少し前まで桜色に染まっていた木々が青く色づき、肌寒い日も少なくなってきた今日この頃。
いい天気なのだから外に出れればいいものを、窓を開けてもろくに風の入らない体育館で体育の授業が行われていた。二クラス合同で行われる本日のこの授業は、男子はバスケットボール、女子は卓球とバレーボールで選択できるようになっていた。
私はもちろん卓球を選択し、友人とペアを組みサボっていると思われない程度に駄弁りながらだらだらとラリーを続けていた。
「何でこんないい天気なのに室内で玉遊びなんだろう」
「なまえ、あんた外に出ても暑いとか日焼けするとか何かと文句を付けてサボるじゃん」
「それはそう」
やれこの時期は紫外線がきついだのやれ服選びが大変だの、傍から聞いたら至極どうでもいい会話を続けていると、体育館をネットで半分に割った男子側のコートの方面から女子たちの黄色い声が聞こえて来た。それに気を取られてピンポン玉を打ち損じてしまい件のコート側へと転がって行ったので、私は玉を拾うついでに様子を伺うことにした。
体育館の端っこには休憩中の女子たちが座り込んでおり、きゃいきゃいと楽しそうに会話をしながら体育館の中心に目を向けていた。釣られてに目を向けると、どうやら女子たちの視線の大半は銀色の髪をした一人の男子、黒田雪成に向けられているようだった。
自信に満ちた表情をした彼はここが自分のフィールドだと言わんばかりに遊びながらドリブルをしていた男子からボールを奪い取り、それを奪還しようと向かい来る人たちをひらりひらりと避けて進んで行く。なるほど、これは黄色い声が上がる訳だと一人納得し、さほど興味もないためゆっくりと転がり続けているピンポン玉を拾って踵を返そうとした私は目を剥いて足を止めた。
なんとボールをドリブルしながら駆ける黒田くんの前に、泉田くんが躍り出たのだ。以前よりは少し締まったとは言えまだ少し丸さの残る身体は、猫の様にしなやかに移動する黒田くんを止めるには聊か力不足に思えた。両手を胸の前に構えた彼は真剣な眼差しをしており、黒田くんが目前に迫った瞬間、ボールを奪うように両手を前に着き出した。が、黒田くんは彼を横目でちらりとだけ見たかと思うと、突き出された腕をするりと交わし横をすり抜けて行った。そしてそのまま流れるようにボールをダンクした。
バスケットボールにも所謂「スポーツマン」と呼ばれる人にも特に興味はないのだが、この一連の流れには流石の私も感嘆の声が漏れ出てしまった。黒田くんはいろんな部活の助っ人として呼ばれるくらいには運動神経がいいらしいし、その中でもとりわけバスケットボールは得意だろうからこれは仕方がない。そう思いつつ泉田くんに目を向けると、彼はチームメイトとハイタッチを交わす黒田くんを少し悔しそうな顔で見つめていた。
「泉田くん、おつー」
「あ、みょうじさん。お疲れ様」
「ちょうど休憩が被ったから来ちゃった」
泉田くんがチーム交代で休憩に入ったのを見計らい、私は卓球ラケットを別の友人に押し付けた。偶然を装って声をかけると、彼は汗をタオルで拭きながら私に笑いかけた。床に座っている彼の隣に自分も腰を下ろし「見てたよ、さっきの試合」と口を開く。すると彼は一瞬何のことか考える様な表情をし、すぐにバツが悪そうに眉を下げてはにかんだ。
「見られてたなんて、少し恥ずかしいな」
「そんなことないよ。 あの黒田くんを止めようと前に出るなんでめっちゃ凄いじゃん」
「意味はなかったけどね」
「それは…、うぅん、ほんのちょっとだけ足止めになってたと思う」
口籠りフォローになってないフォローをする私に軽く笑って、彼はコートの中に目を向けた。そこでは別チームの男子たちがボールを奪い合い肉薄の戦いを繰り広げていた。だが泉田くんの目は決して彼らを見ているわけではなかった。どこか遠くのもっと先を真剣に見据えているようで、私はその横顔を黙って見つめた。
少しの間そうしていると、泉田くんはふと「もうすぐ選抜があるんだ」と呟いた。
「選抜?」
「今年のIHメンバーの選抜だよ。各ポジション毎にレースをして決めるんだ」
「じゃあそのレースで泉田くんが勝ったら今年のIHに出れるってこと? 」
「そうなるね。…そのせいかなんだか気が急いてしまって、苦手な球技でユキを止めることが出来たらと挑戦してしまった」
その言葉を聞いて私は胸が騒ぎだすのを感じた。泉田くんはこの頃ぐんぐんタイムを伸ばしており、スプリンターとしての頭角を現してきていると他の自転車競技部の部員が話しているのを小耳にはさんだことがある。息を切らして顔を伏せて校門をくぐっていた彼はもういないのだと思うと、なぜだか自分のことのように嬉しくなった。
「じゃあもう確定じゃんね。泉田くんなら余裕でしょ!」
ずっと前を向き続けていた泉田くんは興奮したようにそう口を開いた私に顔を向けた。その表情は先程のように遠くを見ているものではなく、彼の真っ黒な瞳には並々ならぬ覚悟が宿っているように感じた。その雰囲気に圧倒され黙ってしまうと、彼は長い睫毛を数回瞬かせ言葉を紡いだ。
「みょうじさん、君に誓おう。僕はきっとIHメンバーに選ばれるよ」
射貫くような真剣な眼差しを受け、周りの喧騒が一気に遠のいていく感覚に襲われた。いつも温和で優しい彼の時折見せる煮え滾るような熱い闘志は、私の心をかき乱すには十分なものだった。先の誓いに言葉をかけたいが、がんばって、もきっと大丈夫、も言葉にするには違う気がする。それでも信じているという気持ちを伝えたくて、私は力強く「うん」とただ一言応えた。