Obsession



side story


「塔一郎、部活の前にお前と話してたやつって…」
「みょうじさんのこと?」

夜、寮で夕飯を食べているとお膳を持って隣に座った幼馴染の黒田雪成が声をかけてきた。彼とは小学校の時からの付き合いで、今も一緒にロードバイクに乗っている僕の一番の友人だ。

「そう、みょうじ。ギャルっぽい女。仲良いのか?」
「仲が良いかはわからないけど、この頃よく話すよ」

僕がそう答えると、ユキはなにか考えるように「ふぅん」と生返事をし、味噌汁に口をつけた。

今日は放課後、部活までの時間を使ってみょうじさんに数学の勉強を教えていた。彼女は頭は悪くないのだが数学が苦手らしく、というよりも数学の先生の合理的な教え方を理解するのが難しいらしかった。少しかみ砕いて説明したらすぐに理解して応用も解けるようになっていたため、こちらとしても教え甲斐があるというものだ。

「お前と全然タイプが違うだろ。真剣な話してるみたいだったし、なにかあったのかと思ったぜ」
「ありがとう、ユキ。でも大丈夫だよ。彼女は優しい人だ」

焼き魚に箸を入れながら彼女のことを思い出す。よく会話をするようになって感じたのは、思ったよりも落ち着いているということだった。人の話をちゃんと聞いて寄り添おうとしてくれる。そんな彼女相手だから、つい言うつもりもなかった胸の内を吐き出してしまった。

自分でも気が付かなかったが、案外いっぱいいっぱいだったのだろう。悩みをすべて吐き出した後にすぐ後悔をした。関係の浅い他人にそんなことを言われたって、みょうじさんも困る筈だ。そう思ったが、彼女は事情がわからないだろうに精一杯僕を元気づけようと言葉を選んでくれた。

誰かに褒められるためにやっていることではない。だけど、努力の継続を凄いと言われたのは素直に嬉しかった。きっと無駄なんかじゃないと背中を押してくれたその言葉は、今の僕が一番欲しかったものかもしれない。
眉を下げて「聞くことならできるから」と言った彼女を思い出して、つい頬が緩んだ。

「塔一郎…お前、なに魚食いながらにやついてんだ。食卓の魚をつついて喜んでるドラ猫か」
「ユキ、その例えはよくわからないよ」

こほんと一つ咳ばらいをし、緩んでいた表情を戻す。
明日もまたみょうじさんと話せるだろうか。そう考えると、日常が少し色付くように感じられた。




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