくんと一緒に食べたかったが、ざっと食堂内を見渡しても彼(と一匹)の姿はない。もしかしたら食堂では朝食をとらないタイプなのかもしれない。
*
「なんか顔色がいいな」
「……そんなに?」
教室に入る前、偶然一緒になったクラスメイトのバイパーくんにまで言われてしまった。分かりやすいのだろうか、というより昨日までの私はそんなに顔色が悪かったのだろうか。
「いやすまない、悪気はないんだ。ただ、そうだな……いつもより生気があるような……」
「そんなになの……?」
自分の頬をむにむにと触りながら着席する。昨日までが悪かったというよりも今日の私がわかりやすすぎるだけなのかもしれない。
「まあいいんじゃないか? 悪いことじゃないだろう」
彼のフォローにそうだね、と返した。
昼休み。ユウくんにお礼を言いたくて食堂へと足を運んだ。人の多い時間帯は苦手だが、ここなら彼に会えるかもしれない。ざっと食堂内を見渡すと――
「……あ」
いた。
「ユウくん」
声をかけると彼だけでなく同じテーブルに座っていた二人の生徒も振り向いた。魔獣――グリムくんは気にせずご飯を食べていた。一瞬緊張で体が強張ったが、ひとりの生徒は赤と黒の首輪をつけており、え、とさらに動揺してしまった。ヴァンルージュ寮長が言うにはあれは「ハートの女王の法律」を破った証らしい。ハーツラビュル寮長であるローズハートくんとはあまり話したことがないので詳しくはわからない。ともかく今用があるのはゆうくんだ。
「食事中ごめんね。昨日のお礼をしたくて……」
視線をテーブルに移すとすでに頼み終わった後で、まだ手をつけ始めたばかりらしく綺麗な状態のオムレツやパンが載っていた。今日はもう難しいかな。
「お礼なんて。俺、本当に何もしてないですよ」
「ユウくんはそう言っても、私はすごく助かったから」
謙遜がなんとなく懐かしくて、心が温かくなる。
「……連絡先、交換できる?」
「あ、っと……すみません。俺、スマホ持ってなくて」
「えっ」
一瞬方便かと思ったが、ユウくんはすぐに「ていうかこっちに来たとき何も持ってなくて」と続けた。
「……そっか。じゃあこれ」
メモ帳を取り出し、自分の番号とアドレス、それに一応マジカメのいDも書いておく。
「これ。スマホ手に入れたら登録して……連絡してほしいな」
「わ、いいんですか!? めっちゃ嬉しーありがとうございます!」
「う、うん」
手渡したメモをユウくんはじっと見て、それから大事そうに胸ポケットへと仕舞った。その素直な喜びようにこちらが照れてしまう。
「あ、でね、やっぱりお礼したいんだけど……」
「え!? 本当にいいのに……ていうかこの連絡先だけで十分嬉しいですし……」
「それだと私の気が済まないし……」
「んー……あ、じゃあ、俺この世界にきてよく分かってないんで、たまに勉強見てもらえたら嬉しいです!」
「それだけでいいの? ユウくんがいいならいいけど……私すごい成績良いわけでもないから、役に立てるかわかんないよ?」
「いいんです!」
「そっか。じゃあ、何かあったら声かけて。あ、私2ーAだから」
「はい! ありがとうございます! 俺は1−Aです!」
ユウくんとのやり取りがひと段落したので一息ついて、気づいた。食堂が妙に静まり返っている。
唯一の女子生徒である私と異世界から来たという彼が親しげに話している――。注目を集めて当然だ。途端に居心地が悪くなり、「じゃあ行くね」と告げてそそくさと食堂を後にした。