3.5

side--Y
 足早に去っていく女子生徒の背中を見送ってから、ユウは再び食事に手を伸ばした。そういえば話の途中だったと思い出し、エースに声をかける。
「それじゃあエース、放課後はさ――」
「いやいやいや! 今のをスルーすんなよ!?」
 突然身を乗り出してきた友人に、ユウは「溢れる」とトレーを上げた。
「えっお前あの人と知り合いなの? なんで? いつから?」
「あの人って、ナマエ先輩? まあ知り合いっちゃ知り合いだけど」
「す、すごいなユウ……。僕なんか緊張で食事が喉を通らなかったぞ……」
 固まっていたデュースもようやく口を開きユウを見た。この場でいつも通りを保っているのはグリムだけだった。
 ユウはトレーを置き直し、食事を再開する。エースは改まった様子で声を潜めた。
「ナマエ・ミョウジ先輩ってもう一年の間でもめっちゃ有名なんだぜ。才色兼備で超クール、誰にも靡かないから氷の令嬢って呼ばれてる」
「た、確かに噂通りの美人だったな」
「それに女子生徒ってだけでめちゃくちゃ目立つし」
 二人の言葉を聞きながらユウは小さく首を傾げた。たしかにとても美人だとは思ったが、"クール"だとか"氷の令嬢"だとかいうワードには疑問を覚える。昨日の彼女も先ほどの彼女も、ユウには年相応の女の子に見えたからだ。何よりあのとき、決死のような表情で打ち明けられたからか――とても脆く繊細な人だと思えた。
「そうかなぁ……」
 ぽつりと溢した言葉は誰にも拾われることなく、やがて食堂の喧騒に溶けて消えていった。

side--S
 そのときシルバーを襲ったのは驚き、焦燥、そして――嫉妬だった。
 胸の奥からせり上がってきた未知の感情に思わず口元を押さえる。今の自分が何を口走るか分からなかったからだ。食欲はすっかり失せていたが、既に食事は終えていたため問題はなかった。
「シルバー、眉間に皺が寄っておるぞ」
 隣に座るリリアがどこか愉快そうにニヤニヤと見つめる。何がそんなに楽しいのかシルバーには分からなかったが、「申し訳ありません」と一言答えてから深呼吸した。
「にしてもナマエちゃんてば隅に置けぬ。いつの間にあんなに仲良くしていたのか」
「そうですね……昨日、と言っていました」
「ナマエちゃんから聞いたのか?」
「いえ……」
 彼女が声をかけた生徒がいる席はシルバーたちからそう遠くなく、少し耳を澄ませていれば会話は聞こえた。加えて、周囲の生徒も興味津々で彼女らの動向を静かに見ていたので内容はすんなりと聞き取れた。
 今日の彼女はどこか晴れやかで憑き物が落ちたように見えた。それまでの彼女は常にどこか遠くを見ていて、誰にも踏み込まず誰にも踏み込ませない人だった。それがどういうわけか、あの新入生には自ら歩み寄っているように見える。――そのことがシルバーには面白くなかった。
 彼女の物静かだが中にある確かな強さをシルバーは好ましく思っていた。けれどふと見せる淋しげな顔が気になっていた。彼女から語ってくれることはないだろう。だが、同じ寮生として少しずつ関わりを重ねていけばいつか打ち明けてくれるかもしれないと思っていた。それが、今。入学したばかりの新入生がいとも容易く彼女の柔らかいところに触れているのだ。
「……彼女に仲の良い生徒が増えるのは、良いことです」
 そう言ってシルバーは立ち上がる。「先に戻ります」と一言残し、席を後にした。
 どうしたものか――リリアは頬杖をつきながら彼の背中を静かに見送った。