4

 ローズハートくんがオーバーブロットしたと聞いたのはユウくんと食堂で話した翌日のことだった。教えてくれたのはシルバーくんだ。彼はローズハートくんと同じ部活だったはず。「心配だね」というと「ああ」と短く返ってきた。
 今彼は医務室で療養中らしい。親しい友人ならお見舞いに行くところだろうが生憎彼とはまともな接点がない。オーバーブロットは魔力量も豊富で優秀な魔法士ほど起こり得るという。他人事ながら大変だなと思った。
 ――けれどその渦中にユウくんがいたと噂で知り、居ても立っても居られなくなった。

 彼の教室に向かい声をかけると、少し擦り傷を作っていたけど笑顔で「あ、ナマエ先輩!」と手を振ってくれた。
「あの、巻き込まれたって聞いて」
「あ、そうなんですよ。でも大丈夫です!」
 そう言って笑う彼に安堵する。どうもユウくんはお人好し故に巻き込まれやすい性質をしている気がした。
「危ないことはあんまりしない方いいよ……?」
「自分は気をつけてるんですけどねー……」
 そう言うけれどきっと誰かが困っていたら自分から飛び込んでしまうんだろう。一緒にいるグリムくんは多分トラブルを呼び込むタイプ。
「でも安心した。大きな怪我じゃなくて」
「あはは、ありがとうございます」
 彼の無事な姿を確かめられただけで十分だった。一言、二言交わして私は1ーAを後にする。

「え、ミョウジ先輩ってマジでユウのこと確認しにきただけ?」
「僕たちもそこそこ怪我してるのに……?」
「えっいやほら二人は先輩と話したことないからじゃん……?」



 ローズハートくんも既に復帰していて、もう誰も彼のオーバーブロットについて口にしている人はいなかった。それどころか学園内は来たる寮対抗マジフト大会の選手選抜でピリピリとした雰囲気だ。各寮腕に自信のある生徒たちが我こそはと気を張っている。ただ、私には関係ないことだ。運動が苦手なわけではないがどうしても男女差というものはある。実力主義の学園で、こういうときに私にスポットが当たることは少ない。昨年と同じく応援に回るだけ。とはいえドラコニア寮長がいる限りディアソムニアの勝利は約束されたようなものだろう。昨年の試合を思い出しながらそんなことを考えていた。
「え、怪我……」
「ああ、最近多いらしい」
 錬金術の授業でペアになったバイパーくんが、最近校内で怪我人が続出していると教えてくれた。道具を洗う手は休めず、「不思議だね」と相槌を打った。
「ミョウジも気をつけたほうがいい」
「うん、ありがとう」
 大会を前にした緊張感や浮き立つような空気が原因で不注意が増えているのだろう――そう思っていた。バイパーくんが怪我をするまでは。しかも料理中の不手際で、だ。彼に限ってそんなことがあるなんて信じられない。何か作為的なものが働いているとすら思えた。
 ある日中庭を見下ろせる廊下でユウくんが他の生徒と共にに誰かを追いかけている姿を見かけた。彼がこの事件の解明に関わっていると、妙な確信があった。どうか怪我をしませんように――そう願わずにはいられなかった。

 大会当日。詳細は分からないが会場は少し騒ついていた。隣のベンチに座っていた生徒が「レオナ・キングスカラーがオーバーブロットしたらしい」と囁くのを聞き、思わず息を呑む。ローズハートくんに続いて、今度はキングスカラー先輩まで? もしかして、またユウくんが関わっていたりして。多分、関わってるんだろうな。
『本日は本戦が始まる前にエキシビジョンマッチを行います!』
 実況の声がスタジアムに響く。昨年はなかったのに――とぼんやりコートを見て、目を瞠った。ユウくんが出ている、選手として! しかも相手はサバナクローじゃないか。魔法が使えないのにどうやって? と思ったが彼は存外うまく仲間に指揮し、試合に参加していた。
「……凄い」
 私がもし彼の立場だとして、彼と同じようにできるだろうか。無理だ、真似できない、とすぐ思った。彼はどうしても眩しくて、でも暖かくて、目が離せない。
「あっ」
 そう思った矢先。後半戦開始直後、マジフトのディスクが彼の後頭部を直撃し、彼はそのまま医務室へと運ばれていった。

 試合の合間を縫って購買でスポーツドリンクと栄養バーを買い、医務室へと向かった。今年も我が寮はドラコニア寮長無双していたので優勝は確実だろう。悪いが私が応援してもしなくても結果は変わらない。それなら、と私はユウくんのお見舞いを優先した。
「失礼します……」
 校医に一言断りをいれてからユウくんが寝ているベッドへと静かに近づいた。ユウくんは穏やかな寝息を立てていて、大事なくてよかったと胸を撫で下ろした。起こすわけにもいかず、校医からメモとペンを借りて短いな手紙を書くことにした。いろいろ書きたいことはあったが、とりあえず「お疲れ様」と「よかったら貰ってね」とだけ記載し、枕元に一緒に置いた。
 長居は無用と判断し、早々に医務室を出た。校医からは目が覚めるまで待たなくていいのかと尋ねられたが、試合も一応残っているし終わった後の片付けもある。大丈夫ですとだけ伝えてスタジアムへと戻った。