
彼と彼女が別れた、という噂を耳にした。ただのカップルが別れただけなら、噂になることもなかっただろう。その別れたという2人のうちの彼の方は、テニス部のレギュラーだったから、こんなにも噂されてしまったのだ。その彼というのは、テニス部の参謀と名高い柳蓮二だった。これまで浮いた噂のなかった蓮二だっただけに、彼女とつき合い始めたときも大騒ぎになったものだ。あれから1年ほど経った今、彼と彼女は離れてしまったという。あんなに仲がよかったのに。
ねえ?と、可憐な白い花に語りかけるように言う。彼女のような、清楚で美しい花だ。だからこそ、彼女が彼の隣に並んだとき、騒ぎはしたけれど彼女に嫌がらせをするような人はいなかった。誰が見ても、お似合いの2人だった。本当に、どうして別れてしまったんだろうね。
「精市」
心地よく鼓膜に響く声に、うしろを振り返る。背の高い蓮二が俺のうしろに立って、長い影を作っていた。噂をすれば、と心の中で思い、「なんだい?」と問いかける。一見、前までと変わらないように見えるが、つき合いが長いからだろうか、少し沈んでいるようにも見える。
そりゃあそうだよね。蓮二は彼女のことが大好きだったから。ずっと2人は、一緒にいるんだと思っていた。きっと、蓮二も。
「弦一郎が探していたぞ」
「そう。じゃあ、行かないとね」
用件は伝えたから、とさっさと背を向けてしまう蓮二。待ってよ、と声をかければ一応は立ち止まってくれる。きっと今は、人と関わりたくはないだろう。放っておいてくれ、と思っているに違いない。
「大丈夫かい」
「何がだ、と言いたいところだが……もう噂になっているのだろう」
「うん。何かあったら、相談してね。今は話したくないだろうけど」
「すまない。ありがとう、精市」
「当然だよ。蓮二は大切な友だちなんだから」
大切な友だちと思っている。悲しそうな蓮二を見ているのも辛い。俺にできることがあるなら、いくらでもやる。それで蓮二の傷が、少しでも癒えるなら。
というのは、仲間思いの幸村精市としての建前なのかもしれない。俺が、本当にそう思っているのか、純粋に仲間を心配しているのか、それが自分でもわからない。少なくとも俺は蓮二に対して、嫉妬というどす黒い感情を抱いている。1年間も、それを胸のうちに持っていた。
俺がどんな想いで蓮二と彼女の並んだ姿を見ていたか、蓮二は知らない。「おめでとう」と言葉では祝福しておいて、心の中では「どうして」という気持ちが渦巻いていた。
「そう言ってもらえると、助かるな。どうしようもなくなったときには、精市を頼らせてもらおう」
「待ってるよ、蓮二」
蓮二の隣に彼女がいないことを、不思議に感じる。俺は芽生えていた感情を抑えて、抑えて、蓮二と彼女の恋模様を見ていた。彼女は蓮二の隣にいるものだ、と勝手に思ってそれに慣れて、傷ついていないふりをして、諦めようとした。それでも、1年経った今でも、まだ完全に消えたわけではなかった。無理やり押し込めた感情は、むしろどんどん大きさを増して、蓮二の彼女という肩書きがなくなった彼女に、この想いをぶつけるべきではないかと思えてくる。
ずっとずっと我慢していたんだ。押さえつけていたんだ。蓮二の悲しそうな顔が、彼女はもう誰のものでもなくなったということを感じさせて、そして想いを押さえつけていた蓋は、簡単に吹き飛んでしまった。蓋のなくなった想いはやっと解放されて、風に乗って舞っていく。
「ああ、そうだ。1つ言い忘れていたよ」
真田が待っているんだった、と少し早足で立ち去ろうとして、止まる。柔らかい笑顔を貼りつけて、俺は蓮二の目を真っ直ぐに見つめる。
「俺はずっと彼女が好きだったんだ。もう、我慢しなくてもいいよね」
そのときの呆気にとられた蓮二の顔を、俺は忘れないだろう。怒りでも悲しみでもなく、蓮二の顔にはただ驚きだけが表れていた。