Obsession



朝のHRで担任が告げた"席替え"宣告により、私は高校生活三ヶ月目を目前にして窮地に立たされていた。泉田くんの後ろの席。退屈な授業は彼の背中を見ていればすぐに終わるし、話したいときは声をかければ振り向いてくれる。別に席が離れたからといって二度と話せなくなるわけではないのだが、毎回授業の合間に席を立って話しかけに行くのもおかしいような気がするし、少なくとも今よりも確実に頻度は減ってしまう。この席順が彼と私の間を繋いでいると言っても過言ではないのだ。
絶望しながら教壇に置いてある箱からくじを引き、席に戻る。全員がくじを引き終わってから席移動になるため、時間はあと少しだけある。私は前の席に座る彼に声をかけた。

「泉田くん、何番だった?」
「19番だったよ」

黒板に書いてある図に目を向ける。19番はちょうど教室のど真ん中の位置だった。「みょうじさんは?」と泉田くんに聞かれ、私は二つ折りにされたくじに目を落とす。このクラスの人数は三十六人なので、もう一度彼の後ろの席になれる確率は三十六分の一。最悪後ろでなくともいい、前後左右どこか近い席なら構わない。などと一人で考えてると、いつまで経ってもくじを開かない私に泉田くんは訝し気な顔をした。

「開かないのかい?」
「いや、開くけど…、その、席替え嫌だなって思って」
「どうして?」
「泉田くんと席が離れるかもしれないから」

そう告げると彼は少し顔を赤く染めて狼狽えた。「それはどういう…」と彼が小さく呟く声を聞き、私はしまったと思った。これではまるで彼と席が離れるのが寂しいから席替えが嫌だと言っているようなものではないか。いや、実際その通りなのだがそれが知られるのはかなり恥ずかしい。弁解するために、私はわざと明るい声を上げた。

「だ、だってもうすぐ期末試験もあるのに、泉田くんが前にいないと勉強を教えてもらえないし!」
「あ、そういう…」

あははと空笑いをしながら弁解すると彼は苦笑いをし、いいから開けてみなよ、と言った。
教壇に目をやると、くじ引きの列にはあと数人しかおらず、これ以上引き延ばすことは出来ない。信じてもいない神に祈りながら、私は自分のくじを開いた。

「6番…」

私と泉田くんは顔を上げ席順を確認する。くじが示した場所は窓際一番後ろの席だった。彼の引いた19番の席とは間に二列挟まっており、私にはとてつもなく遠い距離に感じた。

「いや、めっちゃ遠いじゃん!」
「…席は離れてしまったけど、勉強くらいならいつでも教えられるよ。部活がないときなら放課後でも、席まで来てくれたら授業の合間にだって」

くじをぐしゃりと握りつぶして項垂れる私を見かねて彼は優しい言葉をかけてくれるが、そうじゃないんだと心の中で呟く。いつでも眺めて話しかけられる席が良かったのに。彼の優しさににこりと笑顔を作って返したつもりだが、うまく作れていたかはわからない

そうこうしていると全員がくじを引き終わったようで、担任の先生から席移動の号令が出された。私がわざと大げさに泣きそうな声でまたねと言うと、今生の別れじゃないんだから、と泉田くんは笑って席を移動して行った。

席を動かし終え窓の外に目をやりながら悲しみに暮れていると、前から「みょうじじゃん」と声がかかった。見ると新しい前の席の住人は同じクラスの山田という男子だった。チャラチャラとした容姿の彼は普段よく行動を共にする私たちのグループにたまに入ってくるのだが、不躾な言動が多々あるため、私はあまり得意ではなかった。

「後ろの席がみょうじで良かったわ。これからよろしくな」
「…うん、よろしく」

まだなにか話したそうな山田くんを無視して席の遠くなった泉田くんに目を向けると、彼もこちらを見ていたようで目が合った。山田くんが前を向いたのを確認してから「こいつ、好きじゃない」という気持ちをジェスチャーで表現すると伝わったようで、彼は私の動きがおもしろかったのか小さく笑ってから「そんなこと言うもんじゃない」と言わんばかりに首を振って視線を外した。

その横顔を見ながら、席が遠くなったらかかわりが薄くなってしまうのではと心配したが、この調子だと杞憂になりそうだと私は少し安心したのだ。



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